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 王が治めるこの国には、その下に貴族、騎士、平民と大雑把に分けて三つの階級があり、私はその中で貴族の子弟として生まれ育った。

 当主である父は温和ながらお世辞にも身持ちが固いとは言えないひとだった。私の母である妻と死別しているのをいいことにたびたび見知らぬ女性を屋敷に連れ込み、また使用人に手を付けることもあった。

 古い使用人の話では昔は母一筋だったのだそうだけれど、母は私が物心つく前に流行病いで亡くなっていたので母一筋で他の女性には目もくれない父の姿、というものは残念ながら見たことがない。

 ただ、言われてみれば父は結婚指輪を外したことだけはなかった気がする。


 もっともだからといって、単に事実確認としてそう思ったというだけで、父の行いを大目に見るとかそういう気持ちはまったくない。

 強く嫌っていたわけでもないのだけれど正直なところひとりの女性として父のことは軽蔑していた。そしてそんな私を生まれた時からずっと見ている父もまた、私の気持ちを感じていたのではないかと思う。


 父は関係を持った女性たちに気前よく金品を分け与え、相手や周りの言うままに豪遊することも少なくなかった。

 心ある人たちからは幾度となく忠告があったようだけれど、しかし当の本人は家の財産事情にあまり関心を示さず耳を貸すことはほとんどなかった。

 私も父に諫言したひとりだったけれど、そのたびに父は気を付けようと言いながら曖昧に笑ってごまかすばかりだった。

 だからいつしか、言ってもまたいつものように笑うばかりなのだろうなという諦めに近い気持ちが周囲のひとたちや私の心のどこかにあり、忠告の言葉からは段々と真剣みが薄れていった。

 家の財産だっていつかは底をつくと知りながら、父の放蕩は周りの誰にとってもそれとなく容認された行いになってしまっていた。


 だから突然でも不意にでもなく、皆がなんとなく現実から目を背けているうちに、来るべき日が来るべくしてやってきた。


 膨れあがった借金を返済するために土地や家財を手放し使用人たちに暇を出す。

 そんな頭の痛い作業が日課になりつつあったある日、父はいつものようにふらりと屋敷を抜け出して、そしてそのまま戻らなかった。

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