遅咲き冒険者の七星光芒(セプタ・グラム)~俺が脱落した後、勇者パーティーは何事もなく魔王を討伐しました。今更もう遅い覚醒から始まる、最強最悪最高の大冒険~
第32話:ザック様……いいえ、ザックこそが一連の事件の真犯人だったんです!
第32話:ザック様……いいえ、ザックこそが一連の事件の真犯人だったんです!
カンテラでかろうじて照らされた、薄暗い船内。
その暗がりを斬り裂くように、俺は聖気を付与した大鉈を振るう!
「シィ!」
「クェェ……」
アンデッド化した鳥の魔物、《デッドオウム》の頭をかち割ると同時、【鎮魂の光】で怨念を祓い沈黙させる。
魔物にただ【鎮魂の光】をかけても効果は薄い。人族のための説法が獣に通じるはずもない、ヤマト風に言えば『馬の耳に念仏』というヤツだ。かといって俺の【浄化】に、一息にアンデッドの体を消し飛ばすほどの神聖力はない。
だからこうして、聖気を付与した攻撃で瘴気を剥がし、弱らせた上から【鎮魂の光】で怨念を祓う。これが俺流の対アンデッド戦法だ。
「そろそろ最深部か。さて、どんな歓迎が待っていることやら」
他にも猿やワニといった獣に加え、海賊の格好をした人のアンデッドが行く手を阻む。
いや、阻むというにはあまりに手ぬるい。ダンジョンの規模を考えても数が少なすぎる。やはり俺を奥まで誘い込む腹積もりか。おそらく後方では大量のアンデッドが発生し、リュカたちを足止めしているのだろう。『茶番』の準備が整うまでの時間稼ぎに。
そう、これはくだらない茶番だ。さっさと片づけてしまうに限る。
俺は幽霊船の最奥――宝物庫に到達。豪快に扉を蹴破って入室した。
宝と呼べる物は既に取り尽くされた後の、悲しいほど広々とした空間。奥ではダンジョンの核である《ダンジョンツリー》の中枢部分が、心臓めいて脈動している。
その手前に、右腕がないフードの男が立っていた。
「…………」
男がおもむろにフードを外す。ナトリやナグルファル辺境伯に造形の似た、それでいて如何にも悪漢らしい目つき。長男のフランクに相違ないだろう。
そしてフランクは――無言のままその場に倒れた。
特に驚きもしない。俺はフランクに近づき、後頭部を調べる。
「やはり、か」
ガストーのときと同様、《フランケンシュタイン》の手術痕だ。
ナグルファル辺境伯の言う人の変わりようや、莫大な魔力。アレは《エルダーリッチ》のスキルツリーを移植されたのではない。エルダーリッチによってフランケンシュタインに改造され、魔力を分け与えられたためだったのだ。
直後。立派な装備をした冒険者数人が入ってきて、一斉に俺に武器を向けた。
そしてこちらの状況を問うでもなく、一方的にこう言い出す。
「動くな! 真犯人め!」
「貴様の悪事は、我らの主が全てお見通しだ!」
「言い訳の余地はないぞ! その手に持った《死霊の宝珠》がなによりの証拠!」
ザックが船内に突入して十数分後。
続いて突入し、最奥にたどり着いたナトリとリュカ、他の冒険者・神官たち。
一同が目にしたのは床に倒れ伏す、ナグルファル家長男のフランク。そして先行していたA級冒険者数名によって取り押さえられた、ザックの姿だった。
「ザック! てめーら、ザックになにしてやがんダ!」
「落ち着いてください、リュカ様。彼らは僕とも親交の深い冒険者。優秀で信頼できる仲間ですから、理由もなくこんなことはしません」
「ナトリ様。この男、あからさまに怪しい寸劇を繰り広げていたもので」
「こいつを取り押さえた途端に、フランク様は動かなくなりました。どうやら全て、ナトリ様のご慧眼通りだったようです」
ザックを取り押さえる冒険者の一人が、ザックの道具袋からおどろおどろしい色の珠を取り出して見せる。それを受け取ったナトリは沈痛な表情を浮かべた。
「これは《死霊の宝珠》……やはり、そういうことでしたか」
「あの、ナトリ殿? 一体なにがどういうことなんですか?」
「簡単なことですよ、皆さん。今、目の前の光景こそありのままの真実。ザック様……いいえ、ザックこそが一連の事件の真犯人だったんです!」
「「「な、なんだってー!?」」」
綺麗に声を揃えて驚愕する、一同のうち過半数の冒険者。
事態を呑み込めていない低能どもに、ナトリは順を追って解説してやる。
「始まりはこうです。勇者パーティーを追放されたザックは、自分を追放した勇者パーティーを逆恨みしていました。『追放さえされなければ自分も今頃は英雄だった』『仲間から不当に追放されたせいで、自分だけが不遇な扱いを受けている』とね」
「はあ? それって単に自分が役立たずだっただけじゃん」
「雑用係の分際でなに勘違いしちゃってるわけ? どんだけ自惚れ強いんだよ」
