第5話「先輩の凄いところ、教えてやらないと」
「それでは、行ってきます」
「はあい。気をつけてね」
漆黒の軍服に着替えて、朝食をいただき、メリッサさんに見送られて酒場――ルーモアという名前らしい――を出て城へ向かう。元同僚の門番は通る僕を完璧に無視して仕事に励んでいた。記憶を頼りに昨日の部屋に向かうと、中にはブリキさんしかいなかった。
「あの、昨日はありがとうございました」
「…………」
窓際に立って僕を一瞥して、それから視線を外すブリキさん。
すぐに仲良くなれるタイプではないのは分かるけど、なんか複雑だなあ。
着いたのは八時半でその十五分後にライさんとヴィオラさんがやってきた。遅刻厳禁というのは正しいらしい。いい加減に見えるライさんもきちんと時間前に入室している。
「エドワード。昨日の夜、大丈夫だったか?」
ライさんが気遣ってくれたので、僕は「ブリキさんのおかげで助かりました」と正直に言った。
「旦那が? はあ、珍しいこともあるもんだ」
けらけら笑うライさんをブリキさんは睨む。包帯の奥からでも分かるほどの威圧感。
ヴィオラさんは「本当に珍しいのよ」と僕に微笑んだ。
「見て分かるけど、彼は人嫌いだから」
ならなんで僕を助けてくれたんだろうか?
その疑問を口にする前に「おはよう、諸君」と定時ぴったりに第二皇子のウィン様が現れた。僕は起立して敬礼する。ライさんは「おはようございますー」と立たずに軽く頭を下げた。ヴィオラさんは微笑みながら会釈で済ませた。ブリキさんは微動だにしない。
「元気が良くて何よりだ。そういえばエドワードにこの部隊の説明をしていなかったな。失念していた、許せ」
「はい。僕は一体、どういう扱いとなるのでしょうか?」
「軍属だが、俺の直属でもある。部隊名は聞いたか?」
「スターレッドさんからセカンドと聞いております」
ウィン皇子は「スターレッド……ああ、フィアンマの若頭か」と思い出して手を叩いた。
「一応、上司が俺なのは秘密な?」
「かしこまりました」
「ま、貴様は黙っていたようだが」
「……見ていたのですか?」
その言い方で気づいたので問い詰めると「ぼんくらではないらしいな」と笑われた。
「最低限、口が堅い者でないと信用できん。試しは必要だ」
「な、なるほど」
「おいおい、それで納得していいのかよ、エドワード」
ライさんの言うとおりだけど皇子相手に文句が言えるほど、度胸なんてない。
ヴィオラさんが「臆病なのね」と心の内を見抜いたことを言う。
「いや、お前らがフランク過ぎるだけだからな? 俺、結構偉いんだぞ?」
「生まれで偉いみたいなの、一番ダサいって皇子言ってなかったっすか?」
「……言ったか?」
「言ってましたよ。あたしも聞きました」
「ううむ。気をつけよう」
逆に皇族を反省させたという事実に慄くのも束の間、ウィン皇子は「それでセカンドの主な目的だが」と話を戻した。
「帝都の治安維持だ」
「憲兵隊が担っているのでは?」
「あれは駄目だ。司法警察の側面が強く、主たる任務をそれにおいている。加えてマフィアと癒着している者もいる」
憲兵隊は陸軍ではなく陸軍大臣の直属だ。
僕みたいな落ちこぼれではなく優秀な人材が揃っているらしい。
だけど癒着か……
「帝軍幼年学校を卒業して間もない貴様には理解できぬことだがな。世間は汚く強かな者で溢れている。それを一つずつ潰していくのが、俺たちの務めだ」
立っているのが疲れたのか、近くの椅子に座るウィン皇子。その際、僕に座るよう勧めた。僕は「失礼します」と座った。
「しかし綺麗事を抜かしても、俺たちもマフィアと接しているのは変わりない。知っているとおり、フィアンマと協力関係にある」
「それは……彼らが友好的だからですか?」
「違うな。俺の目的はフィアンマに帝都の裏社会を管理させることだ」
管理させるという意図が分からなかった。
