遅咲き冒険者の七星光芒(セプタ・グラム)~俺が脱落した後、勇者パーティーは何事もなく魔王を討伐しました。今更もう遅い覚醒から始まる、最強最悪最高の大冒険~
第37話:こいつは、アレだ――なかなかに冒険だな?
第37話:こいつは、アレだ――なかなかに冒険だな?
好き? リュカが、俺のことを? 好きだって、愛してるって、夢中だって!
…………いや。それがどうした。だからなんだというんだ。
今更、そんな告白一つでなにが変わるというのか。
なにも変わらない。変えられない。俺の怒りも、憎しみも、絶望も!
『――でもさ。リュカが俺のモノだってことは、あのエッチな体を好き放題にしていいってことだぜ?』
ドンガラガッシャーン!
意味不明な横槍に思わずひっくり返る。起き上がると、さらに意味不明な状況だった。
気づけばそこは天地も定かでない真っ暗な空間で、いるのは俺ともう一人。
どこかで見たような義手と義足と外套を身につけた、生意気な面構えの青年だ。
(は? え? どちら様? というか、ここどこ?)
『ここはまあ、お前の内なる精神世界的なヤツ。ここでいくら問答しても、外じゃ一秒経ってないからそこは気にするな。そして、俺はお前だ。お前が闇だとすれば俺は光。お前が裏なら俺は表。お前を映し出す鏡そのもの』
ああ、なるほど。そういうことか。
今の俺が心の闇に囚われた邪悪だとすれば、さしずめこいつは。
『そう――お前の本能、我欲、性欲、要はリュカに対するスケベ心だ!』
(はいぃぃぃぃ!? え、そこ普通は愛とか心の光とか、良心とか善の半身とか、そういうもっとカッコイイ感じのモノでは!?)
『はあ? お前にそんな高尚なモンあるわけないだろ。夢見すぎ』
エエエエ。なにそれ悲しい。ちょっと心底認めたくない。
と。両手で顔を覆って気づいたが、今の俺は再び半身に黒殻を纏った異形の姿だ。
そうとも。なにも嘆く必要はない。俺に迷いなどないも同然というだけのこと。
(馬鹿が。下心なんかで俺の怒りと憎しみを止められるとでもグッハアアアア!?)
なんか俺、向こうの拳一発で錐揉み回転しながら宙を舞ったんだが!?
(え、なんで? 俺の下心強すぎ? 性欲モンスターなの?)
『違う違う。別に俺が強いわけじゃない。お前の怒りや憎しみが大したことないだけ。全然人並み、人並み。魔王の力なんかに酔ってすっかりその気になってたみたいだけど、お前の心の闇なんて所詮そんなモンだぞ』
(ええええぇぇぇぇ)
なにそれ、あまりに身も蓋もなくない?
割と深刻に落ち込む俺に、もう一人の俺は腹立たしいほど屈託なく笑う。
『だからさ。自棄になって色々諦めるには早いんじゃないの? 確かに何度か、道を踏み外しそうにもなったけどよ。まあ、幸い大事には至ってないし。今からでも全然やり直せるって。なにより、リュカが今も俺を信じて待っている。へこたれてる暇はないぜ』
(……お前が俺なら、わかるだろ? 自信が、ないんだ。今じゃなくても、いつか嫌われるのが怖い。失望されるのが怖い。だって、俺の冒険は結局なんの意味も!)
『なに言ってるんだ。意味も価値も十分にあったじゃないか。だってさ――好きな人が、自分のことをあんなにも好きになってくれたんだぜ? それってどんなスキルも神秘も敵わない、冒険の報酬にしては最高すぎる奇蹟だと思わないか? それを勝ち取った自分が信じられなくて、これ以上他のなにを信じるっていうんだ』
(…………っ)
俺は、あまりに呆れ返って脱力してしまった。
もう一人の自分が言ったことの馬鹿馬鹿しさにではない。
それですんなり納得してしまった自分に。過酷な戦いで手足を失い、行く先々で不遇な扱いを受け、世間からは存在自体が否定されて。その全てが、「リュカをモノにできるならいっかー」と途端にどうでもよくなる自分の単純さに。
ああ、でも、そうか。
あの旅路で味わった痛みと苦しみと絶望の全てが。彼女の愛を勝ち取る成果に繋がっていたのなら。なるほど、十分すぎるほど俺は報われていた。そう心から納得できる。
俺の冒険は、歩んできた道のりは、何一つ無駄なんかじゃない……。
「生きる場所も在り方もバラバラのモンが合わさると、一つ一つじゃできない新しい味わいが生まれる――なんだか、あたしたち勇者パーティーみたいだと思わねえカ?」
「私も魔王様も、ザックのことは高く評価しているわ。過去の如何なる勇者も英雄も持ち得なかった、貴方が自らの手で育んだ唯一無二の素質をね」
「今、俺はどちらの力を使った?」
「異なるスキルツリーの融合、人と魔族の力の融合が、今までにない全く新しい力を産み落としたのか?」
(――あっ)
それはまさに、雷に打たれたような天啓。故郷を飛び出したときから今この瞬間まで。全ての記憶が、経験が、一つ一つピースとなってピッタリ合わさる感覚。心に満ちる澱みも濁りも輝きも全て、俺の魂に根差す大樹に吸い上げられていく。
そして今、広がる枝葉に満開の花が咲き乱れた!
