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 私にとって唯一の肉親が姿を消した日。

 けれどもそれは、今思い返してもこれといった特別な気持ちは沸いてこなかったような気がする。

 最初は探すことも考えたけれど、それだけの時間と人手はとても割けそうになかったので父の捜索は早々に諦めることにした。

 私がそう決めたとき誰も反対しなかったのは、いつかこんな日がくるだろうと皆も薄々思っていたからなのだろう。


 ともあれ家の名義で借りたお金は家の誰かが返さなくてはいけない。

 その債務は父が姿を消したため必然的に私に回ってきた。なにもかもが初めてのことではあったけれど、私は知人や使用人たちの手を借りてその処理に積極的に没頭した。

 今にして思えばそれは現実逃避だったような気もするが、とにかくこれといった動機を自覚しない強い使命感に突き動かされていた。

 恥も外聞も休むもなく周囲に教えを乞い、土地を、権利を、調度品を、貴金属を、家具を、衣類を、馬を、代々伝わる財産のその価値を調べては人に譲り、手放しては借金の返済に充てた。

 そして仕事のなくなった使用人たちをひとり、またひとりと解雇していった。


 敷地の広さは変わらないのに日ごとに屋敷が狭くなっていくように感じた。物がなくなり人がいなくなったぶん実際には広くなっていったのだけれど、誰も生活していないその空間は、まるで存在しないに等しく感じられたのだ。

 文字通り屋敷を切り売りしているようだった。

 そうして数日で私はたどり着いた。

 家にある財産のすべて、もはや自分の物ではないのではないかと錯覚していた屋敷そのものまで手放しても、それでもまだ払いきれないだけの借金が残ることを確認してしまった。

 そう、たどり着いたのは財産の底。

 我が家は破産する。


 さて。


 払えないとわかったから、では残りは払わなくてもよいのかといえばやはりそんなことはなく、支払いきれない借金の残高は、それでもただひとり残った私がなんとかするしかない。

 そして幸か不幸か、いや、きっと責任を全うできる私はどちらかと言えば幸いなのだろう。


 多額の借金を身ひとつで返済する一般的な方法が、この王国には存在している。

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