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 今日から使うようにと案内された部屋は前の暮らしを思えば比較にならないほど質素なものではあったけれど、扉や窓の建付けはしっかりしていて快適性に不安はなかった。

 部屋の中は隅々まで掃除が行き届いていて不思議な静寂と清潔感がある。

 それはつい先日まで屋敷で見てきた彼女の仕事そのものだった。

 自宅においても変わりない彼女の痕跡になんとなくほっとした気持ちになる反面、使用人の部屋を掃除する主人という状況は考えてみるとなんとも腑に落ちない奇妙な気分にもなってくる。

 クローゼットを開くと中には数日分の服や下着が収納されていた。

 着替えは用意してあるので私物の服は傷まないようにしまっておいてそちらを使うとよい、という彼女の助言に従ってひと揃え取り出してさっそく着替える。

 用意されていた服はあつらえたようにぴったりだ。

 彼女の生真面目さや几帳面さはよく知っているつもりだったけれど、服の寸法まで把握しているのは少し意外だった。

 着てきた服は洗濯してもらってから仕舞おう。そう思ってから、それは雇われた私の仕事になるべきではないだろうかと気付く。


 してもらおうという思考が自然に出てきた自分に対して恥と嫌悪の綯い交ぜになったような感情が湧きあがる。


 不安や心配で頭がいっぱいなのは嘘ではない。けれども、どちらかといえば好意的だった彼女が主人として現れたことで、そして私を使用人と同時に貴族としても扱うという彼女の言葉を聞いて、さっそく気が緩んでしまったのではないだろうか。

 働くということ、雇われるという立場に対して、なにもしていないうちからすでに甘えが出ているのではないか。

 主従の格付けはあくまでも彼女が主で、私が従なのだ。階級を尊重してくれるのは彼女なりのけじめであってそれに甘えてよいものではない。

 私は自分の緩みを恥じて気持ちを引き締めた。私も彼女のように、少なくとも彼女に対しては、誠実でありたい。


 ともあれ、クローゼットの空いたスペースに持って来た私物の衣類をしまい小物を机の引き出しや鏡台に移して片付けを済ませる。数少ない私物ではあるけれど、それらが置かれるたびにそこには私だけの色がついたようで、この殺風景な部屋に早くも愛着が湧き始めてきた。

 先は長いのだから、少しでも明るい気持ちで日々を過ごせるように心がけなくては。

 これだってきっと仕事のうちだと思う。

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