「……やっぱり、あたしじゃ駄目かナ? あたしじゃあザックのお宝に、ザックが冒険したことの意味には、なれねえかナ?」
長い沈黙に耐えられなくなり、リュカの口から弱音が零れる。
ザックは急に黙り込んでしまって、彼女になにも応えてくれない。
呆れて物も言えないのか。言葉が出ないほど怒らせてしまったのか。
やはり傲慢だったのだろうか。彼があの冒険で味わった苦痛や絶望、捧げた献身。それらに対してこの身一つで釣り合おうなど、思い上がりも甚だしかったのではないか。というか重いし面倒くさいし空気読めてないし自意識過剰なのでは?
情けなくて、悔しくて、恥ずかしくて、リュカは泣き出しそうになった。
「ブフーッ。ブブーッ。ブザ、フザ、ふざけるなよ。貴様は、僕のモノなんだぞ。なに他の野郎に、しかもそんなクズにしなだれかかってやがる」
動かないザックの背後で、起き上がった死肉の塊が男の声で呻く。
ナトリだ。かろうじて頭だけは元の形を取り繕っているが、死肉の小山に生首が乗っている状態で、余計におぞましい姿となっている。
生理的な嫌悪感から、リュカは思わず「ひっ」と悲鳴を漏らす。
「この、アバズレがぁぁぁぁ!」
死肉の首を伸ばして、ナトリがリュカに迫ってくる。
噛みつきか、まさか唇でも狙おうとしたのか。
いずれにせよ、それは阻まれた。
「――いいや。この人は、俺のモノだ。俺の愛する人、俺を愛してくれた人だ」
「ぶげ!?」
ザックの半身を覆っていた結晶が砕け、障壁を築いてナトリを弾いたのだ。
「ザック! ……んぅ!?」
スルリと腰に腕を回され、引き寄せられる。
そのまま自然に、そうするのが当たり前のように、リュカはザックに唇を奪われた。
しかも唇を重ねるだけに留まらず、熱くぬめった舌が侵入してくる。
「ん……くちゅ。ぷぁ。んぅぅ……」
甘美な熱に思考が溶かされるまま、リュカもそれに応えて舌を伸ばした。
互いの舌が絡み合い、舐り合い、状況も忘れて熱烈に互いを貪り合う。
「な、なにしてやギャッブァァァァ!」
ナトリの絶叫が、雷鳴にかき消された。
リュカの体から大量の雷が迸り、それがザックの体に吸収されていく。
やがて唇が唾液の糸を引いて離れ、リュカはへなへなと座り込む。単に腰砕けになったという話ではない。雷と共に、霊力の大半をザックに奪われたためだ。
「ザッ、ク?」
「ごちそうさま、じゃなくて。なんというか、うん。……ありがとう。お前が、俺を好きだと言ってくれた。好きな人が、自分を好きになってもらえた。そんなとびっきりの奇蹟を叶えたんだ。俺は、大した冒険をやり遂げたんだって、今なら胸を張れるよ」
憑き物でも落ちたように穏やかで、聞く者の芯まで響く力強さを秘めた声。
懐かしくさえ感じるその口調に、リュカの体が期待と歓喜で震えた。
「だから見ていてくれ。俺が皆と一緒に繰り広げた冒険の日々。その証左を、今こそ示す――スォォォォ」
独特の呼吸音。しかし体内で渦巻くのは霊力ではない。霊力だけではない。
激しくも優しく、冷たくも暖かく、禍々しくも神々しい。
リュカの雷も含め、ザックの体を駆け巡るのは六つの力だ。
「なぁぁにが冒険の日々だ! お前なんか勇者パーティーのオマケにもならないゴミクズなんだよ! ゴミはゴミらしく、とっとと死ねええええ!」
再び山のように膨張した死肉の巨体が、外骨格で武装した拳を振り下ろす。
最早、リュカを巻き添えにするのも構わない一撃。しかし、巨拳は二人に届くことなく爆発四散した。
爆発に伴う瘴気混じりの煙を、七色の光が斬り裂く。
「なんだ、その姿は!? その、輝きはああああ!?」
ザックの姿は、魔王の力に呑まれかけた先程とも異なる様相に変じていた。
額から生えた双角。腰から伸びる茨の尾。四肢を覆う薔薇の花びらめいた鱗。
赤結晶の異形が、奇しくもリュカと同じ龍人がごとき姿を象っていた。
しかしなにより目を引くのは、その身が発する七色のオーラだ。それぞれ在り様のまるで異なるエネルギーが、各々の軌跡を描きつつも一つの束となっている。
それはまさしく、神樹の枝葉が天に架ける虹の輝き。
「敵はやたら巨大な死体のバケモノ。俺は俺で、なんだか妙な覚醒しちまって。こいつは、アレだ――なかなかに冒険だな?」
未だ混沌とした状況下でなお、【冒険者】ザックは不敵に晴れやかに笑う。
久しく見れなかった、なにより見たかったその笑顔に、リュカの頬を涙が伝った。
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