第38話:《セプタ・グラム》


 思いつきのぶっつけ本番だったが、どうやら上手くいったらしい。

 虹色に光る俺の姿に、傍らのリュカは目を丸くしていた。


「ザック、その虹色のオーラってまさか……闘気や魔力を、同時に?」

「ああ、その通り」


 体内の霊素を力へ練り上げた際、その種類によって身に纏うオーラは色合いを変える。

《闘気》の赤、《魔力》の紫、《霊力》の青といった具合に。そして通常は異なる力を同時に操れない以上、人が発するオーラも一人につき一種類だ。

 ――その常識を破ったが故に、今の俺は七色の輝きを纏っている。


「これがローズの言っていた、俺の素質だ。闘気技、魔法、精霊術、神聖術、錬金術、星剣……俺は勇者パーティーの皆から数々の技を学び、それを操ってきた。性質も術理も異なるスキルを、力をいくつもな。そうして戦い続けた俺の体はいつしか、として成長していたんだ」


 生まれ持った才能や適性とは違う。仲間たちから多くを学び、幾度も死線を乗り越えた日々が育んだ、きっと世界でも唯一無二の資質。

 あの辛くも楽しかった冒険が、何者でもなかった俺を特別に変えていたのだ。


「でも、皆との冒険だけじゃ足りなかった。俺と一体化した魔王のスキルツリーが、あの旅路で蓄積した負の経験で成長することで、俺という器は完成した。喜びも苦しみも、幸福も不幸も、挫折も勝利も……生まれたから今この瞬間に至るまでの、全ての経験を糧に開花したんだ! 六人の仲間と魔王の力が結集した、この未知なる七つ目の力が!」


 旅の最中で笑ったこと、悩んだこと、願ったこと、苦しんだこと、愛おしんだこと。

 旅の終わりに嘆き、絶望したこと。魔王の力に惑い、溺れかけたこと。

 過ちや後悔や罪まで含めた、俺の人生全てに意味があった。意味を与えられた。

 俺という存在を形作る経験全ての結実が、この力なのだ!


「未知なる七つ目の力って、そんなの制御できるのかヨ?」

「正直、結構しんどい。練り方も抑え方もバラバラの力を、七つ同時に操るわけだからな。でも、今の俺にはリュカからもらった雷がある。これがあれば――気持ち的に凄く頑張れる! だからリュカの雷が尽きるまでは大丈夫!」

「気持ちの問題なのかヨ!?」


 いや、実際これが重要だ。自分で言うのもなんだが、俺ってば精神状態に調子が左右されやすい男なので。

 だからこそ。リュカの想いを込められた雷がこの身にある限り、俺は自分を見失わずにいられる。そう確信が持てた。


「じゃあ、その角や尻尾もカ?」

「まあこれも士気高揚というか個人的嗜好というか……お揃い、良くない?」

「……良いナ」

「なぁぁぁぁに僕を無視してイチャついていやがる!? どいつもこいつもどいつもこいつも、僕をコケにしやがってええええええええ!」


 正直存在を忘れかけていたナトリが絶叫し、死肉の巨体が一層膨れ上がる。

 鉤爪の生えた四肢、空を覆わんばかりに広がる翼、長くしなる尾と首。


 僅かに取り戻した理性と、増幅し続ける妄執の成せる業か。おぞましい死肉の山が、巨竜の姿を形成したのだ。ドラゴンがアンデッド化した《ドラゴンゾンビ》とも異なる冒涜的な恐ろしさと威容。死肉をこねくり回して作ったドラゴンモドキだ。


 恐怖は、ある。でも大丈夫だ。

 力以上に強く確かなものが、俺の魂を支えてくれているから。


「ブギャアアアアオオオオオオオオ!」

「行ってくる。再会してからずっと、情けないところばかり見せちまってたからな。――ちょっと、かっこつけてくる」

「……へっ。バーカ、いつだってザックはかっこいいヨ。まあせっかくだ、とびっきりかっこいいところ、見せてくれよナ!」


 リュカに送り出され、俺は地を蹴った。

 そして――俺の一歩が、音を置き去りに加速する!


「ブ、ギィィアアアア!?」


 前足から頭にかけて、ドラゴンモドキの右半身が突如として爆散する。

 俺は一瞬で、ドラゴンモドキの頭上にまで移動していた。

 おそらく地上のリュカの目には、駆け上がる雷がドラゴンモドキを粉砕したように映っただろう。それは間違いでもないが正確じゃない。


「ブギャアアアア、アギィ!?」

「遅い」


 頭上の俺に気づいたドラゴンモドキが、空に飛ぼうと翼を羽ばたかせる。

 しかし次の瞬間には、翼に無数の風穴が空いて根元から千切れた。

 俺は既に地上に降り立っており、そしてまた瞬時に移動。


「ブブブブガガガガ!?」

「イィィィィヤッハアアアア!」


 縦横無尽に走る雷の軌跡と共に、ドラゴンモドキの巨体が宙を跳ね回る!


