酒場件組合と異世界のメイドさん
町に着きました。どれくらいかかったって?もう日が傾いてきています。
……いや遠すぎるだろ!!初めて人を見かけたのもついさっきだったぞ!?転生した時と太陽の位置がまるっきり逆なんですけど!!
まあ良い。いや良くないけど、とりあえず町に入ってみよう。落ち着け俺。
ぐるりと町を囲んでいる城壁のようなもの。魔物避けだろうか?そこまで背は高くない。転生物でよく見る町くらいの大きさ。素晴らしい祝福のあれみたいな。
周りを少し探索すると、入口らしき場所が設置されている。
(お邪魔しまーす……)
聞こえないだろうけど、2人いる門番の間をすり抜ける。
門番の腰には、ショートソードといえるくらいの剣がぶら下がっている。湖の底のはもう使われていないものだったし、町の外で見かけた人達は馬車に乗っている人だけで、武器は見られなかった。持っている人を見るのはこれが初めて。服装的にも剣と魔法のファンタジーというのは間違いが無いようだ。
なんだか興奮してきたな。世の中で1番興奮することは異世界に転生した実感が湧いた時だな。間違いねえ。
時間的にもこの町がラストチャンスだ。早いところ能力者を見つけよう。
町の様子は中世ヨーロッパの西洋風、これもファンタジーって感じだ。木造の住宅。果物や野菜を売る市場。中央に川が流れているのを見るに、そこから町が興ったのだろう。
ますます興奮してくる
もう夕方なので、活気がとてもあるとは言えないが、人通りは多い。
(すみませーん!誰か聞こえませんかー!!)
誰かの耳に届くことを期待して、俺は発声を繰り返す。聞こえる人がいたら何かしらのリアクションはしてくれるだろう。
声帯も無いし、疲れも無い。可能ならば魂でも行けるカラオケに行きたいところ。異世界にあった所で知ってる曲無いだろうけどさ。
ふと横を見ると、掲示板のような物が設置されていた。というか日本語で【ジーニュ掲示板】と書かれている。通る人の話す言葉から何となくわかっていたけど、日本語で言葉は通じるみたいだ。小林さんに言われたとおりだ。通じなかったら俺の叫びが全くの無駄になるところだった。
ジーニュ、というのはこの町の名前だろうか?貼ってある記事は3枚『ウェロパ国、エイスト国へ宣戦布告か?』『魔王軍の勢い、留まることを知らず』『怪盗猫娘夜に舞う』か。
随分物騒だな……どうやら他の国同士で争っているところもあるらしい。魔王軍もいるというのに大丈夫か?突然乱心した国王、依然姫は行方不明。俺が助け出す展開なんてあったりしてな。無いか。
怪盗猫娘ってのは、怪盗が現れて領主からお金を奪っているらしい。なんていうかこれもファンタジーだな。
再び叫びながら移動を開始した。何人かの人とすれ違い、すり抜けられ、少し時間が経った頃、遠くに教会が見えた。あそこなら魂とか見える人がいるかもしれないけど、下手したら昇天されそうな……止めとこう……あれ?あそこだけやけに賑やかだな。
教会のもう少し先、町の奥の方に一際大きく、賑わっている建物があった。
近づいてみると【酒場&
そうだ、良い事思いついた。冒険者がよく来そうなここなら、
そう思った俺は建物の中に入る。扉を開けることが出来ないから前の人に便乗してだけど。
中に入るとまず目の前にはクエストらしきものが貼り出されている掲示板が見える。この時間でも冒険者がそれを見ている。鎧を着た剣士、軽装の戦士、弓を背負った細身の男。歴戦の戦士なのだろうか。
入って左側には酒場が広がっている。円卓が10個以上、奥にはカウンター席も見える。8割程度だろうか?席も埋まっており繁盛している事がわかる。メイド服を着た店員さんが走るようにして接客をしている。うーん、メイドもいるのかこの世界には。【転天】にも死に戻る系のあれにもいたなそういや。
「いらっしゃいませ!酒場ですか?クエスト希望ですか?酒場ですね!ではお好きな席にどうぞ!」
入口から逆側、右側の受付には、帽子を被った水色ショートヘアの、これまたメイド服を着た受付嬢が、座ってお客さんの対応をしている。年齢は俺よりちょっとしたくらいだろうか?身長は低め。他の店員さんもいるけど、ハキハキとした声と対応が小気味良く、正直めちゃくちゃ可愛くて俺の目を引く。うーん、良いな異世界、やっぱり良い。
申し訳無いけど、そんな受付嬢さんの隣に俺はふよふよと移動し、またリアクションをしてくれる人を探す。
……いやこれ見える人が来たところでただの心霊現象にならないか?知らない魂が、すみません!!って叫んでいたところで助けてくれるとは……いや!弱気になるな俺!こんな可愛い子と触れ合う為だ!残された時間はずっと叫び続けよう!
