3

 まったく反応できず家に引き込まれた私は、そのまま縺れるように床へ押し倒される。かなり勢いよく倒れたにも関わらず痛みはなかった。

 私の背も頭もベスが包むように腕で守ってくれたからだ。


「だ、大丈夫ですか?」


 狼狽えるように問う私には答えず彼女は鼻が触れそうなほどの間近で目を合わせる。

 今にも涙がこぼれるのではないかと思えるほどに潤んだ瞳には、混乱、後悔、羞恥、興奮、焦り、自己嫌悪、言葉では言い表せないほどの負の感情が渦巻いていた。

 けれども恐らく、それはただひとつの言葉で言い表すことができる。


 彼女は、私のことを愛しているのだ。


 善意でも敬意でも好意でも友情でも同情でもない。彼女という鉄の鋳型に押し込まれ封じられていた膨大な感情が今、そこに溢れ出していた。

 同性に懸想するなど汚らわしい、ともすれば魔族に誑かされたなどと後ろ指差されかねないのが常識だ。そしてひとたび知れ渡ってしまえば、その咎は己だけでなく相手にも向かうことになる。


「あなたの好意は……その……愛、なのね」


 囁いたその言葉に彼女は耳まで真っ赤に染めて固く目を閉じ、私を押し倒したままこくりと頷いた。


 彼女の、ベアストリの気持ちはいつからなのだろう。

 私は貴族の娘だった。いつしか当然いずれかの家へと嫁いでいく。だから私への懸想は男女を問わず徒労でしかない。そのはずだった。彼女もきっとそう考えていただろう。だからおくびにも出さずにいられたに違いない。


 けれども、私の家は破産してしまった。そして資産家の平民との結婚を拒絶して年季奉公の道を選んだ私を見た。彼女はそれを最も近くで見ていたのだ。もしかするとそこでなんらかの期待を抱いてしまったのだろうか。

 しかし、それにしても払う前金は二十年分だ。生半可な覚悟と貯金では賄えないだろう。

 仲介をしてくれた“奴隷商人”の彼は事情を全て承知しているか、彼女が語らずとも少なからず察しているような気がする。


 だとしたらなにもかも合点がいく。全ての歯車がかちりと噛み合い、巡り始めるのを感じた。


 彼女の気持ちは全てとは言わないまでも理解できた。けれども私はどうだろう。

 未だなにも言えずにただ覆いかぶさって震えている彼女を見上げる。

 父のことはあるけれども、格別男性を嫌悪しているわけではない。

 彼女に恩はあるけれども、それでも女性を恋愛の対象とできるかは自信がない。


 それでも言えることはひとつ、確実にある。


 私リゼッタは今、彼女ベアストリを、愛おしく感じている。

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