第34話:全く――同族嫌悪で反吐が出そうだ


「もうイヤー! 絶対服に死体臭いのが移りましたし、もう帰りたいんですけど!」

「そんだけ元気いっぱいならキリキリ働け! それでも偉い聖職者様かヨ!」


 互いに喚き合いつつ、俺たちは命からがら甲板まで逃げ延びた。

 いや、本当に危なかった。危うくアンデッドの波に飲み込まれるところだった。リュカが精霊術でバリケードを築きつつ、神官たちが浄化で迎撃してくれなければ逃げ切れなかった。何気にアークプリーストの女も大健闘だった。


 しかし、腐臭が酷かったのも事実。未だ幽霊船の上とはいえ、外の空気が美味い。

 残念ながら、ゆっくり深呼吸している暇はなさそうだが。


「ギャハハハハ! 逃がすか、カスどもがああああ!」


 船内への出入り口から、死肉の鎧を纏ったナトリが狭苦しそうに這い出てきた。

 続いてアンデッドの群れも次々現れ、逃げ道を塞ぐように甲板の外縁に回り込む。

 しかも地上に続く昇降機からも、《フランケンシュタイン》にされた市民が侵入してきていた。


「ちょっとー! なんか暴徒みたいに凶器振り回した市民が、どんどん上がって来てるんですけど!? まさか都市の市民全員が、フラなんとかになっているんじゃ!?」

「流石にそれはない。そんな真似をすれば都市から一切の生気が消えて、たとえ感知系スキルがなくても部外者に違和感を気づかれる。ある程度自立して動くとはいえ、この都市の人口ほどの数を管理するのは骨だろうしな」


 市民を扇動するのに、なにも全員をフランケンシュタインにする必要はない。

 三人から同じ内容の噂を聞けば、それを真実と信じ込むのが人の心理だ。フランケンシュタインを利用して都合の良い噂をばら撒けば、市民全体の印象を操作するのも容易い。そこまで行けば言動に多少の粗があっても、市民が勝手に脳内補正してくれる。

 それで都市を上手いこと支配できたかといえば、決して「ない」と断言できるが。


「なぜだ、ナトリ! なぜ守るべき民に、このような非道を!? その身に植え付けられた魔族の力が、お前をこうも変えてしまったのか!?」


 ナグルファル辺境伯が悲痛な声で叫ぶ。

 その問いかけに対する、ナトリの返答はこうだった。


「ハァァァァ? そんなの……全部お前らゴミどもが悪いに決まっているだろうが!」


 地団駄を踏み、盛大に唾を飛ばしながらナトリは喚き散らす。


「僕を馬鹿にするクズ! 僕に反抗的な態度のクズ! 僕を正しく評価しないクズ! 僕の価値が理解できないクズ! どいつもこいつもクズばっかだ! そんなゴミクズどもを殺してなにが悪い! 従順な駒に再利用してやったことをむしろ感謝しろよ!」


 駄々をこねる幼児めいた物言いに、意味がわからないと一同は呆れ顔で閉口する。

 ――おそらく、俺一人だけがわかった。わかると感じてしまった。


「そうだ。僕は悪くない。僕は努力したんだ。勉強も鍛練も僕なりに精一杯やったんだ。なのになんで報われない。なんで思い通りに結果が出ない。才能がない? 努力が足りない? 違う違う僕は悪くない僕のせいじゃない。悪いのは環境だ。悪いのは家族だ。周りが愚鈍で無能で馬鹿なせいで、僕は真価を発揮できずにいるだけだ!」


 自分は頑張ったはずだ。頑張っているはずだ。なのにどうして報われない。

 無能だと、怠慢だと、努力を否定されるのは受け入れ難くて。

 自分以外の誰か、なにかのせいにしてしまうのが一番楽だ。


「もっと優秀な家系に生まれていれば。もっと有能な家庭教師が教えていれば。もっと強力なスキルが手に入っていれば。もっと周りに恵まれてさえいれば、僕は立派で偉大な存在になれるはずなんだ! 父上のように! 英雄のように! 勇者のように!」


