ウイニングアンサー

5等級

中学時代の約束(前)

 ――部活動を通して得たものは何ですか。また、高校ではどのような部活動に入ろうと考えていますか?――


 高校入試の小論文対策で、こんな質問をされたことがあった。


 俺の答えは、確かこうだった。


 ―― 私は『帰宅部』に所属していました。帰宅部とは毎日一目散に下校し、人間関係に苦しめられないようにすることで心の平穏を保つことを目的とした我が校独自の部活動です。

 帰宅部の活動によって、私は大いに学力を伸ばすことができました。しかし、その日常は変化がなく味気ないものでした。そこで、貴校に入学できたら学業だけでなく部活動にも挑戦してみたいと思いますが、私は身体能力には自信が無いため、文化系の部活動に加わりたいと考えています。特に今年の『HQCハイスクール・クイズ・クラシック』に出場したクイズ研究部に興味があり、是非ともそこで活躍してみたいです。――


 「帰宅部」などという妙なことを書き連ねてしまったのは、面白くもない中学生活の終わりが見えてきたことへの喜びのせいっだったのだろう。昔の自分はデキる変人を気取ってこれを書いていたのだろうが、今思い返してみると「バカじゃねえの?」と一蹴したくなる駄文である。



                  *



 中学では誰とも口を利かないことの方が多かったのだが、その日は珍しく同級生と話をした。

 彼女は(もうだいぶ思い出補正が掛かっているとは思うが)誰とでも分け隔て無く話すような人懐っこさがあり、(アホだったけど)優しくて、頼りがいのあり、そして可愛らしい、とてもとても魅力的な人物だった。一方で、攻撃的であるというわけではないが、俺のような「おとなしい」者にとっては何となく脅威を感じる人でもあった。いわゆる「陽キャ」「リア充」の部類に入ると言えば話が早いかもしれないが。


 昔は苦手な人だったはずなのに、その頃は俺は確かに彼女に好意を抱いていた。もちろん向こうは俺に対する特別な感情など持ち合わせていないのだろうが。



 さて、どうしてそんな水と油のような存在が会話するきっかけを得たのかというと……それは中3の秋、何の役にも立たない作文を書かされた日のことだ。

 休み時間になっていつものように本を読んでいると、その場にいた者にはおよそ縁のないはずの学校の名が耳に入ってきた。


「昨日の見たか?」

「ヤバいよな。景明山けいめいざんが勝ってたのに最後は開創かいそうがぶっちぎっちゃった」

「『野球』って日本語を初めて使った人なんて知るかよ!」

「なんもわからないけどさ、めっちゃ早く解いてるの見てるだけでも盛り上がるよな!」

「それな! 最後まで見ちゃったよ」


 彼らは「高クイ」の話をしていた。正式には「HQCハイスクール・クイズ・クラシック」という番組名だが、高校生のクイズ大会なので、いつしか「高クイ」の名で通るようになっていた。


 俺もそこの彼らと同様に、週末に放送されたこの番組を視聴していた。自らの知識を総動員して画面の向こう側の秀才たちに挑戦してみたのだが、彼らには到底及ぶはずもなかった。もしその成績を点数化してみたとしたら、(普段は猥談しかしないくせして)そこで珍しく知的な話に興じている連中と大差なかったかもしれない。


 かなり盛り上がっている同級生の会話を横目に、へえ、こいつらでもクイズ番組とか見るんだ、などとぼんやりと思っていると、背後から肩をつつかれ、

「ゆっきなーりくーん!」

 皮膚からの信号とともに、背後から女子生徒の声も飛び込んできた。

莉奈りなさん?」


 声の主は柏野莉奈かしのりなという生徒で、それは(読んでおられる方々が察していることを願うが)、さっきから連呼している「彼女」に該当する人物だ。


「ユキナリくんの書いた作文のことで、職員室は大騒ぎになったらしいよ」

 今となっては思い出補正が効いてるかもしれないが、実に無邪気な笑顔をこちらに向けていた……と思う。

「どうして?」

 もちろん原因に心当たりはあったのだが、あえてすっとぼけた。

「読ませてもらったけど、いつも真面目なことしか言わないのに、『帰宅部』なんて堂々と書いてあって先生達みんなびっくりしたってさ」


 作文のことを言いふらした担任の浅慮に呆れつつ、専願なら確実に特待生になれると言われて調子に乗った自分の行いを恥じた。……まあ、自分がしたことよりもこうして女子と面と向かって話すことの方が恥ずかしかったのだが。


