契約

 私が名乗ってから起きたのは、ほんの一瞬の静寂。

 きょとんと首を傾げるお姉さんを見て、私はそんな彼女に少しの疑問を抱いてしまった。


 煮え切れない表情。まるで自分が当事者ではないと、そんな感じの捉え方だな。


「魔法少女……ってあれ? あの朝や深夜のアニメに出てくる魔法の少女?」

「あんなに可愛げのあるファンシーな存在じゃないけどね。……っていうか、お姉さんもそうでしょ?」

「……え、違うよ? 私魔法なんて使えないよ?」

「……え?」


 互いに視線が交差しながら、思わずしばらく固まってしまう。

 一瞬、綺麗な目だとかちょっと見惚れてしまったけどそうじゃない。今はお互いの認識についてだ。


廃棄物ダストに襲われて、それで目覚めて変身したんじゃないの?」

「……変身? あれ、ただのコスプレだよ?」

「……??」


 コス……プレ……? それってあれ? ただ衣装を着て遊んでる偽物のこと?

 嘘、それじゃあ辻褄が合わない。

 ただの一般人が廃棄物ダストに襲われる、そんなことはあり得ないはずなのだ。


「ちょっと待って。観てみるから」

「見る? コス衣装、持ってきた方が良い?」

「違うから。動かないで」


 衣装を持ってこようと席を離れようとしたお姉さんを止め、量の掌を彼女に翳して目を閉じる。

 彼女の魔宝石ジュエルを対象に捜索サーチを開始。

 いかなる極小でも見過ごすことのないよう集中を最大。体の端から端、骨の髄まで完璧に調べ上げる。


「……ない。魔宝石ジュエルなんて欠片すら見つからない。お姉さん、ほんとうにただの一般人?」

「そ、そうだよ! 魔法なんてファンタジー、生まれてこの方見たことも使ったことないよ!」


 お姉さんははっきりと否定され、私は更に戸惑ってしまう。

 彼女に嘘はない。こんな簡単な作業一つ、この私がしくじるなんてことするわけがない。

 

 ……じゃあ何、本当に偶然襲われていただけ? 

 理由は不明だけど、魔法少女以外が廃棄物ダストを視認したってわけなの?

 

 そんなこと有り得るの? 何もしてない一般人が襲われるとか聞いたことないんだけど?


「だ、大丈夫……?」

「大丈夫。今頭回して整理するから」


 あまりのくらくら具合の私を心配してくれるお姉さんに手を翳し、出来るだけ簡潔に思考を回転させていく。


 お姉さんが偽物。けど廃棄物ダストには襲われた。

 魔法少女ではなく、魔宝石ジュエルすら持たない彼女が狙われる理由は思いつかない。

  

 ……よしまとまった。

 もうこれ以上考えられることなんてないし、もうそういう体質ってことにしておこうそうしよう。襲われた理由なんて、分かったら後で話せば良いんだしね。


「……お待たせ。もう平気」

「そ、そう? 疲れたなら休憩しても……」

「いい。時間の無駄だし、とっとと済ませちゃいたい」


 そう言いながら再度温かい緑茶を飲み、ざわざわな心を平静に落ち着ける。


「詳しいことは省くけど、魔法は本当に存在するの。私が怪我を治したのも、こうやって瞬時に服装を変えられるのも、現代では証明できない非科学──私たちが魔法と呼ぶ現象によって行われているの」


 説明の最中、よりわかりやすいしようと一瞬だけ変身して見せると、お姉さんは驚きながら拍手してくる。

 ……何かむず痒い。一般人が正しく認識される機会なんてあんまりないし、ちょっと上手な手品みたいない褒められかたは初めてだ。


「すごいねー。……ねえ、もしかして私も使えたりする? 可愛くて綺麗な魔法とか!」

「無理。お姉さんには魔法少女の根源──魔宝石ジュエルがないんだもん」

「……えー、って魔宝石ジュエル?」

「そう、魔法少女にとっては脳や心臓より大事な核。──そして、廃棄物ダストに襲われる最大の理由」


 お姉さんは魔法を使えないことを心底残念がりながら、廃棄物ダストという言葉に興味を示す。

 まあ当然か。自分を襲った存在くらいは理解しておきたいもんね。


廃棄物ダストっていうのはお姉さんを襲ったものの総称。主食を魔宝石ジュエルとする、魔法少女の天敵だよ」


 出来るだけ簡潔に、余計な情報は適度に省いて説明していく。

 とはいっても、私は先輩みたいに調べていたわけじゃないし、廃棄物ダストについて知っていることは少ないんだけどね。

 

