Heart Blooming

1

 ベスは翌朝にはすっかり元通りで、それ以降も私に洗い物と水汲みを申し付けては出かける至極平穏な日々が続いた。

 私は肉体労働に身体が慣れてきて体力も多少はついたのだろう、楽々とまではいかずとも危なげない時間に水汲みを終えられるようになったので、できた余裕で見様見真似みようみまねに掃除をすることにした。

 彼女は勝手な判断で仕事を進めると嫌がるだろうと思い事後報告をしたところ掃除のコツを教えてくれるようになり、私の仕事は緩やかながら確実に増えていった。


 一見なんの変わりもないようにも感じられる。


 けれども私は気付いていた。彼女はあの夜以来、私に触れることを極度に避けている。

 きたばかりの頃は仕事でもなんでも手を取って教えてくれることが多かった彼女は、どうしても必要なとき以外私の手に触れようとはしなくなった。

 並んでなにかをしているときでも肩や肘すら触れないように絶妙な距離を保っている。

 溜息も増えた。

 とはいってもこれ見よがしに大きな溜息を吐くわけではない。真一文字に結ばれた口はそのままに、いつもとは違うリズムでふっと肩を落とすように息を吐くことがあるのだ。


 より近くで、そしてふたりきりで過ごすようになった私は、彼女、ベアストリへの理解が格段に深まっていた。

 表に出ない、あるいは出さないように心がけているのだろう様々な感情。本当に小さな兆候ではあるけれども、彼女も人並みに笑い、驚き、ときには落胆し、不調があり、好調があるとわかるようになった。


 そこまでわかるようになったからこそ、私は今、彼女の気持ちをおしはかれずにいた。

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