中学時代の約束(後)
「……参ったな、適当なことを書いたのに」
こう付け加えたかったのだが、彼女には届かずにどこかに行ってしまった。
橘花高校のチームが(一回戦で負けてしまうとはいえ)『HQC』に出場しているのを目にしたというのも志望動機となったのは間違いない。自らの知識を総動員してテレビの中の天才達に挑む疑似体験は、たとえ彼らには敵わないとしても楽しかったし、常人離れした戦いには興奮させられたものだ。しかし、面倒臭がりな俺は彼らに憧れを抱いてもなお、自分がその世界に割って入るつもりはなかったのだ。
まあ、さっきの莉奈さんの一言で考え直したのだが。
*
さて、莉奈さんとの関係性がどうにもならないことが確定したのはいつだったのだろうか。小学校の時には、同級生のことを「話が合わない」「レベルが釣り合わない」などと遠ざけ、切り捨てようとしたのだから、思春期になって好意を抱いたとして手遅れなのは当然のことだ。
今更言われたとおりにクイズを始めたところで結びつきになるとは思わないが、折角そう言ってくれたのだから頑張ってみてもいいかもしれん。
いいや、頑張ろう。橘花で高クイに出よう。
このように考えがまとまったところでチャイムが鳴り、本を閉じた。
*
苦い気持ちになるなのでもう思い出したくないのだが、俺は今でもこの出来事を忘れられない。
しかし、出来事は忘れられなくても、時間が経ったら思いは簡単に薄れてしまう。どういう感情であれ、片時も忘れないで濃度MAXのまま保っていられる人間などいやしないだろう。そんなに精神力がもつわけがない。
それでも時折心のどこかに例の日のことが引っかかって、そのたびに恥ずかしいのか辛いのか判別できなくてムズ痒い感情に苛まれると同時に、高クイに出るための闘争心に火がつくのだった。。
*
当然の様に俺は橘花高校に合格し、県立高校受験組より一足先に進路が確定したが、頭の中では進学後の生活に対する不安が、今にも析出しそうなほど飽和していた。寮生活もそうだが、何よりも孤立してクラスに自分の存在価値を見いだせない日々をまた過ごすかもしれないという懸念もあった。そう易々と都合のいい人格に変われるもんじゃない。
こうした不安から逃避するかのように、中学を卒業してから寮に入るまでの間は、ダラダラとゲームばかりして過ごした。一応、「働かざる者食うべからず」の家訓に従い、家業の牛飼いを手伝いこそすれども、予習復習の類は一切しなかったし、どこかに遊びに行くようなこともなかった。
ところで、柏野莉奈の進路に関してだが……どうなったのかわからんのだ。県立高校の合格発表は卒業式の後で、俺は式のあとクラスの誰とも顔を合わせておらず、さらにスマホを所有していなかったため、彼女の進路がどうなったのか知る術を失ったのだ。
向こうから俺とコンタクトを取ることもなかったし、これからも不可能だ。
だが、俺が高クイに出れば、俺の生存確認にはなるはずだ、そして、それを見たら莉奈さんの方から接触してきてくれるかもしれないと想像するのは…………さすがに都合が良すぎるか。
*
無為に時を消費するうちに入寮の日を迎えてしまった。さすがに直前ともなると家を出る不安が増幅され、高校生活への不安も加算されて胃が痛くなるほどだったが、入寮してからは不思議なことに身が軽くなったような気がした。
だが、今思えばそれは空元気に過ぎなかった。
入寮の2日後、入学式を迎えた。入寮が先で、高校生活は実質的に始まっていたようなものなので感動は薄くなっていたのだが、それでも入学式には何か得られるものがあるんじゃないかと期待していた。
しかし、中等部のマーチングバンドが珍しかったことのほかに印象に残るものはなく、寮生活のせいで生じた睡眠負債がのしかかってきた。
何の感慨もないまま式を終えるかと思ったが、理事長は話の最後で『文月祭』なるものを創設すると宣言した。7月に縮小版文化祭を催すのだというが、文化祭は10月で間隔が短すぎる気がする。進学実績以外での面で学校を盛り上げていきたいということらしいが、提示された情報はこれだけで日時も内容も詳しく知らされず、会場の誰もがどう反応したらいいのか分からなさそうにしていた。
いかにも強権的な理事長の思いつきのようで、こんなことが私立ではまかり通るものなのか……というちょっとしたカルチャーショックを受けた。
高校の行事というものがどれほどの賑わいを見せるのかわからないけれども……どうしてだろうか、全く盛り上がるとは思えなかった。入寮して自宅通学生より先に我が校の管理教育の現状をまざまざと見せつけられ、期待など粉々にされていたからだろう。
そういうわけで、行事に限らず高校生活というものに過剰に期待しすぎないように心がけていたのだが…………。
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