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 ベスを送り出してしばらく、何杯目だか忘れてしまった手桶の水を注ぎ口に流し込んでそのまま膝をついた。

 水の量はまだ半分ほどにもならないというのに私は既に肩で息をするほどに疲弊し、ロープを引き上げる手は傷つけないようにと布を巻いているにも関わらず真っ赤になり腕も指も酷使に震えている。


 彼女があんなに易々と引き上げ運んでいた手桶が、同じ女性にも関わらず自分の手には余りある重さだとは一度目で気付いた。

 彼女がわざわざ夕方までに終わらなければと言ったのも、同じようにできる必要はないと幾度も念を押した理由も、三度目を汲み上げる頃には全てが骨身に染みて理解できた。

 それから数度、めげずに汲み上げたもののこれ以上続けるのは無理だと感じ、少し休もうと半ば這うように日陰に入った。


 そのまま力を抜いて汗だくの体を壁に預ける。


 屋敷に住んでいた頃は当然のように毎朝入浴していたけれど、それはつまり当日の朝か前日のうちに誰かが同じ仕事をしていたということだ。屋敷の浴室はここに比べるとだいぶ大きかったので、そのぶん労力も必要だったろう。

 ひとつなにか仕事をするたびに、私のなにげなく送ってきた毎日が使用人たちの労働に支えられていたのだと今さらのように実感する。

 先日まで感じていた無知に対する恥ずかしさなどはもう不思議と感じなかった。それよりも今までそれらを担ってくれていた人々に対してお礼を言いたいような気持ちになる。


 汗で湿った肌に当たる風が心地よい。

 疲労がじんわりと広がって体力ごと抜け落ちていくような、未体験の感覚にしばらく身を任せていたけれど、うとうとと意識を手放してしまいそうになっている自分を自覚して慌てて立ち上がった。終わらないにしてもなるべくベスの手を煩わせないように、いやできればこの仕事を完遂したい。

  彼女と今の自分のあいだにどんな違いがあるのかわからないけれど、夕方まで戻らないのだけは確かだ。

 私に今できるのは頑張ることだけ。 こつこつと、無理はしないけれども、最大限できることをしておこう。

 私は一応それなりに勤勉を自認しているのだ。


 結局、夕方にはなんとか目標としただけの水を注ぎこんだもののそこでへたり込んで動けなくなってしまい、帰ってきたベスに少し心配をさせてしまったようだった。

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