3
クローゼットに収納された服を並べ替えたり机や鏡台に置いた小物の配置を変えたりと細かなことに意識を割いていると、さきほどまでの重い気持ちは何処へともなく消え去っていく。
旅先で宿の部屋を物色するときとはまた違った楽しみ。
私は生まれてからずっとあの屋敷に住んでいたので経験はないけれど、引っ越した直後は自分の部屋でもとても新鮮な気持ちになると聞いたことがある。
そう、これは引っ越しでもあるのだ。この家は私の勤め先だけれど、住み込みになるのだから同時に私の家でもあると言える。
楽しいことは探せば意外なところで見つかるものだし、気の持ちようで変わることもまた多い。私はそのまましばらく部屋の模様替えに没頭するのだった。
荷解きと片付け、結果として気持ち程度のものではあるけれど時間だけはたっぷりとかけた模様替えが済んだところで、呼びにきた彼女に従って家のなかをひと通り案内してもらった。
キッチンとダイニングはひとつになっていて実用本位の作りだった。
食器棚に収められている複数人分の皿やカップはすべて白い無地。クロスの敷かれていないテーブルは頑丈というか重厚な作りで、私ひとりで動かすのは難しそうだ。
続いて彼女の部屋。
私の部屋の隣で、書棚に教会聖典の写しや家庭医学書など実用的なものが少々入っている以外は私に与えられた部屋と間取りも家具もほぼ変わらない。
つまりこれといった特徴的な私物のない部屋だった。
そのあと客間、トイレ、風呂、廊下、余っている空き部屋まで見て回ったのだけれど、どこもかしこもが似たような調子で、しっかりと片付いているけれど飾り気のかけらもない。
個人の嗜好を感じさせるような物がほとんどないという事実が逆に個性になってしまっている。それ自体が嗜好、ミニマリストとでもいえばよいのだろうか。
一言で述べるなら、この家は生活するだけのためにある空間なのだと感じた。それはそれで私の知る彼女らしくてさほどの驚きではなかったが。
けれどもただひとつ、それは庭を案内されたときだった。
雑草の一本も生えていない手入れの行き届いた庭の一角に花壇を見つけた私は、しかしそのなかになにも見当たらないのが妙に引っかかった。
「あの花壇にはなにを植えるのですか」
前を歩いていた彼女は私の問いに足を止めて花壇を一瞥した。
少し、なにか考えるような
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます