Untold Feelings
1
私こと使用人リゼッタと女主人ベアストリの間に会話は多くない。もっとも人間関係に不和があるわけではなく、ただ主が無口なだけなのだけれど。
二人きりの静かな食卓。
私は誰かと食卓を囲む機会が少なかったので人と向かい合って食事をするという行為はとても新鮮で、この独特の空気も決して嫌いではなかった。
向かいに座って黙々と食事をしている、恐らくは十歳も離れてはいないだろう年上の女主人を見つめる。
長く伸ばしているが常に巻き上げられている黒に近い栗色の髪。
鉄骨でも飲んだかのように常に真っ直ぐ伸びた背筋。
入浴と睡眠のとき以外は常にかけている太い銀縁眼鏡は、しかし外していても視力に困っている様子は全く見られないので実は伊達なのかもしれない。
常に真一文字に結ばれたくちびるは必要以上の会話を好まず、かといって気が小さいわけではなく必要とあらば物怖じせずなんでも堂々と話す。
どんなトラブルやミスにも動じることなく常に冷静沈着。
そう、私が彼女を形容するとき、そこにはどうしても【常に】という言葉が付きまとう。
私がまだ彼女の雇い主であった頃から、彼女には変化というものがなかった。
いつでも、どんなときでも、朝になれば必ず日が昇るように彼女は変わらずそこに在って変わらない仕事をこなしていた。体調が悪そうに見えたこともなければ何か嬉しそうだったり悲しそうだったりしたこともない。
私が父の拵えた借金の清算に翻弄されているときも、家の破産が決定的になり最後の支払いのために二十年の年季奉公を決めたときも、彼女が私の家から退職したその翌日、逆に奉公先の主として現れたときでさえも。
彼女の姿、態度、行動はなにひとつとして変わらなかった。
この家にきてから幾度か彼女の意外な一面を見つけたような気になりもしたけれど、それは今まで私が知らなかった部分だったというだけで、結局のところそこにあるのは微動だにすることなく常に不動たる彼女の姿だ。
だからこそ、私にはまったくわからない。
そんな彼女はなぜ、二十年分の賃金を前払いしてまで元雇い主である私を逆に雇ったのだろう。それを知りえる手掛かりが不動の彼女からはなにも見出せない。
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