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それに、好機だと考えられなくもない。
彼女はあのときどう思っていたのか、今の私をどう扱うのか、道中で生まれた他愛のない思索の答えを知る機会を得られたのだから。
私のなかで気持ちの整理がついたのを見計らったのだろうか、彼女が口を開いた。
「どのような経済状況であろうともあなたは貴族であると法が保障していますので、私はそのように扱います。ですから私のことは昨日までと同じように呼び捨てでかまいません。しかしあなたは今日から我が家に勤める奉公人でもありますので、私はそのようにも扱います。ですから私も今日からはお嬢様ではなく名前で呼びます。よろしいですね。ではあなたの部屋へ案内しますのでついてきてください」
それは私のよく知る彼女といささかも変わらない事務的な口調だった。決して愛想はよくないのだけれど険があるわけでもない、いつもどおりの話し方。
慣れ親しんだ彼女の声と言葉に少し不安と緊張がほぐれる。
私は促されるままに扉の奥へ、少し情緒的に言うならば新しい生活へと足を踏み入れた。
今日は特別な日だ。貴族としての私が漫然と生きてきた最後の日であり、貴族でありながらも年季があけるまで住み込みで働く奉公人として私が生きていく最初の日。
昨日まで家の使用人だった彼女のもとで、彼女を主人と仰いで働くことになった日。
ひとから見ればあまり幸福とは言えないかも知れないけれど、悪いことばかりでもない。
たとえばそう、気になっていた疑問のひとつを、さっそく解消することができたのだから。
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