 魔法少女わたしたちを襲い、魔宝石ジュエルを捕食すること。

 魔法少女と同様、基本的に魔宝石ジュエルのない者には認識されないこと。

 捕食した魔宝石ジュエルが多いほど、構成する思いが強ければ強いほど、より形は具体的になり強さも増すこと。……お姉さんに話せるのは、おおよそこれくらいか。


 他にも世界の構成バランスを乱すとか、変質した魔法少女の成れの果てとかあるけど今は関係ない。 そんな血生臭いだけの要素、お姉さんみたいな一般人が知る意味はどこにもないのだ。


「本来、お姉さんは狙われることもなければ認識すら出来ないはずなんだ。あいつらは、よっぽどへんな作られ方をしないと人を襲わないんだからね」

「……じゃあ、なんで襲われたの? 始めてだよ? こんなこと」

「……わからない。今日が始めてなら体質とかではないはず。だからごめんなさい、分からないとしか言いようがない」


 お姉さんの疑問は当然至極、酷く真っ当なもの。それを聞いてと言っておきながら、何にも答えられない自分に恥ずかしさを覚えてしまう。

 答えられぬ自分に覚えてしまう歯痒さ。そんな思いが顔に出てしまっていたのか、お姉さんは平気だよと励ましてくる。


「大丈夫大丈夫、きっと偶然だって! それに今回は助けてもらえたし、次なんかあってもどうにか切り抜けられるよ!」

 

 気丈に振る舞うお姉さん。

 だがその手は震えを抑えきれていなく、張りぼてな嘘でしかないのは一目瞭然だ。

 

 そうだ。普通は命の危機なんてものが迫れば、これくらい恐怖するのが当たり前だ。

 お姉さんはきっと、私の逸脱した価値観では測れないくらい怖いはず。今すぐ個室に閉じこもり、迫り来る襲撃に涙を流しながら震えていたいはずなのだ。


 だが、それを私に知らせまいと振る舞っている。

 理由は分からないけど、懸命に涙を堪え、私に心配掛けまいと誤魔化そうとしているのだ。


「私これでも足は速いんだ。今日は運悪く転けちゃったけど、次は逃げおおしてみせるよ」

「……」

「それに、もしかしたら誰かがかなえちゃんみたいに助けてくれるかもしれないし! だから、だからだいじょ──」

「──無理だよお姉さん。次は絶対、こんなに上手くはいかないよ」


 ──けどだからこそ、私ははっきり否定する。

 もし次に起きれば命はないと、残酷な運命は避けられないと。事態を甘く考えているお姉さんへ、逃れようのない現実を突きつけるために。


「今回のは形すらなかった低級──一番弱いやつだったんだよ? 断言するけど、あれからですら逃げ切れない人間が他の廃棄物ダストから逃げ切れるわけがない」

「で、でも……今回みたいに声を出せば──」

「魔法少女ってのは九割がイカレた屑ばっかりなんだ。悲鳴に気付いたところで、利益なしで助けてくれる奴の方が珍しいんだよ」


 何一つ嘘を混ぜず、甘い考えを歯に衣着せずに否定していく。

 

 魔法少女は力の覚醒と喪失の関係から、十代の小娘が大半を占めている。

 不安定な思春期に力を手に入れてしまった少女が、人にはない特別な力や怪物と殺し合いなんてものを経験してしまえば、在り方から思考まで歪んでしまうのは当然のことだ。


 いずれ堕ちると確信出来る愚か者カスから、それに従うだけの能なしパシリ共。どいつもが力に溺れて全能感に浸りながら、相手の実力差も分からないまま無茶をやってくる。

 

 事実そんな奴を数えられないほど見てきたし、そんな邪魔な火の粉を何度も振り払ってきた。

 中途半端に大人になった気でいるから、いくら言っても無駄。昔に何度か見逃したことはあるが、反省も後悔もせず復讐を考えるような輩が常、私を含め人間性に期待できる奴はほとんどいない。


