赤箒の忠告
私はお姉さんの家を出てから、帰りの電車が通っている駅までのんびりと歩く。
「……眠い。お腹いっぱいだからかな」
誰もいない寂しい通り道の中、一人でぽつりと呟いてしまう。
飛んで帰る方が圧倒的に楽なのだが、つい昔の癖で徒歩を選んでしまうことが多いのだ。
『いいかい? お前がいかに強くても、魔法に頼りすぎたらいつか手痛いしっぺ返しを喰らうんだからね?』
緊急時以外は魔法を使うなと、先輩はいつも口を酸っぱくして言っていた。
魔法なんてどこまでいこうと人には不要なのだと。
他人にはそう言おうと、それに頼ってしまっている自らを否定するような悲しい顔で。
あのときはただただうざかったが、私をすごく気遣っていたのだと今はもうわかっている。
彼女の言葉の意味も、魔法に依存した愚か者の末路さえも。
もう無知でいられるほど弱くはなく。
この街の魔法少女として、最低限は知っておかなければいけないのだから。
「……はあっ」
ため息すら反応してくれる者はおらず、返ってくるのは虫と風の微声だけ。
……やっぱ今日は、お姉さんの家に泊まれば良かったかなぁと後悔が出始める。
「──よお。元気そうだな、
前方から声が聞こえたのは、そんな先の食事の幸せも遠くへ去った頃だった。
声の主を確認しようと聞こえた方向を見上げれば、闇夜を照らす街灯の上に人影が一つ。
声に覚えはない。脳内に該当なし、記憶に候補は湧き出てこず。
私を呼んだのではない他人だろうと答えを出し、反応したのすら後悔しながら、少女を無視して通り過ぎようと歩く速度を上げようとした。
「無視すんなって、よぉ!!」
「──ちっ」
そんな私に、不審者は苛立ちを見せながら飛び降り、躊躇うことなく殴りかかってきた少女。
えらく速くて鋭い拳。僅かな動作で回避しながら、対象を素人ではないと検討づける。
「……なに、っていうか誰?」
「嗚呼ぁ!? くそが! ならこれで思い出すかぁ!?」
一歩引いて距離を取り、姿を見ながら問うてみれば、返答は激怒の混じった苛立ちのみ。
中学生くらいの小さな背丈をした、黄色のカーディガンを纏った少女。
生憎こんな子は知り合いにいないし、こんな時間に歩いていていい歳とは思えない。
だが、それはあくまで常人の目視の範囲内。私には、
彼女の手に凝縮されていく赤い光が、高密度の魔力炎であることが。彼女が私と同じ──血生臭い
……それにしても深紅の魔力、あの練度の炎を操る魔法少女。──あ、正体分かった。
「レッド──」
「思い出した。もしかして、
技の発生より速く距離を詰め、少女の拳を掴みながら短く確認してみる。
少女は私の声を聞き、聞こえるように舌を打ちながら魔力を散らし、一方的に向けてきていた戦意を解いて正解だと示してくる。
……良かった、どうやら合っていたらしい。
まだやるつもりならこのまま腕を潰して戦闘開始になっていたところ。今日はそんな気分じゃなかったから一安心だ。
「てめえ、いちいち戦闘しねえとわかんねえくらいおつむが弱えのか?」
「ごめんごめん。っていうか、変身しているところしか見たことないんだし、髪の色も違うんだから仕方ないじゃん」
「ふざけんな、見せたことあるっつーの! ついで言うと、このやり取りも三回くらいやってるっつーの!! ……ったく、髪の色だけで判断しやがって。燃やすぞこの白畜生が」
少女は繋がれた手を振り払い、外見に見合わぬ悪態をつきながら、刺すような目つきで私を睨んでくる。
彼女の名は“
ここ
──魂すら燃やしつくす、紅き魔力を宿した私も認める実力者。それが私の目の前にいる少女の正体だ。
不意に再開した
道端で話す気にもなれず、駅中でまだ開いていた店に入って話を再開することにした。
「改めて。久しぶりだね、レッド」
「おう。あの時以来の再開だが、お前こそ変わりねーむかつき面だぜ。白いの」
実年齢知らないが、背丈も相まって子供が背伸びして外食しているみたいだ。
「……てめえ今舐めたこと考えてんな。敬えよ、こちとら歳上だぞ」
「歳上なら自分の分くらい自分で買ったら? 学生に奢らせるとか恥知らずもほどがあると思うけど」
「じゃあジャンケンなんて持ちかけてくんな! てめえがプライド出さなきゃ金くれー払ってやったっつーの!」
風貌に合わないドスの効いた声で吠えてくる
心外だな。余計な軋轢を生まないよう、わざわざジャンケンって公正な手段を提示してやったのに。
「で、何のよう? あんな場所で格好付けて待ってるってことは、そこそこ大事な話なんでしょ?」
「ん、そういやそうだわ。こんなしょうもないことで時間潰しに来たわけじゃねーんだわ」
まるでこっちが悪いみたいな言いぐさで私をいらつかせるちび女。
本当に歳上ならお姉さんを見習って欲しいものだと言ってやりたくなるが、ここは大人な私がぐっと堪えて話を進めていくことにする。
そこまで隠蔽してないから私の元に来れることに疑問はないが、わざわざ来たってことはそれ相応の理由があるはずだ。というか、なければただの挑発行為でしかない。
