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 先ほどまでの気力はどこへやら、勇み足に顔が耳まで熱くなるのを感じて俯いてしまった私の頭上からほんの少し軽い、ような気がする、声が続いた。


「しかしせっかく意気込みを聞かせていただいたのですから、今日からお願いしましょう。隣へどうぞ」


 顔をあげると、彼女はいつも通りの無表情で半歩譲って隣に私の立ち位置を作っていた。


「指導しながら一緒に作業しますので私に倣ってお願いします。疑問点があればその都度おっしゃってください」


「はい、よろしくお願いします」


 彼女は私の恥じ入る気持ちなど微塵も気付いていないかのように淡々と進めていく。

 私は、勝手に小さくなろうとする声を振り絞って答えると彼女の隣に立った。

 彼女と並んで立つのは、きっと初めてだった。


 それからしばらく、洗う順番、並べ方、注意すべき点など、ひとつひとつ作業を教わった。

 彼女ひとりでやればそれこそあっというに終わるような仕事だろう。けれどもなにひとつわかっていない私の手をとるように、時間をかけて丁寧に彼女は教えてくれた。焦って仕事をすることにばかり目が向いていた私には教える側にかかる負担をなにも考えていなかったと気付き、ひとり反省する。

 けれども、せっかく彼女がその気になってくれたのだから今は口には出さないでおこう。 そう心に決めて食器洗いに集中する。


 これは記念すべき私の初仕事なのだ。




 使用人だった彼女は主人で、主人だった私は使用人。なんともぎこちない走り出しになってしまったけれど、どうにかあるべき形に収まったような気がする。

 明日はきっともう少しうまくやれるはず。頑張ろう。

 部屋へ戻るとそのままベッドへ潜り込み、気疲れから早々に微睡む自分にそういい聞かせた。


 割ってしまったカップにも思いを馳せながら。

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