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 思い返してみると、あのときの私はひとの手を借りなければなにひとつこなせない自分の不甲斐なさに辟易していて、少し自暴自棄になっていたところもあったかもしれない。

 ずいぶんとムキになって感情的に力説してしまったような気もする。

 彼はそんな私の言葉をあっけにとられて聞き入っていた。そのあと言葉を詰まらせたまま見せたいくつもの表情の変化を説明することは難しい。


 彼にしてみれば借金を肩代わりして結婚してもよいという市民を探すより奉公先の口利きをするほうがよほど簡単だったはずだ。

 そんな善意を無下にして年季奉公を選んだ図々しい私を見捨てずにここまで面倒をみてくれた彼の胸中はいかばかりだろうか。

 結局のところ私を支えてくれたひとたちの気持ちは、私の浅い人生経験で推しはかることなど到底できはしないと認識するに至った、そんな馬車の旅だった。


 私たちを乗せた馬車が止まったのは市場から少し離れた閑静な住宅街だった。どの家にも庭があり建物は小ぎれいで、平民の中でも少しばかり裕福な層が住んでいるのだと思われた。

 どこか見知った貴族の屋敷にでも送られるのかと思っていたけれど、結婚の話にもあったように奉公人を抱えられるほどの資産を持っているのは貴族ばかりではない。

 自分で選んだ道ではあるのだけれど、そして奉公先を選べる立場でもないのだけれど、面識のある貴族の屋敷でなかったことに少しばかりほっとしたのは確かだった。

 私は意識して深く息を吸って気持ちを落ち着ける。不安なことばかりしかないけれど今日から働くのは自分で決めたことだ。せめて最初だけでもと気持ちを入れ直す。


 今日は特別な日だ。貴族としての私が生きた最後の日であり、貴族ではない私が生きていく最初の日。


 しかし馬車を降りて案内された家の玄関先で私はさっそく固まってしまった。

 私たちを出迎えたこの家の主人、つまりこれから私の主人となる人物が、あまりにも意外だったのだ。

 それはこの数年私の身の回りの世話をしてくれていた、全てを清算し手放していく日々に最後まで付き添ってくれた、昨日の去り際に今日の朝食を支度してくれた……元使用人の彼女だった。

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