第33話:お前のせいだぞ? 全部お前が悪いんだ


「ち、父上? なぜここに――ああ、聞いてください! この男こそが、一連の事件の黒幕! 兄を傀儡として操り、父上の厚意も裏切った卑劣漢です! その証拠にほら、いつの間にか城から盗み出された《死霊の宝珠》が! この魔道具の力で【死霊術】を使い、兄や市民をアンデッドに変え、裏で操っていたんです!」


 ナトリが声高に叫んで俺の方を指差す。

 しかし、ナグルファル辺境伯は静かに頭を振った。


「話は聞こえていた。しかしな、ナトリよ。お前は多くの考え違いをしている。まず、仮に《死霊の宝珠》を持っていたとしても、彼に【死霊術】を使うことは不可能だ」

「は、はい?」


 そう。ナトリの推理は、始まりの時点で破綻している。


「《死霊の宝珠》は、【死霊術】の効果範囲を拡大する魔道具。あくまで【死霊術】の使い手を補助する道具であり、それ自体に【死霊術】を発揮する機能はないのだ。故に、ザックがこれを盗み出す意味もない」

「で、ですが現に今、こいつは兄や市民を! この男が父上を欺いただけで、本当はそういう機能が隠されていたのかもっ」


 バリィィン! と割れ物が砕ける音が響く。

 俺が冒険者の手から《死霊の宝珠》をひったくって、床に叩きつけて割ったのだ。

 四散した破片は珠の中身が空洞だったと物語り、瘴気の残滓一つ感じられない。


「《エルダーリッチ》の切り札だった魔道具が、床に叩きつけた程度で割れるか? こいつは、お前が本物とすり替えるのに使った偽の宝珠。ただの色塗ったガラス玉だよ」

「そして本物はこちらにある。城に戻ってすぐ、つまりこの幽霊船へ来るよりずっと前にザックから返却されたのだ。『なぜか道具袋の奥底に紛れ込んでいた』とな」

「あたしが一度城に立ち寄ったとき、道具袋含めザックの所持品をあたしに直接手渡したのは、確かてめーだったよナ?」


 ナグルファル辺境伯の手には、禍々しい瘴気を発する本物の《死霊の宝珠》。

 冒険者の一部と神官たちから疑いの目が向けられ、ナトリは喘ぐように口をパクパク開閉させる。


「早い話、お前は俺を貶めた上で冤罪を被せるため、偽の証拠として《死霊の宝珠》を道具袋の奥に忍ばせといたわけだ。無能で愚図な冒険者風情なら道具袋の整理もせず、中身の把握なんかしていないだろうとでも思ったか? 随分と舐められたモンだ」


 先の言動からして、一番の目的はリュカだったのだろう。

 改造強化したマグマザウルスをぶつけることで俺に醜態を晒させ、それを自作自演の失敗だと冤罪も被せる。そうすることで俺に対し愛想を尽かさせ、自分がパートナーに取って変わろうとした。

 傷心のところにつけ入ればそれ以上の関係も……とまで考えていたのかもしれない。


 冒険者にとって道具袋の整理整頓は基本。それさえ怠るような馬鹿だと思われたのは、流石に俺も心外だ。


 疑惑の眼差しが圧を強める中、ナトリの側に回る者たちがいた。

 冒険者の実に過半数が、ナトリを守護するように周りに集まったのだ。


「騙されないでください! これも全て、この下衆野郎の陰謀です!」

「ナトリ様が悪人のはずがないじゃない! ちょっと考えればわかることでしょ!」

「ナトリ様は、ずっと人知れず皆のために働いてきたんだぜ! それを疑うなんて!」

「ナトリお兄様を悪く言うなんてサイテー! 皆して馬鹿なんじゃないの!?」

「ほら、見てください! 僕はこんなにも人々から支持されている! 大勢の味方が、仲間がいる! これほど優秀で有能で皆に信頼され愛されている僕の言葉より、その愚図で無能なクズの妄言を信じるというのですか!?」


 ナグルファル辺境伯の眉間に深いシワが刻まれる。その物言いだけで信用を失っていることに、にやけた顔のナトリは気づいていない様子。

 不毛な議論を避けるべく、俺は早々に次の手札を切った。


「決定的な証拠が欲しいなら、今この場で見せてやるよ」

『神秘拝聴/我は汝を祈る/死してなお苦しむ魂に、安らぎをお与えください』


 俺に続いて、神官たちが一斉に【鎮魂の光】を唱える。今の会話の間に、クロードが前もって神官たちに指示してくれたのだ。


「「「ア――」」」


 聖気の緑光を浴びた結果、ナトリを擁護した冒険者たちは一人残らず倒れる。

 全員、死んでいる。否、元々死んでいたのだ。


「これが真実だ。お前を支持する者、お前に味方する者、お前が仲間と呼ぶ者、その全員が《フランケンシュタイン》だ。罪のない民を理不尽に殺し、その死体を不条理に弄んでお前が作った、自分をチヤホヤさせるためだけのお人形だ」


 屍から立ち昇る瘴気に、【アークプリースト】の女が仰天した声を上げる。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! 彼らがアンデッドだったとは、どういうことですか!? 【アークプリースト】の私も全く気づかなかったなんて!」

「フランケンシュタインは手術による防腐に加え、瘴気を体内で厳重に封じてある。だから外見が生者と変わらない上、瘴気を感知できる神官にも判別は不可能だ。まさか攻撃力のある【浄化】を市民一人一人にぶつけて、屍人かどうか確かめるわけにもいかない。だから絶対にバレないと踏んだんだろうが、とっくにネタの割れた手品なんだよ」