「【龍雷の加護】? いや、雷による身体強化の域を超えてやがる。あの速度はもう雷電そのもの。まさか、完全に雷と一体化しているのカ……!?」


 地上で唖然とした様子のリュカの声が、すぐ間近で聞いたように耳に届く。

 そう。今の俺は、肉体が雷そのものに等しい状態だ。リュカからもらった雷とは別途の、自前で生み出した雷電と一体化している。自然現象との一体化は【精霊術】の秘奥。一歩間違えば自然に溶け込みすぎた結果、肉体と精神が消滅しかねない代物だ。


 そこで俺は【闘気技】の呼吸を併用することで、己の自我を強固に保っている。個体としての強さを追求する闘気技は、魔法とはまた違った意味で精霊術と対極の技なのだ。


 これは二つの呼吸法を切り替えて連続使用する、《霊闘爆連》とも似て非なる。

 二つの力の完全融合が、本来俺の手には届かない秘奥と同等――否、それ以上の技を実現させた! 俺はただ雷となって駆け回ったのではない。肉体を雷電化させたまま闘気技の拳と蹴りで、ドラゴンモドキの巨体を全身くまなく粉砕しているのだ!


「アギィィ! なんだよこれ。アンデッドに、死体に電撃は効果が薄いはずなのに! なんでこの程度の雷が、こんなにも効く!?」

「当然だ。この雷は、【神聖術】の聖気も帯びているからな。瘴気に侵された、その死肉の体には効果抜群さ。……しかし、呆れるほどしぶといな」


 本当にぶとい。恐ろしくしぶとい。

 足を砕けば鎌が生える。尾を千切れば触手が生える。頭を潰せば数が三つに増えた。

 破壊しても破壊しても、死肉の巨体が再生……否、増殖を繰り返して体積がまるで減らない。聖気付きの雷電でもなお破壊が追いつかないほどの増殖スピードだ。


「ブギャアアアア!」

「くっ、おおおお!?」


 おかげで「死の波動」も、莫大な物量に押し切られる!

 ドラゴンモドキの全身から溢れ出す、死肉の濁流。結晶化が間に合わずに呑み込まれかけ、慌てて飛んで空中に逃れる。今の俺なら、飛翔に魔法を唱える必要もない。

 なおリュカのことは赤結晶の防壁で保護済みだ。


「マグマザウルスのときと同じか。チマチマ外側を削ってもキリがない。それなら――丸ごと焼き尽くす!」

/我は汝と一つ/風よ唸れ! 雷よ走れ! 天よ、我が怒りを示せ!』


 空高く上昇し、俺は即興の詠唱を口ずさむ。

 辺り一帯の風が、空気が、ドラゴンモドキを中心に据えて渦巻き始めた。


「これは、【ウェザー・リポート】? 精霊術の規模と範囲で、魔法の精密な操作で、ゼロから天候を創り出してやがる……!」


 地上でリュカが解説してくれているが、生憎とそれでは一つ足りない。

 俺は精霊術と魔法に加え、魔王の力で強化した【錬成】により、大気中の成分を変性させているのだ。俺の意図する気象を引き起こしやすい状態に。

 天上でも黒雲が渦を巻き、内部で雷を増幅させながら落ちてくる。


 そして雷そのものが竜巻となって、ドラゴンモドキを呑み込んだ!


「【轟雷大竜巻】!」

「――――!」


 竜の尾で締め上げるかのごとく、渦巻く雷撃が死肉の巨体を焼く。

 雷光は昼間の太陽に勝る眩さで一帯を白く染め、雷鳴は一切の声も音もかき消した。


 やがて雷が治まり、世界に色と音が戻る。後に残ったのは、炭化した肉塊の山だ。一片残らず炭になってしまえば、もう増殖も叶うまい。そう踏んだのが……。

 驚くべきことに炭の山から、人一人分の肉塊が這い出てきた。


「ア、ギギギギ」

「マジかよ。アレを耐え切りやがった」


 最早、惚れ惚れしそうになるほどの執念。

 おそらく肉塊の中心に引きこもり、内側から死肉の壁を増殖し続けることで耐え忍んだのだろう。今ので焼き尽くせないとなると、残された手段は一つ。あの死肉に残された急所――ナトリの脳髄か、霊的な核である魂を捉えて貫くしかあるまい。