「実は人を捜してんだ。……おい白いの、最近この区で暴れてる馬鹿はいねーか?」
塩と油の付いた指を軽く舐めながら、
「……いない。というか、魔法少女が活動してるとこすらあんま見ないね」
「っち、これだからぼっちは。使えねーな」
「あ?」
一瞬プッツンいきそうになるが、ここでおっ
ま、まあ最強故に孤高の魔法少女だし? 連むしか能のない雑魚共とは違うんだわ、うん。
「こいつを見ろ。うちのシマで阿呆やって逃げた屑共だ」
ポテトの側にあるペーパーで手を拭いてから、懐に手を入れ、取り出した写真をテーブルに投げてくる。
写真には各枚それぞれに一人ずつ写っている。わざわざ
「あろうことか、カタギに手ぇ出しやがったんだ。ほら、最近起きてる変死事件。あれがこいつらの仕業ってわけなんだわ」
「ふーん。……で、こいつらがなに? 結局、そっちの区の不始末じゃないの?」
「それもある。だが、捕らえた一人を尋問したらあら不思議。面白いことが聞けたんだわ」
「面白いこと?」
「おうよ。お気楽なてめえも他人事じゃねえ、だからわざわざ来てやったんだわ」
関係あると言われても、どう聞いてもこいつらの区で起きた事件の飛び火でしかない。
だわだわ煩いし、もう無駄な時間だと切り捨てたくなるが、頬杖を突きながら一応聞くことにする。
「なんでもそいつら、東旧を縄張りにするために戦力を集めてたんだと。実際うちの奴らも何人か勧誘されたって話だし、小娘の妄言ってわけじゃねえらしいんだわ」
「……ふーん」
へー。
「“一掃”からもう一年経つ。わかるか? あの厄災をてめえが狩ってからもう一年なんだよ」
「……だから?」
「そろそろてめえの威光も切れてくる。“
……そっか。まだ鮮明に思い出せるけど、言われてみればもう一年か。
あの日のことは今でも思い出せる。……あの永い夜を、忘れることなんて出来るはずがない。
私が最強に成った日、私が完成した日。──そして、私が初めてヒトを人のまま殺した日のことなど、どうすれば記憶から消せるというのか。
「もしかして心配してるの? この私を?」
「違えよ、こっちにまで飛び火してくるのが嫌なんだよ。誰がてめえなんぞ心配するかってんだわ」
つい出てしまった疑問に、彼女は肥溜めでも見るかのような冷たい視線で否定してくる。
まあそれはそう。私たちは所詮他人、どこまで行こうと重ならない関係でしかないのだから。
「ま、話は分かった。要はそいつら見かけたら引き渡せってことでしょ?」
「まあそういうこった。別に組織についてはどうでもいい。ただ、私たちのシマに手を出したけじめだけは付けさせてんだわ」
やはり私情ではないのか。戦闘時と違って、こういう所は変わらず冷静な女だ。
「わかったけど、正直確約はしかねるね」
「……ああ? ゴミ処理やってやるって言ってんだ、別にてめえに損はねえだろ?」
「理由はどうあれ、
彼女は苛立ちのまま般若の形相を見せてくるが、掴みかかってくることはなく舌を打つだけ。
別に彼女たちを庇うわけでもない。こいつに引き渡せばそれ相応の報いを受けるとしても、私には関係のない自業自得の話で終わることだ。
ただ、それは私の見ている前で余計なことをしなければだ。目の前で許容出来ない行為に走られれば、いかに私といえども対処しないわけにはいかない。
「腐っても
「……反るってわけか。やんのか? 私たちと」
「お好きなように。潰されたいなら総出で来ればいいよ」
私と彼女の間に緊張が走る。久しく感じてなかった本物の敵意が、底で寝ている戦意を揺らしてくる。
もし他者が見てしまえば開戦一歩手前だと、そう取られてもおかしくない張り詰めた空気の充満。あと一つ、どんな小さな棘でも刺さってしまえば、割れずに留まっている風船は破裂する。
だが、一片たりとも臆すことはない。
こんなの牽制以下のおままごとにびびっていては、魔法少女なんてくそはやってられない。
「……ちっ、変わらねえ。いくつになろうが、くそほど可愛げのねえ女だわ」
「それはどうも。褒め言葉ってことにしとくよ」
睨み合うこと多分数秒。先に折れたのは私ではなく、目の前の少女だった。
「まあいい。処理するってんならきっちりやれ。んで、こいつらの裏をしっかり叩けよ」
「見つけたらね。ここを支配するなら、どうせかち合う運命だし」
「……はっ。何なら手伝ってやろーか? 一人ぼっちの魔法少女さん?」
彼女は不敵な笑みを浮かべながら、最後のポテトを摘まもうと指を伸ばしていく。
不快な言動への意趣返しにと、私は彼女の手が届くよりも速く腕を伸ばし、最後の一本をかっさらってそのまま口に放り込む。
「あ、てめっ……!」
「ん、必要ない。ねえ
見せつけるように油のついた指を拭きながら、私は彼女の提案を否定する。
助けなんていらない。例え人は足りずとも、雑魚とやり合うのに余所の手を借りるまでもない。
だって私は
誰かが“
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