はじめての早押し
「今からつなぐから、そこら辺のいす取ってきて席はテキトーに確保してね」
「……もうちょっと近付いてもいいんじゃないか」
と、
早押しクイズに関して、ルール説明は一切なかった。そりゃそうだ。こんなに世間でも広く知られており、かつシンプルなルールの競技など、なかなかありはしないだろう。
「ボタンチェックするよ」
高千穂さんの号令の後に
「よし。それでは仕切り直して……」
と、いけねえ。始まった。
俺がボタンに手を置いたときには、経験者は2人とも獲物に狙いを定め引き金に指を掛けた狩人のような表情に変わっていた。
「問題。フランス語で『
まだ問題文を最後まで言い終わらないうちに、待ち構えていた二人がほぼ同時に、ボタンに指をたたきつけるかのように押していた。俺はそれに釣られて、無駄だというのにボタンを押してしまっていた。
音が鳴ると出雲さんのところのランプが点灯しており、
「エクレア!」
彼女の答えに高千穂さんは正解を示す正誤判定機の音を鳴らした。
本当に思考したのだろうか、八百長でもしてたんじゃないか、と思ってしまうほど反応速度が尋常ではない。だが冷静になってみれば、たとえ問題の答えを教えられていたとしても、これほど早く手を動かせるものだろうか……そう考えるとこれはやはり日ごろの鍛錬のたまものということか。
いきなり格の違いを見せつけられ、呆気にとられた。
こんな常人ではできないことをして、どんな顔してるんだろうと思って出雲さんに首ごと目線を向けると、驚くべきことではないと言いたげな表情をしていたが、
「驚いた?」
目が合うと、得意げな笑みを浮かべて返してきた。
主導権は完全に出雲さんが握っていた。解答権は(出雲:白紫=7:3)くらいの比率で獲得しており、俺の出る幕はなかった。
だが、不思議なことに劣等感を抱くとかそういった不愉快な気分にはならなかった。俺は早押しクイズ初心者で鈍くさいという自覚もあったというのも理由の一つだが、何よりこの場にいる人たちに「争って」いる様子はなく、単純に早押しを「競って」楽しんでいるように感じられたのが最大の理由である。
しかし、そろそろ解答権を得ないと格好がつかない。まるで己の無知を露呈するだけではないか。
そう思った瞬間、チャンスが訪れた。
「問題。地球上で最も高い山――」
やるしかねえ!
問題文を聞いてまるでド真ん中への失投のようだと思った俺は、「高い」と聞こえた瞬間にボタンを押した。
そして……手元に目線を落としてみると、俺のランプが灯っている!
初めて勝ち取ることができた解答権……無駄にする訳にはいかない。
「エベレスト!」
これが正解だと確信し、自ずと発声にも力が入るが……なんと返ってきたのは不正解の音だった。
問題文には先があった。
「――地球上で最も高い山はエベレストですが、太陽系で……」
まだ続くのかよ……と嘆息するが、そんな単純な問題出るわけないよな、と思うと恥ずかしくてたまらない。
「問読みのアクセントに気をつけて聞くといい。ここでは『地球上』に力が入っていたことを思い出してほしい」
白紫さんが問題の合間に助言をくれた。
……要するに、ここは「地球上で」というところからの連想か。地球上ときたら宇宙、ね……。
この問いの答えは「オリンポス山」で、後から調べてみると、これは火星にある21,230 mの楯状火山とのことらしい。
今まで天体に興味を持ったことがなかったので、それは俺にとって未知の知識であり、ひとつかしこくなれたような気がした。
後になってみると、もしテレビの向こうから問題文のテロップを目で追っていたとしたら、たぶんこんな答えはしなかったんじゃないかと思う。岡目八目なんて言うけれど、それは早押しクイズにも言えることだろう。
解答者は「パラレル問題」の存在を知っていてもなお、功を焦って「お手付き」してしまう。――そんな魔力が、早押しボタンには込められている気さえするのだ。
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