はじめての早押し、そして解答

 気づいた時には初めての解答権をふいにした「オリュンポス山」から5問くらい消化していた。


 言うまでもないが、この間ずっと出雲さんのターンである。


「――モホロビチッチ不連続面」

 知らん。聞いたことすらない。それでもやはり全人類が知っているかのように淡々と進んでいく。


 未知の単語を頭の中に押し込んで反芻した気でいると次の問題が読み上げられていて、今度は白紫びゃくしさんが解答権を獲得していた。


「――イクチオトキシン」


 ああ、これは聞いたことがある。ちゃんと問題を聴いていたら解けたはずだ。


 でも、思い出すには時間を要したことだろう。

 

 瞬時に導き出せない知識は、ひとしく無価値なのだと思い知った。



 6時44分。解答権を得られないのが辛くなってきたところで好機がやってきた。


「化石が産出された地層のを……」


 これは高校入試の過去問で嫌というほど見かけたフレーズだ。


 今度は高千穂さんのアクセントにも気をつけて聴いた。「時代」を強調している。

 ――「時代」と「環境」を示す化石は覚えさせられたはずだ。――

 コンマ1秒もないくらいの時間でこのように判断し、ボタンを押し込む。


 押し込んだのと同時に電子音が響き――――俺の手元のランプが光りだした。

 俺は解答権の獲得に成功したのだ。


 そして、誤答の後に待ち構えている恥じらいや恐怖を押し殺して答える。

「……示相化石!」

 地学でも選択しないと多分もう大学受験では使うことのない単語だ。だからこの問題はつい1か月前まで公立の中学にいた俺に分があったと言える。内進生ないしんせいは同学年でも1年は先をいってるだろうからな。

 明らかに格上の、進学校で勉強してきた人たち相手にこんなアドバンテージを得られるなんてことは、これから先はもうないんじゃなかろうか。

 

 これで正解じゃなかったら……もう心が折れるぞ。



 …………さっきより待たされている気がする。いや、高千穂さんは明らかに俺を焦らして遊んでいる。何故なら、鉄仮面じゃないかと思えたその顔にうっすらと笑みを浮かべているからだ。


 うんうん言いながらおよそ5秒ほど待たせた後、高千穂先輩は快音の3連打で俺の初めての正解を祝した。


「おめでとう! 初めての正解の感触はどうかな?」


 出雲さんは手を叩いて喜びながら尋ねた。


「とにかく答えられてよかったです。……当てても自慢できない問題かもしれませんが」


 俺の後ろ向きな補足に対して、高千穂さんは言う。


「簡単な問題だということは狙っているライバルが多いってことさ。それで誰よりも早く反応できたのだから、むしろ誇るべきだよ」


 マグレと言っても過言ではない程度の正解で喜ぶ俺を否定することなく、初心者を育てようという温かい気持ちが感じられた。



 午後6時50分。スクールバスの時間が迫っている。

 俺以外はバス通学ということで今日の活動はお開きとなり、まだ入部の意思表明をしないうちに慌ただしく後片付けが始まってしまった。


 早押しボタンの端子を本体から引っこ抜いて片付けを手伝っていると、

「そうだ、高村君。もしよかったら、わたしと一緒に『高クイ』に出てくれないだろうか」

 そう言う白紫さんに躊躇う様子は欠片もなかった。


「俺でいいの?」

 断る理由もないが、意外な依頼に即答できなかった。

「ああ。むしろ相手が見つからなくて困っていたんだ」

 そうなのか? 俺以外に相手がいないとなると、『高クイ』は3人1組なのでまだチームは組めないはずだ。あと1人誰かを加えないといけないが……。

「たしか『高クイ』は3人チームだったような……」

「その点について心配はいらない。今年から2人組に変わったんだ。年々、エントリーするチームが減ってきているからだそうな」


 なんと都合のいいことよ。ペアで出られるのなら人間関係がシンプルになるので助かる。


「始めたばかりでまだ弱いけど……それでいいなら是非一緒に『高クイ』に出たい」

「よかった。これからよろしく頼む」

 そう言って慌ただしく出て行ってしまい、握手をするといった儀式すらなく、実にさっぱりとしたコンビ結成となった。


       *


 寮に帰ると、すぐに着替えをもって風呂に行った。


 頭の泡を落としていると、他にも空きはあるのに今泉が隣にやってきた。


「随分遅かったじゃないか。つまり、何かあったんだな」


 そう言いながら湯を浴びて頭を泡立て始めた。

 

「まあな……」

 

 俺は身体を洗いながら物理実験室での出来事を説明した。


 話が終わると、今泉はツンツン頭の泡を落として、

「へえ、クイ研か。面白そうだな」

 何だその略称は。確かにクイズ研究部と名乗ってはいたけれども、その略称が広まっているほどメジャーな部活だったのか?


「どうだ、入ってみないか」

「確かに面白そうなんだがな、今は遠慮しておくぜ」

「そうか……。割とユルいんだが」

「すまんな。俺は勉強についていくだけで手一杯だ。勉強にゆとりができたら入部するかもな」


 無理強いするわけにもいかないから諦めることにした。学業に関しては自分も不安なのだから何も言えないのだからな。


 しかしながら、寮と学校の往復で高校生活を終えてしまうのは、勿体ないんじゃなかろうか。「勉強で手一杯」になってしまう不器用な人間は、無理やりにでもアクションを起こさないと、何にもないつまらない人間になってしまう……。そんな予感がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る