 トドメを刺すべく、俺は地上に降り立った。

 しかし、着地した足がぐらついて膝を突く。


「な、んだ? 体が、崩れっ」


 雷電化したままの肉体が、人の形を保ち切れずに崩れかかっていた。

 気合を入れれば元に戻るものの、体内でリュカの雷が大きく減少する感覚。


 マズイ。さっきの大技で想像以上に消耗してしまったのだ。しかも雷電化を解除できず、リュカの雷がどんどん目減りしていく。

 このままリュカの雷が尽きれば、力を維持できなくなる。無理に使い続ければ最悪、雷電化した肉体が大気中に四散して死ぬだろう。


「くっ。やっぱりぶっつけ本番で、そう完璧にとはいかないか……」

「――ブギッ」


 俺の不調を察し、また人型に戻ったナトリが笑みで口元を歪める。

 そして翼を生やすと、こちらに背を向けて飛び立った!


「しま、逃げる気か!?」


 巨体の方が核を狙われ難いのに、そうしなかったところを見るに向こうも消耗している。今がトドメを刺すチャンスなのに……!


「ザックー!」


 そのとき。遠ざかるナトリの背を追うように、一本の矢が放たれた。


「馬鹿が、そんなものぉ!」


 ナトリは鉤爪を生やした腕の一振りで矢を砕き、高笑いする。

 しかし、俺は見逃さなかった。矢は攻撃を目的としたものじゃない。

 矢の軌跡が消えずに、ナトリの下まで続く光のラインを描き出していたのだ。


 会心の援護射撃を放ったリュカが、高らかに叫ぶ。


「あたしが導く! 思いっきり、ぶちかませェェェェ!」

「――全く。最高のパートナーだよ、お前は!」


 そのイイ女っぷりに惚れ直しながら、俺は光のラインに向けて跳躍。

 光のラインに乗ると、体が自然と浮き上がって前進を始めた。

 風だ。風の通り道が雷電化した俺の体を保持しつつ、ナトリまで誘導してくれているのだ。これなら、最後の一撃に集中できる!


「く、来るな!? 来るな来るなクルナアアアア!」


 光のラインから逃れようと、ナトリが上下左右に飛び回った。

 しかし矢を砕いた時点で、ナトリは完全に照準固定ロックオンされている。光のラインは決して離れず途切れず、どこまでも追尾していった。


 すると、ナトリも腹を括ったらしい。飛翔を続けながらこちらに反転、向き合う体勢から右腕を突き出す。死肉の体が膨れ、半身が丸ごと巨大な砲身に変貌した。


 火炎袋や毒袋といった器官がいくつも飛び出し、ごちゃ混ぜのエネルギーが砲身内部に濃縮されていく。ゲロブレスならぬゲロバズーカの構えか。


「ふざけるなふざけるな! 僕がお前なんかに負けるはずない! お前みたいな、勇者たちに守ってもらっていただけの寄生虫野郎に! 清く正しく一生懸命頑張った僕が劣っているはずないんだ! だから死ねよ、このゴミカスがああああ!」

「……俺は寄生虫でもゴミカスでもない。最高の仲間と七人で世界を救った、勇者パーティーの【冒険者】だ! その証を、今こそ!」


 外套が、十字架が、義足が、仲間からもらった装備の数々が、七色の輝きを増す。

 そして右腕から突き出すのは、義手に内蔵した贋作星剣! しかも魔王の力が加わってか、結晶の刃が生えて豪華な感じになっていた!


 七人で駆け抜けた思い出が、力をくれる。七つの力が体を駆け巡り、剣へと集束していく。贋作の星剣が、真作にも勝る輝きを放つ。七つの光を束ねた、虹の輝きを。


「ブッシャアアアアアアアア!」


 死肉の大砲から放たれたのは、あらゆる不浄を溶かし込んだ汚濁の奔流。

 夜空を毒々しい黒で塗り潰さんばかりに、瘴気の濁流が降り注ぐ。


 そして――それを、虹描く流星が斬り裂いた!


「これが、俺のこれまで歩んだ冒険の結晶! そしてこれからの冒険を切り開く、新造星剣! 《セプタ・グラム》だああああ!」


 濁流を裂いて虹の一閃がナトリに届き、死肉の体を両断する。

 力を使い果たし、宙に投げ出されながら、ふと夜空を見上げた。


 随分と久しぶりに感じるけど……うん。

 冒険をやり遂げた後に見る星空は、やっぱり格別に綺麗だ。

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