第6話「あの爆弾、止められないんですか!?」

 拍子抜けしてしまったが、工場に見張りは一人もいなかった。

 おそらく若頭襲撃で駆り出されたのだろうとライさんは言った。おかげで楽に潜入できた。


 工場は帝都の郊外にあり、周りには家が建っていない。爆破しても被害が出ないことを素直に喜べる。きっと皇子はそれも加味した上で計画を立てたのだろう。工場内には馬小屋があった。三頭の馬がつながれていたので、僕は解放してあげた。爆発に巻き込まれないように。


 工場の中に入ったのは二十時五十分。スクリームという禁止魔法薬物が積まれているところは複雑な経路でしか行けなかった。


 まず魔法昇降台――魔力を用いて上下運動する台だ――で三階まで上がり、真っすぐに渡り廊下を進んで、それから地下一階へ魔法昇降台で下りていく。隣には階段が備え付けられているけど、時間がかかるので使わない。そして地下の扉を開けた先に所狭しと並んであるスクリームがあった。革袋で包装されていて、これだけでも十億はくだらないほどの価値はあるだろう。


「うひゃあ。すげえなこりゃ。流石に一つ一つ運び出すのは無理だな。爆破を選んだ皇子は正解だ」


 ここまで順調なので上機嫌なライさん。

 早速、爆弾をセットし始めた。

 五分で爆発するらしいけど、魔法昇降台を使えば三分で出られる。


「あのさ。どうして子供なんか助けたわけ?」


 世間話のつもりなのか、ライさんが作業しながら訊ねてきた。

 僕は「助けなかったら、死んじゃうと思ったからです」と周りを気にしながら答えた。


「近衛兵から除隊されると分かっていてもか?」

「除隊よりも子供の命のほうが大事だと思いました」

「自己犠牲が過ぎるな。それで損したこと、たくさんあるんじゃないか?」


 図星なので何も言えなかった。

 妹のルシルのために、いじめっ子と喧嘩して、ぼこぼこにやられたのを思い出す。


「ま、お前の人生だから、良いんだけどさ」


 ライさんは会話を打ち切った――作業が終わったのだ。


「それじゃ、やるか。五分以内に出られる準備はいいか?」

「ええまあ」


 ライさんがスイッチを押した。

 始まるカウントダウン。

 僕たちは扉を開けて外に出て、魔法昇降台へ向かう。


「……あれ? おかしいな」

「どうしましたか?」


 魔法昇降台のスイッチをライさんが押しても反応がない。

 気がついたら辺りの灯りも暗くなっている。


「今何時だ?」

「だいたい二十一時くらいですね」

「……この魔法昇降台、二十一時以降動かないらしい。ここに書いてあった」


 ライさんが指すところを見ると『二十一時から五時まで運転休止』と書いてある。

 僕たちは顔を見合わせて――階段に向かって走り出した。


「あの爆弾、止められないんですか!?」

「止め方なんて知らねえよ! 皇子は言わなかったし!」

「どうするんですか!? 出口まで間に合うんですか!?」

「とにかく走れ! 駆けあがれ!」


 必死になって地下一階から三階までの階段を昇る!

 ライさんの顔が必死だ。多分僕も必死だ。

 爆発に巻き込まれて死にたくない!


「工場の外に出られても、巻き込まれるんじゃあ――」

「うるせえ! 今考えているところだ!」


 階段をなんとか三階まで駆け昇った僕たち。

 明日があるなら筋肉痛でぱんぱんになっていることだろう。


 渡り廊下を必死に駆けていると「エドワード!」とライさんが怒鳴った。


「このまま走れ! 何があっても出口まで行け!」

「はあ!? 一体どうして――」


 僕の返事を待たずに、ライさんは渡り廊下の窓を突き破って――外に出た。

 ええ!? ここ三階なのに!?


 だけど僕は立ち止まることなく、決死の思いで走り続けた。

 ライさんはきっと大丈夫だと思っていた。確信はないけど、そう信じないと走れなかった。


 下り階段を飛び降りるように下っていく。息が切れていてとてもじゃないけど出た後のスタミナなんて考えられない。

 でも走らないと死ぬ! 爆発に巻き込まれて!


