第7話「い、妹への贈り物、何がいいかな?」
自白剤のおかげでソルベはあっさりといろんな秘密を白状した。
禁止魔法薬物の入手方法や売買ルート、どれだけの利益が出たのか。
純利益だけで僕みたいな臣民が三回生まれ変わっても遊べるくらいだった。
ライさんがジェラートのボスのアジトを訊ねて、その答えを聞くと「そんじゃ行ってくるわ」と軽い感じで、ソルベを連れて出て行った。僕もついて行こうとしたけど断られた。足にヒビが入っているはずなのに、平気で歩いていた。
それからしばらく、スターレッドさんとメリッサさんの二人とお喋りをした。
「ジェラートはこれで壊滅だが、まだ敵が大勢いる」
「そうなんですか? フィアンマは帝都でも有数のマフィアですよね?」
あまりに無知な問いだったのだろう。
スターレッドさんは「お前『アックア』を知らねえのか?」と訊いてきた。
僕は首を横に振った。まったくの初耳だった。
「近衛兵だからって、軍人さんだろ?」
「まあまあ。憲兵隊じゃないんだから、知らなくても当然だよ」
メリッサさんが助け船を出してくれた。
僕は「勉強不足ですみません」と謝った。
「アックアは俺らみたいに知られたマフィアじゃねえ。闇の組織だ。この帝都に流れる水路のように、知らないうちに張り巡らされている」
「裏社会では有名なんですね」
「俺らの主なシノギ……収入源は賭博と用心棒、そして売春宿の運営だ。賭博はともかく、後ろ二つは合法さ。だけど、アックアは違う。ジェラートみてえに薬物の売買をしやがる。それだけじゃねえ、人身売買や裏取引、人体実験と殺人まで請け負う」
僕は「殺人と言えば」と気になったので訊ねてみる。
「今回の若頭の襲撃と、前にブリキさんが行なった事件では一人も死人が出ませんでした。そういう決まりなんですか?」
「そういう決まりさ。いちいち抗争で死人を出していたらキリがねえ。マフィアの頭同士の協定で『死人を出さない』『殺した者が死人で責任を取る』が結ばれちまった」
メリッサさんがコップに酒を注いで、そっとスターレッドさんのテーブルに置く。
彼は「ありがとよ」と感謝してから一気に呷る。
「抑止力が働くから、滅多に抗争が起きなくなった。それはそれでいいさ。でも歯止めが聞かなくなった連中が出たらどうする? 正当防衛なんて言葉、マフィアにはねえんだぜ?」
「たとえ殺されそうになっても、ですか?」
「うちの若い衆が何人もそれでケジメ取らされた。馬鹿な若者だって言うのは簡単だけどよ、割り切れねえよな」
マフィアの若頭だから、いろいろ思うところがあるんだろう。
気苦労がたくさんあって、それ以上に苦労があるんだ。
僕は心の底から「大変ですね」と同情した。
「まあいいさ。ジェラートの薬物さえ流通しなけりゃアックアの力も削げる……言うの忘れたが、ジェラートはアックアの傘下だ」
「あ、そうだったんですね」
「上納金を多く納めていたらしいぜ。ジェラートのボスは出世したかったみたいだ」
いまいちマフィアの力関係が分からない僕は「マフィアってどういう組織構造になっているんですか?」と訊ねた。
するとメリッサさんが「あら? マフィアになりたいのエドワード」と真剣な表情で言う。
「えっと、そういうわけでは……」
「興味本位で裏社会のことを知るのは良くないわ。戻れなくなるわよ?」
「……セカンドに所属している時点で、戻れないけどな」
スターレッドさんの指摘に僕もメリッサさんも黙ってしまった。
「マフィアは上にボスがいて、ナンバーツーに若頭がいる。その下に本部長、そして下に数人の若頭補佐がいるのさ」
スターレッドさんがしょうがねえなと言わんばかりに説明をし出した。
「一応、跡目を継ぐのは若頭になるけどよ。ボスの指名で本部長や若頭補佐がなった例もある。それと勘違いされているが、俺も一応、自分のチームを持っている」
「自分のチーム? マフィアですか?」
「ああ。フィアンマの二次組織、スターレッド組って感じだ。そして俺の子分にも若頭がいる……こんな感じに親と子の関係が続くんだ」
不思議な感覚だった。マフィアなのに親子関係があるなんて。
「俺はボスを親として崇めている。ボスのためならなんだってやる。しかし翻ってお前はどうだ? セカンドのボスにそこまでの忠誠を誓えるか?」
