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彼女、ベスの望まない私本位のけじめなど、この場では本末転倒でしかない。
私が黙って頷いたことを確認すると、彼女は庭の一角、浴室の裏手へと私を連れてきた。
浴室は外から伺えないよう高い位置に通気口があるだけなのだけれど、外から見るとそれとは別にもうひとつ、胸くらいの高さに私の肩幅より少し広いくらいの金属の扉がついている。
「それを開けてみてください」
扉の取っ手を掴むと温もり、というか思ったよりも高温だった。手で触れられないような温度ではないものの、熱いといって差し支えない。そのまま恐る恐る開くと、予想を裏切ることなく熱気と蒸気が溢れ出してきた。
「こ、これは……」
「浴室で使うお湯を作る設備です。ここに水を入れるとほどなくしてお湯が沸きます」
「水を入れるだけでいいのですか?」
ベスはひとつ頷くとそこを離れ、庭の隅にある井戸の前に立った。置いてあったロープのついた手桶を井戸に投げ入れてするすると引き上げる。汲み上げた水を置いてあったもうひとつの、ロープが付いていない手桶に移し替えて持って戻ると無造作に扉のなかへと流し込んだ。
扉の向こう側は結構な高温なのだろう、水の蒸発する音と共に新たな蒸気が溢れ出す。
「このような要領で井戸から汲んだ水を入れていってください。厳密な量は決まっていませんが目安はそこの線辺りです」
いつも同じだけ入れているのだろうか、扉の内側の壁はある高さで色が変色していた。おっかなびっくり内側を確認している私の背後でベスが説明を続ける。
「慣れるまではかなりの重労働になると思いますのであまり無理はしないでください。休み休みで結構ですし、夕方私が戻った時点で終わっていなければあとは代わります」
「あの……」
私は顔をあげて彼女のほうへ向き直った。
「ベス……は、いつもこの作業をどのくらいの時間でこなしていますか」
もちろん彼女と私では体力も違えば慣れの差もある。同じようにできないことは自分でも承知しているけれど、それでも明確な目標が欲しかった。それが今日でなくとも、いつか達成するために。
彼女はしばし黙考したあと、半日もかからないと答えた。そして私が同じ時間で終える必要はないと再び念を押す。
「大丈夫です。無理はしません」
表情にこそ出さないけれど彼女は私を心配してくれているのだと感じた。それがなんだか嬉しくて笑みがこぼれる。
彼女は伏し目がちに視線を落として他にいくつかの注意を伝えると、外出の時間が迫っているのだろうか足早に部屋へ戻っていった。
さあ、私は与えられた仕事をしよう。
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