第3話 ふたりのヒカル

「おはよう。、早く食べないとおくれるよ?」

 翌朝よくあさ、幸太郎はリビングの入口で立ちくしたままありえない光景こうけい絶句ぜっくした。


「えっ、おま…何?えっ?」

 何食なにくわぬ顔で祖母のとなりで食事をしているのは、昨日のフードの女だった。同じ高校の制服せいふくを着て、さもむかしから住んでいましたと言わんばかりにそこにいる。


「ば、ばあちゃんからはなれろ!父さん、コイツだよ!オレを殺しにきたヤツ!」


「こらこら、ぼけてるのか?それとも兄妹きょうだいゲンカでもしたか?」

 父親がソファで新聞を読みながらワケの分からない事を言っている。


 だれだれがキョウダイだって?


「どうせおそくまでゲームでもしてぼけてるんじゃないの?」

 あの女もしれっと顔色かおいろ一つ変えずにそんな事を言う。


「もう!たった2人の兄妹きょうだいなんだから仲良なかよくしなさい!そんなことより早く食べちゃてよ、。」

 

 台所だいどころから顔を出した母親の言葉に体がゾワッとした。母親の声を久しぶりに聞いた。久しぶりに話しかけてきた。


 幸太郎は後退あとずさりして仏壇ぶつだんのある部屋にいそいだ。


 バン!!

 いきおいよく開けたふすまの向こうにはあるはずのものがなくなっていた。


 母さんがもっとも愛してやまない人の写真が無い。

 口にこそ出さないが幸太郎だったら良かったのにと思っているに違いないはずの人の位牌いはい


「ヒカル。」

 思わずつぶやいた。


「なぁに?こうちゃん。」

 ビクッとり返るとあの女がニコリともせず返事をした。

「お前じゃない。お前のことじゃない!」

「私よ。佐野光さのひかる。あなたの双子ふたご。」


 光を名乗なのる女が両手で幸太郎の体を部屋へ押し込むとふすまをそっとめた。


「お前、オレの家族をどうした?ヒカルは!?」

「なかったでしょう?」

「何が?」

「こうちゃんの部屋に人とあらそった形跡けいせきじゅうも。」


 そのことには幸太郎もすぐに気がついていた。

 まどれていないし、まくらもキレイなままで、らかしたはずの物は元の位置いちにあった。


「……本来はあるはずのない出来事できごとだから世界が勝手かって修正しゅうせいしてくれたのよ。」

 女が部屋を見渡みわたしながら言う。 


「ヒカルくん…ねぇ。そんな人いた?」

「は?」

「私が光だもの。」

「バカを言うな!」

「じゃあ、教えて。その人ってどんな子だった?どんな顔をしてた?好きな食べ物は?何が得意とくいだった?…くなったのはいつ?どうして?」


 幸太郎は何かをしゃべろうとして思わず口を手でおおった。おぼえてはいる。ヒカルが死んだのは3年前だ。

 なのに、こんなにモヤがかかるような感覚かんかくは何なんだ。


「ビックリした?うろおぼえじゃない?」

「俺たちに何をした?返せよ!ヒカルを返せ!」


「ははっ。」

 青ざめて自分にる幸太郎に光からかわいたわらいがれる。


「それはこっちのセリフよ。大事なヒカルくんの存在そんざいを覚えているのはもうあなただけよ。でも、そのうち忘れちゃうかもね?」 


「何なんだ?何がしたいんだ!!」

幸太郎は振り向いた自称・光の視線に凍りついて息を飲んだ。そこから一歩も動けなくなった。


「オレの家族はどうしたとかアンタがそれ言う?そっちこそどうしてくれんのよ!アンタのせいで無くなっちゃったじゃない!私はどこに帰ればいいの!」


怒り?憎悪?殺意?絶望?

きっと全部だ。

10代の女の子のするような目つきじゃない。


「アンタが…アンタが余計なことするから…。

世界があきらめちゃったじゃない!

遠藤りさが死ぬはずの過去を!私が存在するハズだった未来も!」


昨夜はヤバいヤツらが来たと思ってた。

でも、そうじゃなかった。分かってしまった。

幸太郎のしたことは人助けじゃなかった。


「お前は誰だ?」

ややうわずった声で幸太郎がたずねる。


「光だって言ったでしょ。別にいいじゃない。生きてる人間を消したわけじゃないんだから。アンタと違ってね?」

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