 まともに話したこともない人にどう返事したらいいのか思い当たらず、

「そう……」


 話を終わらせる気満々の返事だと受け取られてもおかしくなかったのに、さらに会話は続いた。

「行成くん、すごいね。だって橘花きっかでしょ。厳しいところって話だよね?」

「まあ、ね。でも県内の進学校の厳しさは、どこも似たようなものだから……」


 この県にはろくでもない独自の教育方針がまかり通っており、どこへ行っても進学校は管理の行き届いたスパルタ教育校ばかりである。


 それなら地元でいいじゃないか、と言われそうだが、地域の普通科高校は凋落が著しかった。かつてはそれなりの進学校として名を馳せていたらしいのだが……少子化と地域全体の学力レベルの低下の影響を受けて、進学実績が10年近く低迷していた。


「家を出て寮生活でしょ。あたしには真似できないな」

「この辺から通うのは辛いから仕方ないよ……。一人暮らしできるほどの生活力もないし」


 橘花高校まで実家から通うとなると、1時間に1本しかない鉄道で、しかも始発と終電で行ったり来たりしなければならない。

 加えて、地元の高校は家から地味に遠い。授業の終わりが午後5時頃で、寄り道するところもない一本道を30分かけて自転車通学するのは苦行である。それなら寮に入って通学する方が、通学時間を省けて良いんじゃないかと考えた。


 そういうわけで、草むらの中からちょっとでも食えそうな草を探すような気持ちになって、進学実績が少しでもマシで、かつ通学しやすい環境が整っているところを選んだら橘花高校になったのだ。


 しかし、理由はそれだけじゃない。

「あと、単純に都会に出たかったという思いもあるよ」


 莉奈さんは不思議そうな顔をして、

「どうして?」と尋ねた。


 それに対して俺はきっぱりと答えた。

「だって遊びたいじゃん!」と。


 人口より牛の方が多いのではないかと思えるほどの農業地帯であるこの近辺は、高校生が喜ぶような娯楽の場は両手で数える程もない。

 寮生活になるとはいえ、橘花高校ならチャリで行ける範囲にカラオケやら大規模なショッピングモールに加え、俺好みの大きな本屋などもあるのだから、どちらが楽しい学園生活を送れそうかなんて、考えるまでもないことだ。


 俺の回答は彼女の想像の範疇に無かったらしく、

「えー、意外だね」と素朴な感想を述べた。

 一方で、彼女のその答えは俺の想定ドンピシャリだった。


        *


 ここで回想から離れて、語れてなかった気持ちを付け加えてさせていただく。

 長々と続けてきてアレだが、地元を出る最大の理由は……いわゆる「高校デビュー」をするには知り合いがいない方が都合がいいということだ。

 要はこんなカタブツだと思われるような生き方を続けたくないのだ。


 顔見知りがいなくなることなど怖くない。元よりクラスメイトとの交友関係は希薄なのだから、ここで綺麗さっぱり捨て去ったとして、不都合なことも未練もあるはずがない。


 しかし、目の前にいる「唯一の例外」が、こう言ったのだ。

「あ、でも『人間関係に苦しめられないようにすることで心の平穏を保つ』って書いてたのは、めっちゃショックだったよ」

「………………」


 俺は何も言えなかったが、莉奈さんはを全てを打ち明けたようなすっきりとした表情を浮かべ、

「高クイ、楽しみにしているよ!」

 そう言って彼女は元の世界に帰還したのだった。



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