ウィン皇子は「マフィアを全部潰してみろ」と僕に言う。
「マフィアの構成員やちんけな犯罪者は地下に潜って好き勝手やるぞ? マフィアという巨大な組織があれば、それらを管理できる」
「つまり、それを担うのは……フィアンマであると?」
「汚いと思うか?」
ウィン皇子が歳相応ではない、険しい顔で僕を睨んだけど、逆に安心していた。
昨日のやりとりでスターレッドさんがそれほど悪人ではないと分かったからだ。
もし敵対することになったら……嫌だった。
「はい。汚くはないと小官は考えます」
「ほう。潔癖というわけではないか。当然だな、軍紀を破ってまで子供を助けたのだから」
するとここで「皇子。話が理解できたところで具体的なやり方を教えたらどうっすか?」とライさんが進言した。
「そうだな。フィアンマの勢力の拡大の支援が目的だが、具体的には敵対組織の殲滅だ。貴様には多くのマフィアを捕まえるか倒すかしてほしい」
「僕は軍人ですが、さほど強くは……」
「それも理解している。まあおいおい考えていこう。それで、現在の目標だが……ジェラートというマフィアだ」
ジェラート。昨日も出た名前だ。
ウィン皇子は頬を掻きながら「フィアンマの縄張りにちょっかいを出している」と再び説明を始めた。
「しかも禁止魔法薬物である『スクリーム』を売買している」
「……恐ろしいですね」
「構成員は三百人ほどの小さい組織だが、非常に好戦的だ。厄介極まりない。そこでまずはあいつらの収入源のスクリームを無くす」
ウィン皇子は机の上にポケットから取り出した小さな丸いものを置いた。
紫色で土台があるため転がらない。上にスイッチのようなものがある。
「これはなんですか?」
「爆弾だ。スイッチを押して五分後に爆発する」
「ば、爆弾!?」
思わずのけ反ってしまったけど「安全装置がついている」とウィン皇子は言った。
「スクリームはとある工場に保管されている。そこに忍び込んで爆弾で一気に消す。そもそもスクリームは揮発性と引火性があるから派手に爆破するだろう」
ウィン皇子は「エドワード、貴様に命じる」と厳格な声で言う。
僕は正していた背筋をさらに伸ばした。
「今日の夜、スクリームのある工場に潜入し爆破しろ。情報によると見張りも少ないらしい。簡単な任務だ」
「はい、了解いたしました!」
「ライ。貴様、サポートしてやれ」
突然言われたライさんは嫌がるかなと思ったけど「いいですよ」と頷いた。
「先輩の凄いところ、教えてやらないと」
「珍しくやる気じゃないか」
「実を言えば、一度爆破してみたかったんですよ……冗談っすよ」
本気かもしれないと思ってしまった。
「あら。あたしとブリキはお留守番ですか?」
ちょっと不満そうにヴィオラさんが言う。
ブリキさんは相変わらず沈黙しているので、感情が分からない。
「貴様たちにもやってもらいたいことがある。工場近くにジェラートの若頭のアジトがある。襲撃して身柄を押さえてくれ」
「結構スリリングな任務ですねえ。承りましたわ」
そんな簡単に組織のナンバーツーを捕まえられるのだろうか?
でもブリキさんが強かったように、ヴィオラさんも強いのかもしれない。
スターレッドさんの言うには、三人で大隊を全滅できるのだから。
「若頭襲撃は十九時。工場爆破は二十一時とする。以上だ」
あっさりと作戦と任務が決まった。
ちょっとだけ不安になる。
もしも見張りの数が多かったら?
取引が行なわれていて既にスクリームが無かったら?
いろんな不安要素が頭をよぎる――
「大丈夫だって、心配するな」
ぽんと肩を叩くライさん。
「皇子を信じろ。あの人はできないことを要求しない」
「…………」
皇子の前に置かれた爆弾。
同時に僕の胸も破裂するくらい緊張でどきどきしていた。
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