先輩?
正式な部員となり、部活に胸を張って行けるようになった。
授業が終わったのに勉強以外のことで学校に残るというのは、俺にとっては新鮮な体験だ。昔は学校に居残るなんて苦痛でしかなかったのだが、今はそんな居残りに対するネガティブな感情などすっきり消え失せていて、むしろ寮に戻りたくないとさえ思っている。
*
今日の「
駆け足でたどり着いた物理実験室では、見知らぬ女子生徒がひとり読書していた。
……さて、どうしようか。
中に入るのは誰かが来るのを待ってからにしようと思ったが、引き返すのを見られたら感じが悪い。それに、俺はクイズ研究部の部員なのだから何も負い目など感じることはないはずだ。
とはいえ、決心がつかないので呼吸が整うまでというのを言い訳にしつつ、少し間を置いて戸を開けた。
「……こんにちは」
その生徒は「どちら様ですか?」と言いたげな目でこちらを見てきたので、訊かれる前に名乗る。
「1年E組の
深く頭を下げると、女子生徒は本を閉じ、
「高村センパイ、これからよろしくお願いします」
挨拶とともに、穏やかな声に合致するような笑みを俺に投げた。
その顔を見た俺は、またえらい美人さんだと思った。天は二物を与えすぎだろ、と思ったかどうかはさておき、この部の顔面偏差値は俺一人が引き下げることになるのは間違いない。
こうやっていつもの癖で自分を卑下してしまったのと同時に、彼女に対して(実に些細なことなのだが)違和感を覚えていた。
それを俺は抑えられずに、
「センパイって、僕のことですか?」
などと(ここには他に対象者がいないのだから)分かりきったことを尋ね、
「はい」
目を細めたまま、女子生徒はそう答えた。
……どう考えてもやっぱりおかしい。俺は新入りなのに。
俺のことを先輩と呼ぶのはどういうことなのか尋ねようとしたところで、ちょうど
「こんにちはー」
すると後輩ちゃん(?)は、まるで仲のいい姉に対して話しかけるように、白紫さんに今までの経緯を語り出した。
「あ、ゆうりセンパイ、実はですね……」
白紫さんに対しても「センパイ」と付けるのか……。ますます訳が分からない。
*
女子生徒の話を聞いた白紫さんはくすくす笑ってこう言った。
「気がつかなかったのかい? 彼女は中学生だよ」
……はあ?
老けているという意味ではなく、彼女はその歳のわりに大人びていて、俺は白紫さんの言葉を信じられなかった。
「よく見なよ。制服だって私のとは違うだろ」
うーん……。そうか?
女子生徒の制服は、白紫さんが着ている高校生のものに酷似していた。確かに校章とリボンの仕様が異なる上に、中学生のブレザーの方が紺色が濃いような気がするが……そんなの言われなければ意識もしない程度の差に過ぎないと思った。
「申し遅れました。わたしは中学2年A組の
そう言って五百瀬さんは丁寧にお辞儀した。
俺は右手で後頭部を掻きながら、
「後から入ってきたというのに先輩と呼ばれるのは変な感じがしますな……」などと、まだ敬語が混ざった感想を返した。
すると白紫さんは諭すように、
「高村君、千聖ちゃんもこう言ってることだし固くならなくてもいいんだよ。それとも、君は上下関係にはうるさい方なのかな?」
「いや、中学時代は帰宅部だったのでどうしたらいいか分からないくらいで……。上下関係をハッキリさせようとか、そういうんじゃないんだ。……だから自然に接してほしいというか……なんというか……」
気が短かったらブチ切れてしまいそうなほどはっきりしない返事だが、五百瀬さんは悪い顔ひとつせず、
「わたしにとってはこれが自然ですから、先輩もお好きな様になさってください」と、天使みたいな微笑みまで添えて返してきた。
「わかった。そうさせてもらうよ」
入部1日目にして後輩ができるなんて思ってもみなかったが、俺は今までになかった経験を楽しんでいる。
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