スターレッドさんの問いに僕は迷った。
軍人として国家元首のご子息であるウィン皇子に仕えているという面が大きかった。
あの方をボスとして思っているけど、それは部隊の長としてであって、親として見たことはない。
「――僕は」
何を答えようとしたのか、分からないまま何かを言おうとした。
だけどルーモアの扉が開かれて「ジェラートは壊滅したぜ」とライさんが入ってきた。
「本当か? 案外早かったな」
「ジェラートのボスは早々に投降したよ。今、憲兵隊に引き渡してきた」
ライさんとスターレッドさんのやりとりを聞きながら、僕は何のために戦うのか分からなくなってきた。同時に僕は役に立っていないことにも気づく。
僕にできることって、一体なんだろう……
◆◇◆◇
「今日は休みなんだろう? だったら暗い顔していないで、外で遊んだら?」
すっかり日が高くなってから起きた僕。
昨日、ライさんから「明日、休みになったから。明後日会おうぜ」と言われたんだ。
せっかくだからゆっくり部屋で寝ようと思ったけど「部屋の掃除するから」とメリッサさんに追い出されてしまった。
外で遊ぶとなっても、何をすればいいのか分からない。
帝軍幼年学校に入学してから、そういう遊びから遠ざかっていた。
友達もいないのに一人で遊んでも退屈だし。
仕方ないから買い物をして実家のルシルと両親に何か送ってあげようと外に出かけた。
銀行でお金を下ろして目抜き通りを歩く。
活気ある光景。その裏では抗争が行なわれている――そんなことを考えるな。
帝都のお土産屋さんに行って、配達できる物を注文して送ってもらった後、僕はルシルへの贈り物を探す。ぬいぐるみが好きだったから大きな熊のやつを贈ろうかな――
「ちょっと! 放しなさいよ! しつこいわ!」
賑やかな人通りの中、女の子が二人のごろつきに絡まれていた。
帝都の人は慣れているようで一瞥すらしない。
憲兵は近くにいないようだ。
「いいじゃん。ちょっとぐらいお茶に付き合ってくれてもさあ」
「君可愛いし。タイプなんだよねえ」
「うるさい! 私、忙しいの!」
流石に見過ごすことはできないと思った。
善意というか、お節介というか、よく分からないけど。
多分、昨日のことがあって誰かの役に立ちたいと思ったんだろう。
「やめなよ。その子嫌がっているじゃないか」
近づくと絡まれている女の子が相当な美人だと気づく。
艶やかな黒い髪。目の色は黒に赤みがかかっている。
すっきりとした鼻立ち。ぷっくらとした赤い唇。
背はあまり高くない。僕よりも若い。十四才くらいかもしれない。
真紅のふりふりとしたドレスを着ていて、それがよく似合っていた。
「ああん? なんだお前? まだガキじゃねえか」
「子供は大人しく、家に帰ってろ」
二人のごろつきはせせら笑って僕を相手にしない。
だけど、女の子は――何故かとても恐い顔になった。
ごろつきから離れて「あなた、軍人?」と鋭いことを問う。
「あ、う、うん。一応……ていうか、元だけど」
「元軍人? なにそれ。ちょっと気に入らないわね」
軍人に対して偏見を持つ人は大勢いるけど、女の子はかなりの嫌悪感を持っているようだ。
僕は「なんか、ごめん……」と謝ってしまった。
「すぐに謝らないで。そういうの嫌い」
「あううう……」
「おいおい。お嬢ちゃん。俺たちを――おう!?」
ごろつきの一人が焦れて近づくと、女の子は振り返って、彼の股間に蹴りを入れた。
押さえてがくがくしてその場にうずくまる。
「て、てめえ――」
「あなたも痛い目に遭いたいの? ……さっさと失せなさい」
「ひいい!?」
ごろつきは相方の肩を持ってその場から逃げてしまう。
僕は呆然として「助けなくても平気だったんだね……」と呟いた。
「あなたも失せなさい。軍人は嫌いよ」
「えっと、僕は、その……」
しどろもどろになってしまった僕に女の子は冷たい視線を向けた。
何か気の利いたこと言わないと……
「い、妹への贈り物、何がいいかな?」
「……なにそれ?」
女の子が怪訝な顔になるのは当然だった。
僕は言ったことを後悔していた――
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