スライムはドラゴンのご飯
ずっと眠っていたような感覚があった。このまま眠りから目覚めないんじゃないかという長い長い眠り。夢を見ていたわけじゃないけど。もしかしたさっきまでいた前世が夢だったんじゃないかという錯覚。まだ寝ていたい。つらい現実からは目を背けていたいな……
クァーロ!!
なんだ!?
まだよく見えていない視界と、襲い来る次の日を無視して、再び眠りに落ちようとしていた俺は、聞いたことも無い鳥の鳴き声で覚醒をした。
目を開いて一番最初に見えた景色は、これまでに見たことが無いような鬱蒼とした森だった。近くには大きい湖がある。都会育ちだった俺には、こんな見渡す限りの木の海っていうのは見たことも無かった。
横を見ると、さっき鳴いたであろう赤い鳥が、大空に羽ばたいていくのが見える。耳を澄ますと、先ほどのとは違う聞いたことも無いような鳥の鳴き声も聞こえてくる。
あれはスライムか?
少し遠くにいる為よく見えないけど、薄い青色としたゲル状のわらび餅みたいな物体がぽよんぽよんと跳ねて移動している。
ああ、異世界転生って本当にあったんだな。
さっきまで暗闇の中でただただ事務的に処理を行われていた俺の目の前に、その先ほどまでのうさん臭さとは裏腹に、目の前に現れたあまりにも現実離れした風景。何かのドッキリでは無ければ、まぎれもなくさっきまでの出来事は、死に際の妄想などでは無い。本当にあった出来事なんだろう。
しばしその目の前の景色に見とれていた俺は、重要な事に気づく。
そうだよ。俺には半日しか残されていないんだよ。湖を覗き込んでみると、開く目も、澄ます耳も俺には存在をしていない。更には手も足も無い。少し地面から浮いているのを見るに、人魂のようにふよふよとしているのが俺の存在みたいだ。
(あ、あー)
どうやら声も出ない。完全に何かに干渉することは出来なそう。
問題は動けるかどうかなんだけど……
お、動けた。
ススーっと、前後左右に動くことは出来た。初めての経験なので不思議な気持ちはするが、
とりあえずこれで半日ただただスライムとかを見て過ごすとかは免れた。更に、どうやら上や下を見ようとしたら見れるみたいだ。残念ながら上下移動は出来ないようだから、上から町の位置とかは確認出来ないけど。
というか半日は12時間って言われたけど、時計も無いんだからわかるはずねえじゃねえか。幸い空には太陽に似た何かが見える。あれが前世の世界と同じ仕組みなのであれば大体の時間はわかる。恐らく今は朝の8時くらいといったところか。夜になると太陽が沈むはずだ。それまでにはどうにかしないといけない。
説明が正しければ、この世界には能力がある。きっと魂と話せるとか触れられるとか、そういうことが出来る能力もあるはずだ。その人を探し出そう。
と、その前に、やってみたことがある。時間は有限だけど、一応試してみるか。
(ステータス・オープン!)
声は出ないが、話すような感覚で、お決まりのセリフを口にしてみる。考えが正しければ、これで今の俺のステータスが見れるはずだ。
言葉に作用して、俺の目の前にステータスウィンドウのようなものが現れる。思った通りだ。何も無かった空間に現れたそれは、なおさらここが異世界だということを裏付ける。
名前はチヒロで設定されている。よほどの貴族で無いと、苗字を名乗ることは無い世界観ということか。レベル1、まあ転生したばかりなのだから当たり前だ。魂って表示されているのはおそらく種族名だろう。魂だけで転生って言われていたからそれもわかる。武器と防具も無いというのも当たり前だ。
次は能力か。成長、小林さんから聞いた通りの能力。それしかない。説明とか表示されないのか?と、脳内で選ぶようなしぐさをする。
成長:自分とパーティメンバーの成長性を上げる。
お、選べた。ウィンドウには、能力の説明文が表示される。パーティメンバー?