「もしお姉さんが魔法少女なら、神野かみのや新原会館にいはらかいかん上月こうづき轟味とどろみゲームセンターでましな奴らに保護してもらえた。けど、あいつらだって慈善団体ボランティアじゃない。戦えない、魔力もないお荷物を組織には加えないと思う」


 遠回しに誰も助けちゃくれないと言いながら、それぞれの組織を束ねる魔法少女あいつらを思い出す。

 

 あの二人片方──新原会館の箒女スイープなら、或いは少しは助けてくれるかもしれない。

 けど私が絡んでいると知れば、すぐに放り投げるに決まっている。私の縄張りであるこの東旧とうきゅう──不可侵の空白に干渉することの意味、それを良く理解しているのだから。


 ……そうだ、私がいるからお姉さんは助けてもらえない。

 次は私ですら気付かれることもなく、誰にも知られないまま命を失うかもしれないんだ。


「……そっか。私、すっごく危ない立場にいるかもなんだね」

「……うん。今回のが偶然じゃないなら、そう遠くない内に死んじゃう」


 お姉さんが現状を噛み締めるように呟くのを、私は声を掛けることは出来ない。

 例え私が励まそうとも、この人が私くらい強いわけではない。……昔、助けた魔法少女にそう言われたことがあるから。


『──けど、助けるんでしょ? 私みたいに』


 目を背けようとして、それを拒むかのように浮き出てくる過去の記憶。

 片思いでなければ、最初で最後の友達と呼べた無二の存在。──そして私が救えなかった、暖かい笑顔で私を呼んだ少女の言葉だ。

 

 ……そうだね、私が撒いた種だもの。見ない振りしちゃ駄目だよね。


「だから提案がある。ねえお姉さん、私と契約しない?」


 だから記憶に残る彼女に応えるよう、私は目の前で苦しむお姉さんに提案した。


「……契約?」

「そう。まあ、契約ってよりは取引かな」


 突然出した私の提案に、困惑の表情を見せるお姉さん。

 私は少し冷めたお茶に口を付け、彼女の顔を窺いながら説明を続けていく。


「とは言ってもすることは簡単。しばらくの間、私がお姉さんを守ってあげる。だからその間、お姉さんは今日みたいにご飯を提供する。それだけだよ」


 契約と言っても、別に特別なことをするわけでもない。

 私がお姉さんの安全を保証する代わりに、お姉さんはそのたびにご飯を作って食べさせてくれる。詰まるところそれだけだ。

 

 魔法少女同士なら魔法による契約で縛ってもいいのだが、そこまでする必要も義理もない。

 もしお姉さんが拒否するなら、それは受け入れてこの話は終わりにする。私は別に無理強いをして、食事にたかろうとしているわけではないのだから。


「どう? 受ける? 受けない?」

「……いいの? きっと凄く迷惑掛けちゃうよ?」

「愚問。持ちかけたのは私、この白夢叶しらゆめかなえに心配は必要ないんだから」


 魔力すら使えないお姉さんの心配など無用だと。

 彼女にも分かるように、はっきりと不敵な笑みを作りながら、右手を差し出し返答を待つ。

 

 視線を行き来するお姉さんの視線。私は動くことなく、彼女の答えをじっと待ち続ける。


「……うん。じゃあお願いしようかな、かなえちゃん!」

「ん、任された」


 やがて伸ばされた手は、私の右手をがっしりと掴んでくる。

 重なる視線、私の魔宝石ジュエルより綺麗な黒曜の瞳を、いつまでも見ていたくなる。

 

 ──うん、契約は為された。

 ならばこれより、私はお姉さんを守る最強の護衛となって力を尽くすとしよう。


「とりあえずは一週間くらい様子を見よう。簡単にプランを──」

「うん。そ、そういえば家に帰らなくても大丈夫なの?」

「問題ない。話を戻すけど──」


 お姉さんの心配を流しながら、今後の方針を練り上げていく。

 面倒なことが増えただけ。この辺りの魔法少女としては、余計な仕事でしかないはずの仕事。なのに不思議と後悔はなく、最近にしては珍しく気分が軽い。

 

 まるで魔法少女に成り立てだった時期みたい。

 新しいことに胸を弾ませていた、二度と戻らぬあの頃のようだった。

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