(すみませーん!!)
***
結果としてはダメでした。ずっと叫び続けていたけれど、何の反応は返ってきませんでした。結構賑わっていたこともあり、そこそこ大勢の方は来ましたけど、霊能力者は皆無。もう諦めました。
今は外に出て、川の近くで星を見ています。異世界の空は、電気も恐らく無く、火の街灯が点々とあるくらいなことからとても綺麗です。
あ、でも水道は整備されていたみたい。ちょっとだけ厨房を覗いてみたら蛇口が備わっていました。住むんだとしたら住みやすかったんだろうな……
建物の中にあった時計は機械式だった。長針や短針がある等、前世のと見た目が変わらなかったのを見る限りでは、最後に見た時間は19時半過ぎだった。もう間もなく俺の存在は消えてしまう。
ああ折角望み通り異世界転生出来たのに、誰とも話せないまま終わるなんて、死んでもついてねえな。来世はもっとまともな人生を送りたいものだぜ……
「やあ、これは珍しいな。魂がこんなところにいるとは」
(えっ!?)
完全に諦めていた時、後ろから澄み切った少女の声がした。これまでどんな人にも相手をされていなかった俺は、それが自分に対する発言ということに意識が結びつかず、反応が遅れる。
「君だよ君。今に消えそうな弱い魂君だ」
消えそうな弱い魂、俺のことか?
やっとそれで自分の事だと気付き、後ろへと視界を動かす。そこには丸い眼鏡をかけ、リュックを背負い、緑色の長い髪を三つ編みのお下げにした少女が立っていた。
夜ということと、短いローブというかポンチョを着ている為、体のラインが分かりづらく見た目からじゃ年齢が分かりづらい。前世の俺と同じ位だろうか?
(あの!あなたが言った通り、俺もう少しで消えちゃいそうで!)
同い年位の子に必死で助けを求めるって、なっさけねえな俺……なりふり構っていられないけどみじめになってくる。
うーん、と暫く顎に片手を当て、悩む素振りをしている目の前の少女。え?話は出来るけど助けはしないってこと?
「まあ、良いか。あれを使おう」
ぼそりと何かを呟く。あれってなんだ?
「さて、見知らぬ魂君。このままだと君は消え去ってしまう。でだ、私にその命を使わせてくれないか?」
(命を使う?)
「そうだ。君の命を私の為に使わせてもらいたい」
命を使わせてくれ?なんだこいつ、マッドサイエンティストキャラか?そんな要素眼鏡位しか無いじゃないか。
(具体的にどういうことだ?)
「それは後でのお楽しみとしよう。ふふん、どうする?嫌なら良いんだよ。時間は無いみたいだけど」
何も分からないのが怖いんですけど。
でも時間が無いのは確かだ。ここで断ったらもうあても無い。他の会話が出来る人が現れる事ももう無いだろう。ここは誘いに乗るしかないようだ。
(協力します。使って良いです)
……でもやっぱり超不安なんですけどぉぉぉぉ!
「ふふふ、感謝するよ、魂君。じゃあこのままだとすぐ消えちゃうから、君の事は《魂封じの瓶》に入れさせてもらう。この中なら消えはしないはずだ。意識は無くなるだろうけどね」
なんかまた新しい用語が出てきた。
ガサゴソと少女はリュックから小さい瓶を出す。
「安心したまえ。ただの
少女は瓶の蓋を開け、何かを詠唱する。すると俺は、意識が瓶の中に吸い込まれていく。
「そうだ、私の名前はステラ。もう聞こえているかは分からないけどね。よろしく、魂君」
薄れゆく意識の中、ステラと名乗った声が聞こえる。星の下で出会った星という名の少女は、いったい俺をどうするつもりなのだろうか。
ここで俺の意識はまた途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます