半日だけ魂で異世界転生出来たけど、このままだと消えてしまうのでポンコツゴーレムに魂を入れて生き延びます。

柑橘特価

第1章 転生ガチャに失敗しました

異世界転生ガチャを引く

 俺が18年生きていて感じたことは、人生クソだという1点だということ。


 両親は幼いころに離婚し、再婚相手の苗字のせいで千島千尋ちしまちひろとかいう、どんだけ1000入ってるんだよ。1000と1000で2000か?みたいなクソネームに変わったし、友達も出来なくてぼっちだった上に、唯一の理解相手だった女子の幼馴染は、去年の夏に先輩と駆け落ちしていなくなった。挙句の果てに親は2人とも出て行った。学費も払えなくなった今は、高校を辞めた後バイトをしながら絶賛落ちこぼれ中だ。

 どんだけこの歳で神様は試練を与えてくれているんだよ。もし神がいたらぶん殴ってやりたいところだ。いや、それだけじゃ止まらないかもしれない。


「おい!千島!作業が遅いぞ!何をやっているんだ!」


「すみません!」


 パワハラの塊みたいな先輩に怒鳴られながら俺は走る。ようやく見つけたバイトも環境がかなりブラックだ。


「はー……やっと休憩かよ、ログインログインと」


 午前中の仕事が終わり、しばし一休み。この後も仕事は詰まっているけど、少しは仕事を忘れることが出来る。俺はコンビニの前に立ってスマホの電源を点ける。やっと唯一の楽しみは、最近流行っている【転生したら美少女になってウハウハハーレム天国】略して【転天】のスマホアプリ。これは突然死んでしまった主人公の天名三春あまなみはるが神の力で美少女として異世界転生後、チート能力で夢想をする……みたいなストーリー。


 いやー!三春の見た目もめちゃくちゃ良いんだけど!チート能力とか!周りの奴らにちやほやされるとか!すべてが良いんだよ!俺もこうなりたいわ!ホント人生クソ!


「お、よっしゃUR ……」


 現実世界の俺は、最高レアを召喚した異世界に思いを馳せながら、前方をなんとなく見る。先輩の乗っているトラックは現実の象徴のように鎮座している。

もうすぐ休憩時間も終わる。そのまま世界も終われば良いのにとか笑っていた。


 ……あれー、なんかトラックこっちに来てないかー?


 ぐおおん!という音と共に迫りくるブラックトラック。いやいやあのくそ野郎バックで発進してんじゃねえか?最高レアが引けた達成感と人生に対するやるせなさで、思考に遅延が発生している俺は逃げるとかいう発想は無い。

 ガッシャァァァァァァン!!!


 トラックは爆音を立て、俺を跳ね飛ばす。


 やりやがったなクソ先輩の野郎ぉぉ!!


 宙に浮きながら声に出ない叫びを頭の中に響かせる。マジで最悪のブラック企業だ。


 終わった。俺の人生ここで終わった。本当に最悪だったな……友達も出来なかったし恋人も結局出来なかった。まあ魔法使いになる前に幕を閉じれて良かったのかも知れないけど。

 でも最後の思い出がソシャゲの最高レアってなんだよそれ。人生の最高レア引きたかったわ。思えば小学校の運動会でリレーを走らされたときに思いっきり転んだあの時から人生の歯車は狂い始めたのかもしれないな……あの時もこんな風に空中にいる時間がスローモーションに感じて……


 ……いや、それにしても長くないか?比喩では無く、目の前が真っ暗になってから数分が過ぎた気がする。過去の恥ずかしい経験がいくつも脳裏を過ぎ去った。死ぬなら死ぬで早くしてくれよ。もう思い出したくもねえ。


『千島千尋様』


 ん?


『聞こえていますか。千尋様』


 走馬灯の放送が、高校生の時の体験に差し掛かった頃、頭の中に女性の声がした。

 反応して目を開けると真っ暗な世界。だけど不思議と自分の姿は見れる。手も触れる。ジャンプも出来る。しかしどこにもあのパワハラクソ先輩の姿は見えない。もちろんぶつかってきたトラックもだ。声の主もどこにも見当たらない。頭の中に直接聞こえているという表現がそのままの状態だ。


「あのー、聞こえていますけど、なんですかこれ。どこですか?ここ」


 声も問題なく出すことが出来た。


 一応荒ぶる気持ちは押さえて質問はしたけれど、心の中は期待しかない。何かって?もうこのパターンはあれしかないだろう?


 『私は天界異世界転生事務局アジア史部局日本担当受付小林と申します。あなたは居眠り運転のトラックに轢かれて命を落としました』


「よっ……」


 危ない危ない。思わず叫びそうになった。気を取り直して心の中で、よっしゃーーー!!!異世界転生?異世界転生って言ったよなこの声!【転天】とあの死にまくるやつとポンコツ女神とスライムと、同じ事が俺にも起きた!死後運が向いてきたみたいだ!チート能力貰えるのかな?期待しちまうな。


 ……いや、それも違うな。神がいたらぶん殴ってやろうとか思っていたんだった。異世界転生とかいう語句が俺の感情に喜びを全力でぶん投げてきやがった。気を取り直して……


「やい!お前は神か!?よくも最悪な人生を送らせてくれやがって!異世界転生なんかで帳消しにはならないからな!」


『私は神ではありません。小林です』


「あっ、そうなんですか……」


 柄にも無くやいとか言ってしまった。機械的な口調で小林ですと言われると、もう何も言えない。役所にクレーム言ったみたいな感覚。

 というか日本担当だから日本名なのだろうか?率直な感想を言います。とても胡散臭いです。 


『そんな事よりも、あなたは異世界転生ガチャを引く権利を得ましたが、放棄されるという事ですか』


「ごめんなさいやらせてください」


 え?ガチャ?ガチャって言ったかこの担当者。今はこんなところにもガチャ化の波が来てんのか……


「というかなんですそれ」


『行ける異世界、期間、その他の条件を決めるものですね。今まではこちらである程度決めていたんですが、めんど……時間がかかる為一括で決まるようにしております』


「めんどくさいって言いかけましたよね今?」


 こういう事も男のロマンな気がするんだけど、簡略化か……でも引かない手は無い。さっきURが引けた俺には運の波が来ている。絶対最高レアが来るに決まっている。

 【転天】のガチャだと最高レアが2%だったけどこれはどうなんだろうか。


『わかりました。えっと……あなたの生前金融資産だと1回引くのでぎりぎりのようです。ご了承ください』


「えっ……金掛かるんですか?」


『ええ、1回100万円です。これより少ない人も確定で1回は引けるようにしてます』


 世知辛いぜ死後の世界……少ない稼ぎで貯金をほぼしていなかった俺は遅い後悔をする。まあそんな貯められた気もしないんだけどな。


『では、このレバーを下に倒してください』


 何も無かった空間にガチャのレバーが現れる。その上には『レバーを倒せ!』という文字が、虹色に光りながらふよふよと浮かんでいるのが見える。どうやらこの細長い物体がそれで間違いないようだ。なんというか、その、ダサすぎるぞ天界のセンス。

 もっとこう、ガチャってそれっぽい像とかマスコットとかにレバーがついてて口とか腹から出てくるじゃん引いたもの。これレバーしかねえ!


 ありえない状況に対して実際に突っ込みを入れるより先に、そっちに意識が向く。嘘みたいな演出だな……


 まあ、それはそれとしてチャンスは1回切り。今からどうにかして課金出来るものでは無い……


 うおおおおおおおおお!!!唸れ!俺の右腕!!最高レアを掴み取れ!!イメージ……イメージだ!!最高レアが出るイメージ!レバーを引く、最高レア確定演出、てれててーん!!よし、いける!!!


 完璧なイメージを構築した俺の右手が、レバーに触れようとした瞬間。


 がちゃり


「え?」


 勝手にレバーが下がり、レバーの下の何も無い空間から黄色い玉が出てくる。


『時間切れです』


「そんなこと言って無かったじゃん……」


 完全にイメトレを無駄にされた。


「で、黄色はどうなんです?」


『黄色はですね、6等です』


 結構下の方っぽいなぁ…俺の運はさっきのURに吸い取られていたようだ。


「ちなみに何等まであったんです?」


 もしかしたら100等まである中で6等に当選したのかもしれない。望みはまだ消えていない。俺は運はそこまで悪くないはず…運以外は。


『1等~7等+はずれですね』


「クソガチャにも程がねえか?」


 フェス期間なので当たりの確率は上がっていましたよ。と追加で言う。なんだそれ。告知はどっかでしてたのか?Twitterとかさぁ、アカウント有ったらフォローしますよ?現世の流行りに乗るんだったらもっと進歩も合わせろや。


『資料によると千尋さんが転生する世界は剣と魔法の世界のようです。今一番流行りですね。言葉も通じるようです。良かったですね』


 ふーん、なるほど。おそらく下地は中世ヨーロッパ程度の世界観だろう。なぜか水道とかも整っている都合の良いやつだ。【転天】もそうだったし、ポンコツ女神のあれの世界観だろう。言葉が通じるのはありがたい。転生しても言葉が通じず野垂れ死にましたは悲惨すぎる。


 「ちなみに具体的にはどんな世界なんです?


 『具体的に……ですか。少々お待ちください』


 同じような世界観といっても、スローライフ系なのか、戦いが起きている系なのか結構分かれる気がする。もしかしたらスローライフ系でほのぼのと生きていくことになるかも知れない。


 『お待たせ致しました。一応……魔王はいるみたいですね。人や獣人、エルフ等が魔王軍と戦いを繰り広げているとのことです』


 一応っていうのが気になるけど、魔王が存在している世界!いかにもな感じだ。種族もいっぱい存在している。良いね良いね!いかにも異世界じゃん!これで能力も手に入れて世界を救うって展開なのかな?あ、でも6等か……


 『魔法の属性というのが各々に設定されており、固有能力を使える方もちらほら』

 

 「能力!」


 その魅力的な響きに、6等の説明なんてもう意識の外に飛ばされていた。

 能力かー。【転天】の三春は物質創造とかいう能力持ってて、二丁拳銃を作ってたな。めちゃくちゃ羨ましい。俺にもそんなチート能力身に付くのかな。

 うんうんと頷きながら、妄想の世界に入っていた俺の目の前にゴトッという音と共に何かが落下してくる。


 「何これ」


 30cm四方くらいの箱の上には、手が入るくらいの穴が開いている。その周りには、チート能力確率UP!とか強くなること間違いなし!とかのギザギザしたPOPが貼ってある。いやどう見てもこれは現世の一番くじだ。いや一緒にしたらそっちに申し訳ない。

 こんなのが能力決める何かな訳無いだろ。


 『能力用のくじです』


 決める何かでした。


「異世界転生用に比べたらチャチすぎませんかね?」


 『予算の関係です』


 天界の予算ってなんだよ。お賽銭とかか?苦笑いをしながら、俺は屈み、今度はさっさと箱の中に手を入れてガサゴソと中を探る。

信じられないことに中身は紙が詰まっていた。まあこういうのはあまり悩まないで引いた方が良い。大体直感に任せた方が良いし、また時間切れになったら堪らないしな。


 これだ!となった二つ折りになった紙を開くと、そこには能力名が記載されていた。


 「……【成長】?」


 『【成長】ですか』


 「これはどんな効果なんです?」


 『成長性が上がります』


 「成長性?」


 『成長性です』


 つまりどういうことだってばよ。大した回答は返ってこなかったけど、分かったことは多分地味だという事だ。もっとこうズバーンと、めちゃくちゃカッコいいチート能力を期待してたんだけど。常識の範囲外から飛び出せることは無さそう。めちゃくちゃ長い時間生きるとか、不死なら伸びしろしかなさそうだけど。修行シーンは今時流行らないぞ。


 『不満ですか?』


 「いや、不満というか……」


 『不満が無いなら説明を続けます』


 不満があったとしても引き直しとか出来ないんだろどうせ。


 『6等の内容として、半日だけ異世界転生となります』


 「は?」


 半日だけ?今半日だけって言ったか小林さん?


 『半日です。そうそう、異世界も24時間で1日となります。半日は変わらず12時間です。わかりやすいですね』


 「いやそうじゃなくて!半日!?半日ってそれでどう過ごせっていうんだよ!!」


 『と、言われてもガチャの結果なので』


 そんな短い時間での転生なんて聞いたことも無い。修行をしろ仲間と出会えハーレムを作れ?無理に決まっているだろ。能力の【成長】も訳がわからないし、そんな時間でなんて成長する暇もあるわけが無い。


 『それと、今回の転生は魂だけになります』


 「魂だけ!?嘘だろ!?」


 『ええ、魂だけ。具体的に申し上げますと、物に触れる事は出来ませんし、話す事も出来ません。期限が来たら昇天していただきます』


 それまでは景色でも見て思い出を作るとかがおすすめです。小林さんは機械的に言う。何が出来るんだよそんな状態で。


 『何か質問とかはありますか?』


 「生き残る手段とかはありますか?」


 『それも現地によるとしか言えません』


 現地によるっていうと、どうにか出来る可能性もあるっていう事か?色んな種類の能力があるなら生き返らせるものもあるかもしれない。


 『それでは、素敵な異世界ライフを』


 「絶対に生き延びてやるからな」


 小声で呟いた俺の意思など関係無く、体が透け始める。本当に異世界転生のようだ。大した内容では無いけど、こうなると少しわくわくする気持ちが湧いてこないでも無い。

 まあ半日だし何が出来るかは分からないけど、悔いは残らないようにしてやろう。絶対に生き残ってやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る