恐らくは何らかの方法で、他の冒険者とパーティを組めるのだろう。聞いていたより少し追加効果はあったけれど、やはり地味だし、具体的な説明は無い。俺に真相がわかるときは来るのだろうか。
能力の隣は属性。これはなんだろうか。火、ということは魔法か何かの適性ということか。
うーん、こればっかりは俺だけの知識じゃわからないな。
他の欄はシンプルにステータスだろう。生命力、攻撃力、守備力が0なのは魂だけだからわかる。他にあるのは魔力、敏捷力と知力。ここら辺はある程度能力値はある。が、やっぱりこれも基準がわからない。
さて、こんなものか。大体転生後30分くらいは経ったのだろうか。行動を開始しよう。
ふよふよと漂う俺は、とりあえずコミュニケーションをとれる人を探すことを目的として移動を始めた。移動速度は歩くのくらいだけど、遅くは無い。どこに町があるか、どのくらい行けば良いのかわからない状態だけど、何もしないよりはマシだ。
少し湖の周りを移動したところで、先ほど見かけたスライムが群れと合流している。10匹以上はいるのだろうか?ドラクエ的なあれだったらキングになりそうな数だ。
それが一斉に動きを止めて、ただぷるぷるとしている。そのわらび餅達の周りを1周してみたけど、どこを向いているかはわからない。まあでも反応が無いあたり、魔物にも俺の姿は見えないみたいだ。
中央に核のようなものが見える。これを破壊すれば倒せるのだろうか。……昔はスライムといえば弱いイメージだったが、スライムの転生ものから、最近は強いスライムというのも流行りとなっている。この世界のスライムはどちらだろう。俺も捕食されてしまったりしてな。
ちょっとあっちも試してみるか……
(ファイア!)
魔法に呪文があるかどうかは分からないけど、とりあえず火の呪文といえばこれだろう。
ボッ!という音と共に、小ぶりな炎が視界に現れ、1匹のスライムに目がけて飛んでいく。成功だ。こんな割と適当な感じでも魔法は出るらしい。
何も無いところから現れた炎に体を焦がされたスライムは、何が起きたかわからないという反応で、体をぷるんぷるんと揺らしながら辺りを見渡している。
レベル1の魔法じゃ特に痛手では無かった様子で、また飛び跳ねて少し離れた辺りに移動する。
ん?なんだあれ?なんか光ったような……見てみるか。
湖のもう少し中央寄り、何かが光ったような気がする。俺はそこまで移動をして、水底を覗いてみる。
光っていたのはショートソードのようだ。透き通っている水面は、そこまで見通すことが出来た。底は深くは無い。
剣だ、初めて見た。なんでこんなところに……
横に視線を移すと、現実がそこには沈んでいた。
(人の白骨死体!?)
ショートソードが近くにあったのを見るに、冒険者の物だろう。きっと何らかの原因で、冒険を終えてしまったと思える。当たり前だ。魔物がいるんだから、犠牲者もいる。
……これも初めて見た。吐き気はするけど。吐く器官は今は無い。俺に出来る事は、ただただ生き延びる方法を模索するだけだ。
もう行くか。少しは休めた。ここにそんな長くいても何も状況は変わらない。早いところ町を見つけ出さないと。俺は心の中で手を合わせ、先へ進む。
ドオォォォォン!!
いきなりなんだ!?湖から少し離れた俺に、とてつもない爆音がぶつかってくる。恐る恐る振り返ると、そこには赤い体色のめちゃくちゃ巨大な爬虫類がいた。まあ、平たく言うとレッドドラゴンってやつだ。モンスターをハントするやつの空の王者的なあれ。それを四つ足にした感じでございます。
……いやいやいやマジかよ。デカすぎんだろ。俺も何回もゲームでは戦ったことも討伐したこともあるけど、初めて見たわ。そりゃそうだけど。現実にいたらこんなにでけえのか。
レッドドラゴンはグルルと唸った後、先ほどのスライムの群れを一気に啜るように飲み込む。
ドラゴンってスライムなんか食うのかよ……
栄養の足しにもならなそうな食後に湖の水を飲み、翼を広げて去っていった。まあジンベイザメとかプランクトンしか食べないとかいうしそんなもんなんだろうか?
飛んだ時の風で飛ばされた落ち葉とかが俺の体をすり抜けていく。
魂だけで良かったと初めて思った。こんなレベルでエンカウントしたところで俺は秒殺だった。
ここはあのドラゴンの縄張りなのか?もしかしたらあの冒険者もドラゴンの主食に……
俺、どっちにしろこの世界で生きていけるかな……?
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