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食後に彼女が入れてくれたお茶は、場所が変わってもいつも入れてくれていたお茶と変わらない味だった。同じお茶で、たった一日のことなのに、不思議と遠い昔のような懐かしい気持ちになる。
「このお茶、気に入ってくれていたのですね」
私が以前なにげなく勧めた茶葉なのだけれど、そのあと話題にあがらなかったので口に合わなかったのだろうかと勝手に思い込んでいた。
まさかここにきてまた飲めるとは思わなかった。
「はい。勧められて以来、家に置いています」
短い返事に私は自然と笑みがこぼれた。
対して彼女は無言で伏し目がちに視線を落とす。お茶の淹れ方や感想について語り出したりしないかと少し期待したのだけれど、彼女はやはりいつも通りの彼女だった。
しかし考えてみれば、今まで彼女が自分からなにかしら話題を振ってくること自体がほぼなかった。わかっていたことなのだから、こちらから聞けばよかったのだ。
この教訓はこれからの生活に大きく関わってくるだろう。
お茶が済むと彼女はすぐに席を立って食器の片付けを始めた。メリハリのある彼女の行動は見ていて気持ちがよい。私はなにげなくその後ろ姿を眺めていたのだけれど、すぐにこれは自分がするべきなのではないだろうかと思い至って慌てて立ちあがった。
どう考えても使用人としてのんびりしていてよい場面ではない。
「私がやります」
彼女は手を止めて、少し強い口調で詰め寄るようにそばに立った私をじっと見つめた。 いつもより少しだけ目を見開いて、たぶん驚いているのだと思った。
「私はこの家の使用人なのでしょう? 確かに、私は言われなくてもできるほど利発ではありませんし、あなたも知っての通りなにもしたことがありませんけれど、でもなんでもしますから」
目と鼻の先で彼女の視線は微動だにせず私を見ていた。ここで気おくれしたら明日からなにもいえなくなりそうで、私も負けじと見つめ返す。
張り詰めた数秒間の沈黙のあと、彼女がため息のように小さく息を吐いて口を開いた。
「明日から少しずつ覚えていただくつもりだったのですが」
ばつの悪い静寂が場を支配した。
ああ、つまり仕事を与えられないというのは私の早とちりだったというわけだ。彼女にしてみれば使用人としても扱うと先に言ってあったのだから、私の言葉はさぞ見当違いだったことだろう。
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