第5話 奪ったもの・奪われたもの 2

 あまり時間はないがとりあえず家でアクセスできなかった件を事務室じむしつで説明して、学生証がくせいしょうを預けてきた。


 2人は教室に入りまだ教師が来ていないことにホッとした。

「ギリギリセーフ〜」

 自分の席に座りホッと胸をでおろす少女に近くの席の女子たちがクスクス笑う。

 タクミも少しはなれた自分の席で授業の準備を始める。


「ねぇ、あれ。」

 窓際まどぎわに集まって談笑だんしょうしていた4.5人の女子グループの視線が一点に集中した。〝知ってる?〟〝知らない知らない〟そんなやりとりが聞き取れる。

 その中の大人しそうな小柄こがらでショートボブの女子が勇気を振りしぼるように少女に話しかけてきた。


「あのっ。そこは、私の席です…。」

 えっと少女は息をむが周りを見ても席替せきがえをしている様子はない。ただ、この女子について記憶がないので登校日が重なったことがないのだろう。知らない間に席を共有していたのだろうか。


「ごめんね。授業にでる時はここの席なんだけど、どうしようか?あっ、私ね、サノヒナタって言うんだけど、名前なんだっけ?」

 そこまで言うと2人のやりとりを静観せいかんしていた女子たちの顔がくもる。


「待って待って。ヒナタをからかってるの?」

「イジワルしてるつもりならやめなよ。」

「誰か知らないけどサノさんに席を返してくれないかな?」

 

「サノ?ヒナタ?へー!私も佐野日向さのひなただよ。」

 同姓同名の子がいるのかと喜んだ少女とは反対にそれを聞いた女子達は怒り出し、もう一人のサノヒナタは泣き出してしまった。


 こまてていると少女の近くの席の人たちも会話に加わりはじめ、今席に座ってる方が本人だと味方になってくれる。

 気がつくと15人ほどいた教室の生徒がこっちが本物、あっちが偽物ニセモノと言い合いしていて収拾がつかない状態になってしまった。


「何とか言ってよ!タクミくん!彼氏でしょ。」

 もう一人のサノヒナタがタクミの腕にしがみつく。

「は?」

「は?」

 タクミと佐野日向から同時に声がれた。


 何言ってるんだと突き放そうとしたがタクミの中に妙な記憶が流れ込む。

 サノヒナタと初めて入学式に出会ってから今日までのことが走馬灯そうまとうのように思い出せる。その一方で、幼馴染おさななじみの佐野日向の記憶もちゃんとある。

 混乱したタクミは言葉を詰まらせた。


「今日、事務室にきた人。あっ、あなたね。」

 いつのまにか担任の男性教師と事務員の年配の女性が教室に入って来ていて、事務員が手招てまねきをする。


 教壇きょうだんに佐野日向が近づくと担任がため息をついた。

「困るんだよね。こういうの。ここの生徒じゃないよね。最近、度胸試どきょうだめしで他校に侵入するの流行ってるらしいけど。」と、怪訝けげんそうな顔をする。


「この学生証はよくできたニセモノね。IDどころか名前も住所もデタラメ。うちでは学生同士の交流を大事にしたいから他校より登校日が多く設けてあるの。この子が入ってきた時、違和感があった生徒は少なくないはずよ。」

 ペラペラとまくし立てる事務員の言葉に、半数ほどは佐野日向が本物だと味方してくれた生徒たちから、そういえばそうかもしれないなどと言い出す生徒が出てきた。


「私も昨日も教室で会った気がしてたのに、なんでかな。知ってるはずなのに、知らない気もする。」

 隣の席だった子さえ、あやふやなことを言い始める。

「大人しく出て行ってくれれば今回は通報はしない。授業も始めたいしそうしてくれないか?」

 男性教師が教室の出入口を指す。

「先生、私の顔に覚えはないですか?本当に?」

 佐野日向が声を震わせて尋ねる。


「もちろん。見たことがない。」

 キッパリと佐野日向を生徒として否定した。

「これ以上しつこいようなら…。」

「出よう!日向。」

 タクミが日向の手を引っ張り廊下へ出て行く。

「タクミくん!なんで?なんで?その子だれ?」

 サノヒナタの声は聞こえていたがタクミは聞こえないフリをして、ひとまず学校を出る方を選んだ。

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消滅まであと7日 牧村 美波 @mnm_373

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