「はあっ、はあはあ……!」


 自然と涙が出てくる。

 当然のように汗が噴き出る。

 死にたくない――


 ライさんがいなくなったせいで、死を意識してしまった。

 足がもつれそうになるのをこらえながら、下る――


「うおおおおおお!」


 下り階段が終わって、出口の扉を蹴飛ばして開けて、外に出る。

 やった、間に合った――だけど、もう走れない……


「エドワード! 乗れ!」


 そこへさっき逃がした馬に乗ったライさんが来た。

 葦毛の馬の手綱を操って、颯爽と現れたのだ。


「ライさん!」


 僕はそれだけ言って、ライさんの後ろへ回って、馬にまたがった。


「振り落とされるなよ!」


 馬を全力で走らせるライさん。僕は鞍の端を必死で握った――


 ずどどどど! と地面が激しく揺れて建物が崩れる音――次の瞬間、どばあん! と弾ける爆発音が後ろから鳴った。


 振り返ると工場が中心に向かって崩れていくのが分かった。黒煙と爆音をさせながら跡形もなく――


「ふう。間に合ったな」

「ら、ライさん。足、大丈夫ですか?」

「あん? ああ、骨は折れてないけどじんじん痛い。ヒビが入っているかもしれねえ」


 ライさんはそんな状況なのに、笑っていた。


「それより見ろよ! すげえ爆発だ! あんな小さい爆弾なのに!」

「…………」

「多分、スクリームは綺麗に吹き飛んだと思うぜ! いやあ、愉快痛快だな!」


 この人は、死にかけたというのに、目の前の出来事に興奮している。

 楽しそうに笑っている――


「あ、ああ、あは……」

「どうしたどうした? もっと気持ちよく笑えよ!」

「あは、あはははは――」


 笑うしかないというか、何故か笑えてしまった――


「あはははははは!」


 ライさんはそんな僕を見ながらにやにやしている。


「なんだお前。かなり度胸あるじゃんか」



◆◇◆◇



 スクリームの爆破には成功した僕とライさんだけど、これには訳があった。

 ライさんの言ったとおり、若頭への襲撃があったからだった。

 それもヴィオラさんとブリキさんの二人によって派手に激しく行なわれた。

 したがって手薄となった工場に楽に潜入できたのが真相だった。


 死者は出なかった――それも驚きだが、もっと驚くべきことは相手が百人近くいたことだ。それをどう制圧したのかは分からない。三階から飛び降りても平気だったライさんもそうだけど、あの二人も何か特別な能力を持っているかもしれない。


 さて。ヴィオラさんとブリキさんの任務も見事成功したので、ジェラートの若頭であるソルベを拘束し尋問することとなった。その場所はなんと酒場ルーモアの中だった。


「拷問とかしないでおくれよ。床とか壁が汚れるから」

「むごー! むごむご!」


 手足を椅子に縛られたソルベ。水色のオールバックに溶けたアイスみたいなたれ目が特徴の男だった。口に布を詰められていて何を言っているのか不明瞭だった。


「安心しなよ、メリッサさん。訊きたいことを聞けたらいいんだから」


 曇った顔のメリッサさんにライさんがニコニコして応じた。

 この場には僕とライさん、メリッサさんとロゴーさんしかいない。ヴィオラさんとブリキさんは帰ってしまった。もうすぐ来るスターレッドさんに引き渡す前に、いろいろと訊きたいことがあるようだ。


「えっと。それじゃ始めるか」


 口から布を外して、ライさんはソルベに「尋問するよ」と笑いかけた。


「ちくしょう! 何も話さねえぞ!」

「それならそれでいいんだあ。俺の楽しみが増えるから」


 うっとりとした顔のライさんは針金を取り出して、ソルベに見せた。


「見えるかな? すげえギザギザしているんだ。これを使って酷いことをしようと思うんだけど、どうかな?」

「……う、うう」

「ら、ライさん!? やるんですか!?」


 これから恐ろしいことが始まりそうだったので、止めに入る僕。

 ライさんは「安心しな」と僕に言う。


「その前に気付け薬飲ませるから。メリッサさん」

「あいよ。ほら、これ飲まないと、耐えきれなくて死んじゃうから」


 コップの中には緑色の液体が入っている。

 ソルベは迷ったけど、結局「分かった。飲ませろ」と観念した。

 メリッサさんがゆっくり飲ませると、ソルベはがくんと力が抜けてしまった。


「ええええ!? 何飲ませたんですか!?」

「自白剤。だってさ。メリッサさんとロゴーさん、拷問許してくれないんだぜ?」

「当たり前でしょう。ここはお酒と食べ物を楽しむ店なの」


 ……恐ろしいなと改めて思う。

 ソルベの身体が痙攣しているときに、スターレッドさんがやってきた。

 これで尋問の準備は整ったわけだ。

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