暢気な人
「えー、部活動は原則全員が入ってもらうことになっています。なので来週末までには、それぞれ所属した部活動の顧問へ申請書を提出して──」
「……はーあっ」
教室の一角──中央右列の最後尾で、私は机に頬杖を突きながらあくびを漏らす。
窓が近ければ、春の日差しと桜舞う空でも眺めることが出来たのだが、生憎それは叶わない。
私に許されているのは昨日の出来事に気持ちを浸すだけ。……とはいっても、今はそれで充分なのだが。
昨日。早いもので、あの契約の日から一日が経過した。
あれから今後の方針を煮詰め、すぐに解散した昨日。
たまにはぐっすりと眠りたいが、残念ながらそれは難しい。
この地区に信用出来る魔法少女の群れはない。そもそもこの地区のまともな魔法少女は、先の一掃でほとんどいなくなってしまったのだから、私が狩りに出なくてはならない。
どこかに身を潜めているのか、それとも離脱してしまったのか。
生憎興味もないし、詮索もしないが、それでも数不足って現実はなくならない。
今では
中途半端な奴なら足手纏いにしかならないのは、私が一番よく知っている。
せめて私に
「──ではまた明日。高宮君、号令」
「はい」
ここ
周りに釣られるようのそりと立ち上がり、少しだけ頭を下げ、再度席へ座り直し、机の横に吊していた鞄を掴む。
「えー、部活何にするー?」
「あたしダンス部ー。文化祭とかで踊るらしいよー」
教室から立ち去る先生。静かだった教室内に鳴り始める、活気という名の騒音。
どいつもこいつも等しく青春の真っ只中。これから始まる学生生活の要──部活動の話題にかかり切りだ。
──嗚呼、実に耳障りだ。
見ているだけで、思わず魔力が昂ぶりそうなくらい胸がざわついてくる。
羨ましいと、そんな思いがあるのは否定しない。
普通に遊んで普通に勉強して、そして普通に笑って謳歌する日々。数年前まで同じようにのほほんと過ごしていたのだし、別に他人事というわけじゃない。
だけど所詮、それは過去の話。今の私には、その当たり前を享受する余裕はどこにもない。
命のやり取りから限りなく遠い平穏な生活。例えどれだけ焦がれようと、手を血で汚した私がその輪に入っていいわけがない。
この高校に通い、制服を着ているのはあの
二人で憧れた高校という輝き。あの日誓った約束に届かなかった少女の想いに、せめて報いなければという罪悪感だけなのだから。
「
「何? ……えっと」
「
これ以上ここにいたくないので帰ろうとした私に、不機嫌そう声を掛けてきた少女。
お姉さんと同じ黒の長髪、それを一つに纏めた──所謂ポニーテールの眼鏡少女。
生憎これっぽちも惹かれないし、話すのも初めてだが、一体何の用だろうか。
「部活動についてなんだけど、貴女はどこに入るか決めました?」
「……いや? 放課後は時間ないし、幽霊になれるところを適当に探すつもり」
いちいち隠すつもりもないし、思っていることをそのまま返事にする。
全校生徒が強制加入とか、正直面倒なことこの上ない。
ただでさえ、放課後は
「じゃあお願いがあるの。よければ是非、料理部に入ってくれないかしら?」
「……料理部?」
「ええ。知り合いの先輩の勧めで入ろうとしているのだけれど、上が引退してしまうと部員が足りなくなってしまうの」
……嗚呼成程、つまり暇人でなじめていない
「……出席を強制しない、私から部費を取らない。この条件が呑めるなら構わないよ」
「出席についてはいいけど、部費については少し難しいわね。貴女だけ特別扱いするわけにはいかないもの」
まあ道理だ。特別扱いなんてのは、大概碌な結果を生まないからね。
けど、それじゃもう交渉にすらなっていない。勧誘という名の強制は、力による支配と何ら変わりないのだから。
どうすればなるべく穏便に断れるかを考え始めた時、制服の裏に閉まっていたセンサーが震え出したのを感じ取る。
……早速か。丁度良いし、とっとと話を切り上げて向かうとしよう。
「じゃあなしだ。悪いけど他当たってくれる?」
「ちょ、ちょっと待って。もうすこし話を──」
「──ないね。じゃ」
呼び止める
「
誰しもが着る制服から異物に。日常で見ることのない、非日常の
「……あっちか。三秒かな」
空を足場に大気の壁を突き抜け、彼女の元まで最速で走り抜ける。
──見えた、場所は河川敷。
何でこんな所にいるのか知らないが、足の生えた
「ひ、ひえええー! お助けー!」
「到着っと。はいどーん」
お姉さんと
魔力を乗せた拳圧。触るまでもないと放った雑な一撃に
「大丈夫? ちょっと時間掛かったね?」
「はあ、はあ、はあーっ、だ、大丈夫……。少し、走った、だけだから……」
体力が尽きたのか、外であることなどお構いなしに倒れ込むお姉さん。
変身を解き、大きく息を乱したお姉さんに鞄から取り出した水を渡すと、お姉さんは体を起こして水を飲み始める。
昨日とは違い、
「ふうーっ、生き返ったー。やっぱり、全力疾走は、体に毒だよぉ……」
「……じゃあ早く呼べば良かったのに。昨日も言ったけど、もうすこし遅かったらやばかったんだよ?」
「いやー、
「……はあっ」
何を気にしているのか、後数秒遅ければ命はなかったというのにさ。
結局呼ばなきゃいけないのに、変なこと気にして自らを危機に晒した阿呆なお姉さんに返せるのは、呆れ百パーセントのため息だけだ。
「……もしかして、信じてなかった?」
「……あ、あははは。ま、まあ正直ちょっとだけ……」
お姉さんの側に転がるハート型のおもちゃを拾い上げながら確認すると、案の定顔を逸らされる。
まあ正直私も本当に襲われるのか疑問だったし、こんなポンコツ一つ渡しただけじゃあ、お姉さんが私を信じないのも無理はないか。
一見するだけだと、百均にでも売っていそうなチープな
だが見かけなどあくまで仮初めに過ぎない。本質は私の魔力を込めた送信機であり、これ一つでお姉さんは私にSOSを送ることが出来る便利な代物だ。
ただ、これは呼ぶという意識を持ってくれないと発動してくれない。
どれだけお姉さんに危機が迫ろうと、彼女自身に伝える気がないのであれば意味のない、正真正銘の
それではいくら私でも救うことは難しい。
最悪学校など放り出して張り付いていればいいのだが、生憎会って二日しか経っていない他人にそこまでの価値を持つことは出来ないのだ。
「ま、最初はしょうがないか。けど、これで信じてもらえたよね?」
「う、うん! ありがとっ! すごいね、叶ちゃんは!」
お姉さんはのそりと立ち上がり、私の手を掴んでお礼を言ってくる。
……凄い、か。契約したんだから、お姉さんを守るのは当たり前なのにね。
「んー、よし! じゃあこのまま買い出し行こっか! 叶ちゃんは何食べたい?」
「……お任せ」
「おっけい! じゃあ一緒にスーパー行こっか!」
息を整え終わったお姉さんは「付いてこーい」と声を出しながら、河川敷を出ようと歩き始める。
暢気なのか、それとも大物なのか。どちらにせよ、たくましい人だ。
私は彼女の後ろ姿を小さく笑いながら、お姉さんの横に並ぶよう付いていった。
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