障壁?
先輩方は温かく迎え入れてくれたが、まだ俺はクイズ研究部の正式な部員ではない。入部を認めてもらうために担任に入部届を出さなければならず、翌日は朝イチで、入部届を提出するために担任の
梨田先生は容姿端麗な御方なのだが、その眼差しに違わぬ厳しさ故に近寄り難い御方である。それ故に、特別クラスにいながら部活をすることについて否定されそうで、職員室に向かう俺の足は実に重かった。
足どりは重かったものの、教室から職員室まで何百メートルもあるわけじゃないから、覚悟の決まらないうちに職員室に着いてしまった。
日々演を取りに来たふりをしてプリント置き場から職員室を覗いてみたが、先生はコーヒーを飲んでいた。出来の悪い答案とにらめっこしていて、機嫌が悪かったらどうしようかと思っていたが、幸いにもいたって暇そうにしている。労働基準法に引っ掛かりそうなカリキュラムをこなしているのは生徒達だけじゃないのだから、朝のひと時くらい休める時間があって然るべきだろう。
それでも今しか好機はないと腹をくくり、挨拶とともに書類を差し出した。
*
「……ほう、クイ研か」
あまりにもじっくりと入部届を眺めているので、拒否されるのではないかと心配になってくる。
だが、その心配は杞憂だったようである。
「よかろう。存分に楽しんできたまえ」
「ありがとうございます」
「ちなみに、うちのクラスで部活に入るのは君が初めてだ」
「へえ……そうなんですか」
他人の動向に興味などなく、これ以上の会話を続けようがない生返事になった。
「キミが部活に入るとは意外だったよ。クイズ部は優秀な子が多いから、鍛えてもらいなさい」
「そうなんですね……頑張ります」
説教されてるわけでもないのに、この威圧感は何だろうか。
まだ入学して一か月も経っておらず、距離感を掴めていないのもあって、この人の目の前にいるのがとにかく怖い。
それに、用は済んだのだから、さっさと教室に戻って「日々演」を片付けてしまいたいのだが……。
会話のキャッチボールをどうやって無事に終わらせたらいいか分らない俺とは対照的に、先生は対話を継続させたいらしい。
「ところで、チームは組めたのかな?」
「はい。A組の白紫さんとペアになりました」
「そうか。白紫に良いところを見せられるくらいには頑張るんだぞ」
「はい、最善を尽くすつもりです」
「だが、我が校は恋愛禁止だからな」
まさかあらぬ嫌疑をかけられているのではないかと危惧し、
「心配には及びません。それとも、先生は僕が不純異性交遊できるほど器用な人間だとお思いなのですね」
俺がこう言うと先生はハハハと笑い、
「意外にキミは饒舌なのかもしれんな。逆に質問を投げかけてくるとは思わなかったよ。確かにキミはモテないかもしれな……いや、すまん。悪かった。そう暗い顔をするな。とにかく、キミはそういう悪いことはできないって私は信じているよ」
焦って早口になる梨田先生を見るのは初めてだ。
「先生こそ、こんなにおしゃべりだと思ってませんでしたよ」と、言い返したくなったが、いつもの先生に戻ってしまいそうなのでやめておいた。
あたふたしている先生は、カドが取れてそれはそれは可愛らしく思えた。
*
と、まあこんな感じで、ふと散歩に出かけたのをきっかけに、俺の高校生活は急加速していったわけだ。
いきなり「クイズ王」を目指すというのはハードルが高すぎるが、せめてメジャーな全国大会には顔を出してみたいものである。特に『高クイ』の全国大会には行きたい。テレビに出たいってわけじゃないけど、やるからにはメジャーな大会で結果を出したいじゃないか。
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