 そんな意味のない「もしも」の話を、夢想を、妄言を、幾度繰り返してきただろう。

 結局のところそれは、虚しい現実逃避に過ぎないのに。


「そして僕は手に入れた。僕に相応しい強力なスキルを! 生命を冒涜する邪法? それがどうした! 僕は他の無能どもとは違う! 賢い僕ならこの邪悪な力だって上手く使える! 価値のないクズどもを有効活用してやった! 教養のない愚民どもを正しく導いてやった! 皆々、僕に黙って従っていれば、なにもかも上手くいったのに!」


 見ろ。夢想と妄言の叶った結果が、この有様だ。

 英雄のようにと嘯きながら、やっていることは罪なき命を弄ぶ外道の所業。

 力に溺れ、妄想に溺れ、醜悪に変わり果てた己の姿さえ見えていない。


「それなのに、全部お前が台無しにしやがった! クズのくせに! ゴミのくせに! 僕より霊格が低い無能のくせに! 英雄たちに囲われて、ペットみたいにチヤホヤされて、なんの苦労もせずにイイ思いして! 不公平だ! 不平等だ! なんでこんなにも頑張っている僕じゃなくて、お前みたいな寄生虫野郎ばっかりが!」


 その言いがかりさえ、俺には咎められない。

 立場が逆なら、俺もそっくりそのまま同じ言葉を吐いた確信があるから。


「ふっざけんな! そんなくだらない理由でよくも、よくもアニキをおおおお!」


 そう叫んで無謀にも突っ込んで行ったのは、ガストーの弟分のバンダナ頭!?

 あいつ、ここまで俺たちを追ってきていたのか。おそらく、俺がガストーを殺したと疑い続けていたんだろう。


 バンダナ頭は本当の黒幕だったナトリに斬りかかるが、腕の一振りであっけなくふっ飛ばされてしまった。床を転がるバンダナ頭に、ナトリは嘲笑を浮かべる。


「あのカスにひっついてたハエか。僕が駒として有効活用してやったのに、結局なんの役にも立たなかった。所詮、そこのゴミにも負けるようなカスじゃ駒にすらならない。そのカスに媚びへつらっていた虫けらごときが、しゃしゃり出てくるなよ!」

「カスなんかじゃ、ない。誰がなんと言おうが、俺にとっては強くて頼りになる最高のアニキだったんだ。それをよくも、よくも……!」

「よせ! お前に敵う相手じゃない!」


 自棄になりかけているバンダナ頭を引き留め、俺は言って聞かせる。


「いいか! 俺にとっても、ガストーはただのクソ野郎でしかない! 他の取り巻きどもはとっくにガストーのことなんて忘れてる! お前がここで死んだら、誰がお前の言う『最高のアニキ』を覚えているんだ! 今は生き延びることだけ考えろ!」

「――くっそお!」


 悔し涙を流しながら、バンダナ頭は他の冒険者に引きずられて下がった。

 全く。なんで俺がガストーの弟分なんかを。

 しかし他の魔物相手ならまだしも、こいつに殺されたのでは目覚めが悪いのだ。


「ほら、来いよ。いつまでも女の陰に隠れてないでかかって来い。身の程を思い知らせてやる。お前なんか、英雄たちに守ってもらわなきゃなにもできない雑魚なんだよ! 悔しかったら一度くらい自分一人で戦って見せやがれ、卑怯者め!」

