倉庫

 早押し機のセッティングをする。

「ひかりセンパイ、遅いですね。高千穂センパイとデートでもしてるんでしょうか?」

 

 ――――なにィ?


 五百瀬いおせさんよ。その言葉、聞き捨てならんぞ――――などと、ここで態度を表に出して男が廃るというもの。知らん振りしてふたりの話に聞き耳を立てる。


「デートって、学校じゃ何もできないだろう。また高千穂たかちほ先輩と勉強してるんじゃないかな」


 そうだそうだ、きっと……。

 ――いや、どう考えてもノーチャンスだっただろうが。

 なにも男女の仲というものは「交際」に限定される必要はないはずだ。

 先輩として教えを仰ぎ、己の成長の糧とする――それだけでもでよいではないか。


「どうしたんだい? 固まってるけど」

 白紫びゃくしさんの声で我に返る。


「なんでもない」

 良からぬ空想を巡らすようでは、この知的空間にいる資格などないんだと諦めた。



 それにしても暇だ。ふたりとも口数が多い人ではないみたいだ。……いや、俺がいるからなのか?

「もうちょっと人がいたら盛り上がるのかな」

 なんでもいいから話をしようとしたらこれだ。他人と関りを持ったことがないせいで雑談の始め方と場の持たせ方の心得がないとはいえ、もうちょっとマシな話題もあっただろうに。


「幽霊部員ならいるのだが……。そうだ、高村君。ちょっとついてきてくれ」

 白紫さんはいきなり立ち上がると、隣の物理準備室に向かった。


 準備室は完全にただの物置で、お世辞にも整頓してあるとは言えなかった。冷蔵庫やらいつの世代のものだか分からないデスクトッブパソコンまであった。探したらまだまだ色々なモノが出てきそうな予感がする。


「この部屋、モノで溢れてるね」


「元から物理準備室にあったものだけでなく、クイズ研究部の資料まで詰め込んだからね。私も把握しきれていないよ。

 古い問題集で不都合がなければ貸そうと思ったのだが、……あれ、おかしいな。ここにあったはずなんだけどなあ。無いぞ……」


 本棚は雑然としていて、背表紙すら容易には読み取れない。捜索は難航しそうだ。


 俺たちが戻ってこないのに痺れを切らした五百瀬さんも本の捜索に加わった。


「埃っぽいけど、君は平気かい?」

 白紫さんの言葉に、

「実家に比べたらどうってことないさ。ホコリがカビてないからね」

 俺は要らぬ説明を加えて返事した。


「……君はどんなところで生きてきたんだい?」

「牛の方が人間より多いクソ田舎さ。牛舎は割と埃っぽいからね。手入れが行き届かないところはそんなものだよ」

 さすがに牛がいるところは掃除しているが、この部屋の様に物を積み重ねていくとそんな場所もできでしまうわけだ。とりわけ牛飼いの場合は、牧草やら濃厚飼料などホコリの原因とカビの餌を兼ねているものがそこらじゅうにあふれているわけで……。


「実家では牛を飼っているのかい?」

 気になるらしい。こちらに目を合わせて熱心に訊いてくる。

「和牛を150頭くらいね。珍しいかい?」

 これは家族経営の限界の頭数だろう。もっと多いところだってざらにある。

橘花高校ウチではそうかもね。少なくとも家業が畜産だという生徒を内進生では見たことがない。だから訊いてみたいことは色々あるよ」

「そうか……まずは子牛の写真でも持ってたら見せてあげたいところだね」

 と、返事したところで、


「ありましたよ!」

 五百瀬さんは衣装ケースの中から目当ての物を引っ張り出した。



「誰がこんなところに入れたのでしょうか?」

「さて、見当もつかないね」

 他にはA4の紙に印刷されたクイズの問題集がファイリングもされずに突っ込まれていた。まだ新しそうな紙ではあったが、作成者は判らず手掛かりになるほどのものではない。


「時事問題は使いにくいだろうが、それなりに有名な問題は載っているはずだ。好きに使っていい」

「ありがとう! 助かるよ」

 さて、どうやって利用したらよいものだろうか。


「これはどういうものなのかな?」

「有志が開いたオープン大会のものだね。こっちの同人誌もそう。1冊600円くらいだったかな」

 どうやらクイズ好きが集まって大会が開かれているようだ。


「問題集を買うだけならネットでも十分だけど、出られるなら大会に出向いた方がいい」

 もっとも、ウチのカリキュラムとこの県の交通の便の悪さを考えると、遠征は難しいのだが。


「今日はこれを使おうか」

 白紫さんの提案に対し五百瀬さんは、

「ええーっ! わたしはいつもの問題集がいいなぁ……」

 初めて見たときの大人びた印象が嘘だったような駄々っ子みたいな声だ。


 五百瀬さんのおねだりに対し、白紫さんは諭すようにこう言った。

「慣れすぎて最初の4文字で押せるレベルになってるじゃないか。やりこむのは結構なことだが、こっちの身にもなってくれ」

「4文字でって……どうしたらそんなになれるんだい?」

 俺の質問に、五百瀬さんは、

「それは……、練習と勉強あるのみ、ですねっ!」


 やっぱり、近道おうちゃくなんてできるわけないよな。



 目的の品を手に入れた俺たちは物理実験室に戻ったのだが、

「ひかりセンパイたち、まだ来てないですね……」

「探している間に来るんじゃないかと期待してたのだが……もう25分か」

 バスの時間を考えると、今日はあと20分くらいでお開きとなる。あまり大したことはできないだろう。


「ところで、君の実家の話を聞いてみたいんだが……」

「そうだなあ……まずは――――」


 白紫さんの探究心は旺盛で(それとも場を持たせるためなのかもしれないが)、いろいろな質問が飛んできた。俺は持てる限りの知識を総動員して答えた。これらの牛に関する知識は、高校生の間は他人に聞かせることなどないと思っていたのだが。

それはともかくとして。眠っている知識が全力で働いていると、脳みそと一緒に体全体が活性化してくる気さえする。


 この快感を解答席で味わえるよう、精進していかなければ。


         *


 結局これ以上誰も来なかった。人数が少なすぎて練習にならないので世間話だけして部活が終わったが、それもまた高校生活の一幕っぽくてよいのではなかろうか。


 もしかしたら、練習をしなかったのは弱すぎる俺がくじけないように慮ってのことではないかと勘繰ってしまうのだが、後ろ向きなことは考えないでおこう。



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