全くその通りだ。身の程も弁えない無能に勝る害悪はない。
「そしてかつての仲間や世間を見返そうと、当時父の温情で城に滞在していたザックは、城に保管・封印されていた《エルダーリッチ》の魔道具、《死霊の宝珠》を盗み出したんです。過去にこの都市で起こったエルダーリッチの事件に、彼も一応は関わっていたので魔道具の存在も知っていたわけです」
「なんてヤツだ。勇者パーティーばかりか、クロード様のことまで裏切ったのか!」
「お世話になった恩も仇で返すとは、冒険者以前に人として風上にもおけないわ!」
そうともそうとも。くれてやった恩も返さない駄犬など畜生以下だ。
「魔道具の力で【死霊術】を操り、ザックは英雄に返り咲くための自作自演を図りました。つまりアンデッドを利用して事件を起こし、これを自分が解決することで人々の称賛を得ようとしたんです! それが先日の同時多発スタンピード、そして今回の事件!」
「どうりで! アンデッドがこいつを避けるように動いてて、おかしいと思った!」
「自作自演の割には、大して活躍なんかしてなかったけどな!」
所詮は英雄たちに寄生していただけのクズ。悪事の出来も底が知れているのだ。
「今回の事件では兄が、先日の事件ではザックが恨みを抱いていたA級冒険者が、偽の犯人として傀儡にされました。理不尽に命を奪った上、不条理に死体までも弄んだんです。全ては、自らの虚栄心と英雄願望を満たすためだけに!」
「なんという外道かしら! こんな男、即刻処刑とするべきです!」
「そうだ! 処刑だー! このクズは八つ裂きにして野に晒してやれー!」
猟奇的な罵声が合唱となって響き渡る。困惑した様子の、空気が読めない輩も一部いるが、この華麗な名推理に口を挟む余地はあるまい。
ナトリは満足げに頷いた後、こちらに背を向けたリュカへと歩み寄る。
「リュカ様……残念ながら、これが真実です。彼が《死霊の宝珠》を持っていたのがなによりの証拠。受け入れるのは辛いでしょうが、どうかお気を確かに。そもそも――あなたが同情してやるほどの価値などありませんよ、このゴミは」
笑い出したい気持ちを必死に我慢し、同情的な声音を作って続ける。
「だってそうでしょう? たかが荷物持ちの雑用係。媚びを売ることだけは達者な無能。皆様がお情けで優しく接してやっただけなのに、さも対等な関係であるかのように自惚れる増上慢。散々足を引っ張り迷惑をかけて置きながら、逆恨みした挙句に売名目的の事件を起こす始末。尤も、あまりの無能さで自作自演にも失敗したようですが」
ジリジリと距離を縮めながら、後ろ姿も艶めかしいリュカの肢体に舌なめずりする。
男の良し悪しもわからぬこの女のせいで、随分と回りくどい真似をさせられた。
その卑しい体は、誰に奉仕するために存在するのか。教養が足りない頭でも理解できるよう、体にねっとりしっぽり教え込んでやらねば。
「ここまでの旅路でも醜態ばかり見せられて、リュカ様も本当はいい加減に愛想を尽かされたのでは? ただ慈善活動で手を差し伸べてやっただけなのに、特別な感情があるかのように都合よく解釈されて無礼千万な振る舞いの数々。そのくせ戦闘になればなんの役にも立たず、無駄にしゃしゃり出ては結局他人任せの愚図っぷり」
ようやくだ。その顔も唇も胸も尻も全部、夢にまで見た肢体が自分の物に!
決壊寸前の肉欲に知らず鼻息を荒げながら、ナトリは手を伸ばす。
「そしてとうとうクズの本性を現した、これまでの大恩も裏切る今回の一件。いくら慈悲をかけてもゴミはゴミ、見限ったところで誰も咎めはしませんよ。強く美しいあなたのパートナーとして隣に立つには、やはり同等の力と美貌の持ち主でなくては務まらない。そう、たとえば僕のような――ギャババババ!?」
ついに指先がリュカの肩に触れる、寸前。電撃がナトリの全身を焼いた。
加減も容赦もない、以前の自分なら間違いなく感電死していたであろう威力。
香ばしい煙を立てて倒れたナトリを、憤怒の形相を浮かべたリュカが見下ろす。
「薄汚い手であたしに触れるナ、クズ野郎。人が我慢してりゃ、好き放題に言いやがって。てめえごときが、知った風な口でザックを語るなヨ」
「……もうそこまでだ、息子よ。これ以上、罪を重ねるのはよしなさい」
階段から降りてきたのは、見覚えのない顔の近衛兵を連れた父、ナグルファル辺境伯。
無様に地に伏していたはずのザックまで、何事もなかったような顔で起き上がる。
名推理で真犯人を追い詰めたはずの自分が、逆に包囲されているかのような空気。ナトリは状況の変化についていけず、怯えた顔で視線を右往左往させた。
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