「て、めぇ。言わせとけばヨォ……!」


 我が事のように怒るリュカを手で制し、俺が前に進み出る。


「リュカは他の皆と、アンデッドどもに対処してくれ。とてもじゃないが、あんな汚いモノに近寄らせたくない。全く――同族嫌悪で反吐が出そうだ」

「ザック? なにを言って」


 自分がひた隠しにしてきた、汚い心の奥底を鏡で晒された気分だ。

 これ以上こいつを、自分の視界にも彼女の視界にも入れたくない。


「他人の振り見てなんとやら、だな。こうして客観的に見ると、こんなにも醜悪で見苦しいモノなんだと思い知らされる。クロード、あんたには悪いが、こいつを殺すぞ。世のため人のため、こいつはもう生きてちゃいけないヤツになった。……俺と同じでな」

「生きている価値がないのは貴様だろ、このゴミクズがああああ!」


 既に周囲では、冒険者と神官たちがアンデッドの群れと交戦を始めている。

 そちらの援護をリュカに任せ、俺はナトリに向かって突撃した。

 まずはポーチから取り出した小瓶を数本投擲。中身を浴びた死肉の鎧が煙を上げる。


「《聖水》か! 馬鹿め、そんな安物が効くか! 潰れて肉塊になれええええ!」


 聖気を溶かした水で瘴気こそ薄らいだが、死肉は薄皮一枚ほどにしか崩れていない。

 それで十分。俺は聖気が付与された大鉈を構える。


 対してナトリは、死肉の拳を勢いよく振りかぶった。怪力自慢の魔物の筋肉を幾重にも凝縮して束ねた上に、鋼鉄のように硬い骨を接合した装甲が覆う。かつて戦ったときは鎧でなく巨人だったが、七人でも大分手こずらされた。

 しかし、それは過去の話。既に一度乗り越えた戦いに過ぎない。


 俺の大鉈と死肉の拳が交差し――骨の装甲も束ねた筋肉も、全てバラバラになった。


「な、なんだ!? 今、なにをしやがった!?」

「【解体】スキルだよ。冒険者なら誰でも持っている、魔物の死体をバラしやすくするだけのありふれたスキルさ。死体の優れた部位を繋いで作った、その鎧は確かに強力だろうさ。だがそれだけに『継ぎ目』が多くて、解体しやすい。これは、前回の《エルダーリッチ》との戦いで明らかになった弱点……言っただろ? ネタの割れた手品だと!」

「ひぃ! 来るな、来るな来るなああああ!」


 伸縮する死肉の触手がいくつも飛び出し、アンデッドも投入される。

 しかし、やはり戦術も判断も浅はかだ。増やした手数の操作とアンデッドの指揮。双方を同時に高精度に処理する頭脳が、ナトリにはない。下手に処理すべき事項を増やした結果、どちらも中途半端になってしまう。

 拙い操作の触手を苦もなく解体し、拙い指揮のアンデッドを軽く蹴散らす。


「来るなって言ってるだろおおおお!」


 至近距離まで迫ったところへ、迎撃は最初の数倍に巨大化させた死肉の拳。

 ……これも酷い悪手だ。拳を巨大化させるのに死肉を回した分、ナトリ本体の守りが手薄になっていた。


 俺は《霊闘爆連》による急加速で、巨大な拳を掻い潜る。懐に潜り込まれ、ナトリは慌てて死肉の守りを固めようとする。

 これも判断が遅い。俺は魔法銃を発砲。弾丸は死肉を穿つが、ナトリ本体まで届かない。寄せ集められた死肉に弾丸が呑み込まれた。


「ハハ――ハブァ!?」


 惜しかったなと言わんばかりにナトリがほくそ笑んだ直後、内部からの爆発で死肉が吹き飛ぶ。俺が撃ったのは爆発魔法【ボム】を込めた弾丸だったのだ。


 死肉が弾け、露わになるナトリ本体。俺はすかさず《どこでも渡れちゃう君》のワイヤーを射出。死肉の鎧からナトリを引きずり出し、一撃。


「【撃鎚】……!」

「ハブゲェェ!?」


 体術と技術、二重の衝撃波が突き抜ける鉄槌で、ナトリを床に殴り倒した。

 ああ、全く。実にせいせいする一発だとも。

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