 通常のアンデッドには効果の薄い【鎮魂の光】も、【死霊術】で無理やりアンデッドにされた市民なら別だ。市民なら【鎮魂の光】を弾くほど肉体も頑強じゃないし。


 フランケンシュタインによる事件は一度解決し、解決したのは俺たちなのだ。

 対処する方法、そして判別する方法も知っていて当然。


「【精霊術】の使い手は、生き物の生気を感知できる。かつての事件もこのスキルで、『生者になりすました屍人』の存在に行き着いたんだ。後世でこの判別方法にも対策を講じられるのを防ぐため、厳重に秘匿された情報だがな。だからお前も知らなかった」

「そういうわけで最初も最初――フランケンシュタインの近衛兵をお供に現れた時点で、てめーが犯人なのはわかってたのサ。気づかないフリして同行したのは、目的を探るためと辺境伯への義理立てだヨ」


 あまりにバレバレなので、気づかないフリを通すのが一番大変だったくらいだ。

 おそらくナトリが《薔薇の魔女》に《エルダーリッチ》のスキルツリーを移植されたのは、リュカがナグルファル領に立ち寄った直前。現在のように城の近衛兵までフランケンシュタインに成り代わっていたなら、その時点で異常に気づいたはず。


 一同も疑惑は確信に変わったようで、険しい目でジリジリとナトリを包囲する。


「それで? まだなにか言い訳があるか? お前のスキルツリーをギルドで調べても、おそらく【死霊術】のスキルは確認できないだろう。だが《フランケンシュタイン》の製造には、専用の器具が必要だ。そっちは道具袋の奥にきちんとしまってあるかな?」


 包囲がいよいよ狭まり、ナトリは力なく顔を伏せる。

 しかし。これで素直に観念する男じゃないと、俺はなんとなく悟っていた。


「――ハッ。なに勝ち誇ったような口を利いている? 英雄にたかる臭い蛆虫が」


 紳士を装っていた口調がガラリと変わる。面を上げれば端整な顔は、卑小な顕示欲の塊の本性ですっかり醜く歪み果てていた。


「お前のせいだぞ? 全部お前が悪いんだ。お前が僕の完璧な計画通り、分相応の踏み台に甘んじていれば。小賢しくも僕に刃向かったりしなければ、全て丸く収まったんだ。それなのにお前のせいで、リュカも父上も他の連中も……全員ぶっ殺して、アンデッドにしなくちゃいけなくなっただろうがああああ!」


 叫びながら、ナトリは懐から取り出したポーチをひっくり返す。

 中からビチャビチャと溢れて積み上がったのは、大量の魔物の死体だ。どうやら幽霊船で発生したアンデッドの一部を収納していたらしい。アンデッドは素材と同じ判定になってしまうため、収納できるのだ。


 そして死体の山にナトリが腕を突っ込むと、死体が不快な音を立てて蠢き出す。腐食の少ない肉や骨が繋がり合い、継ぎ接ぎされ、異形を組み上げていく。


「ブッシャアアアア!」

「ぐああああ!?」


 死肉の触手が鞭のように振るわれ、周囲の冒険者と神官と薙ぎ払った。

 さらに伸びた触手が、ナグルファル辺境伯の手から《死霊の宝珠》をかすめ取る。


「しまった、宝珠が!」

「あなたも悪いんですよ、父上! 優秀な僕よりも、そんなクズに肩入れするのが悪いんだ! まあ、心配しないでくださいよ。あなたには隠居してもらって、この領地は僕が立派に治めますから。いずれ不死の軍団で全世界を支配する、僕の帝国としてねえ!」


 ポーチから魔物の死体が追加され、フランケンシュタインにされた冒険者の死体も巻き込み、蠢く死肉がナトリの全身を包んでいく。

 やがてそれは筋骨隆々とした、逞しくもおぞましい死肉の鎧を構築した。


 聖職者的にも生理的にも嫌悪極まる光景に、アークプリーストの女が悲鳴を上げる。


「ギャアアアア! なんですか、あのキモイのは!? 瘴気で汚い死体で全身包まれるとか、どういう冒涜的な悪趣味していやがるんですかぁ!?」

「まあ魔物の毛皮や鱗で作った鎧も、広い意味では死体だけどな。腐臭と薬品の匂いが混じって、酷いことになっていやがる」


 通常、アンデッドは腐っている分、肉体の性能は生前より下がる。

 しかし《屍造のヴィクター》は、防腐処置の施された死体から優れた部位や器官を厳選。これを繋ぎ合わせることで、アンデッドの枠組みを超える生物兵器を製造した。


 あんな風に防具として自身が纏うのは、ヴィクターでさえやっていなかったが。

 アイディアとしては面白いが、やはり悪趣味と言わざるを得ない。


「死ね! 死ね! 皆死体になれば、誰も僕に逆らわない反抗しない! これこそ理想の仲間、理想の市民、理想の主従ってヤツだろう? ギャハハハハ!」

「まずいゾ! あいつ、《氾濫の秘薬》まで――!」


 屍の鎧の力か、俺の頭上を軽々と飛び越えたナトリは、魔法薬の瓶を《ダンジョンツリー》に叩きつけた。


 液を浴びたダンジョンツリーが、不吉な輝きと共に激しく胎動し、膨れ上がる。

 そして……夥しい数の死体が、濁流となって溢れ出した。

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