遅咲き冒険者の七星光芒(セプタ・グラム)~俺が脱落した後、勇者パーティーは何事もなく魔王を討伐しました。今更もう遅い覚醒から始まる、最強最悪最高の大冒険~
第31話:救われぬ者のために祈る、これこそあんたたちの本業だろうが!
第31話:救われぬ者のために祈る、これこそあんたたちの本業だろうが!
「…………それで、その親子はどうしたのだね?」
「男の子は教会で保護してもらった。母親のことについては、真実を伝えるまで時間が必要だろう。ひとまず『酷いことをしたお母さんは、悪い魔物が化けた偽物』とだけ説明してくれるよう頼んである」
夕方。城の執務室にて、俺はナグルファル辺境伯にフードの男の件を報告した。
敵が過去に戦った《エルダーリッチ》の再来であること。既に《フランケンシュタイン》に変えられた市民が都市に一定数潜伏していること。
そして――ほぼ確信に近い敵の正体についても。
「かつてこの都市を恐怖に陥れたエルダーリッチの力が、人の身に移植されて蘇った、か。俄かには信じ難いが、あのフランケンシュタインを造り出せる者が他にいるとも思えぬ。その一方で、かつてのエルダーリッチとは明らかに手口が異なる。『同じ力を持った別人』というには間違いあるまい」
かつて《屍造のヴィクター》がこの都市で行った殺人遊戯は、趣向を凝らした惨劇の舞台だった。様子がおかしいと思えば、突如として殺人鬼と化す隣人。人知れず蝕まれていく日常。武器や魔法では太刀打ちできない、謎という恐怖。
随分と苦しめられたものだが、謎とは解き明かすモノ。【大魔導士】と【錬金学士】の名推理により、全ては未知のアンデッドを操る《エルダーリッチ》の犯行と看破。最後は追い詰められたヴィクターが《死霊の宝珠》なる魔道具を使い、都市全域に散らした屍人を集めての大乱戦だ。
あのときの難事件に比べれば、今回は大分わかりやすい相手だと言える。
「本来のヴィクターは、静かに忍び寄るような恐怖の舞台を演出していた。だが今回の犯人は、とにかく派手に自分の力を見せつけたがっている印象だ。わざわざスタンピードを起こすなんて予告をしたのも、自分に有利な場所へ確実に誘い込むためだろう」
「確かに彼の幽霊船なら、エルダーリッチにとってこれ以上ない居城となろう。かといってスタンピードを起こすなどと言われては、誘いに乗らざるを得ぬか」
領土の名の由来でもある《幽霊船ナグルファル》は、死霊やアンデッドばかりを生み出す巨大ダンジョンだ。ここで《スタンピード》が起きようものなら、溢れ返る死体からどんな病魔が蔓延することか。故にこの城塞都市デドックに大勢集まる冒険者は、定期的に幽霊船のアンデッドを掃討し、スタンピードを抑制する役割も担っている。
万が一スタンピードでデドックが壊滅すれば、人族全体の大きな損失だ。
……実際のところ、スタンピードは十中八九ただの脅し。予想される敵の正体と目的を考えるに、敵にとってもデドックが滅ぶのは望ましくないはず。
とはいえ、敵の性格からして、短気を起こせばどんな暴挙に出ることやら。スタンピードの実行は元より、都市に潜伏させた屍人を一斉に暴れさせられてもマズイ。
精霊術の【感知】なら、生者か屍人かの判別はできる。しかし生気がない屍人を探し当てることは不可能だ。市民に紛れたフランケンシュタインの凶行を事前に食い止めるには、命令を下す《エルダーリッチ》を倒すしかない。
「俺はこれから、リュカと一緒に幽霊船へ乗り込む。ナトリも冒険者や聖職者を集めて、援軍として駆けつけてくれるそうだ。噴水で分かれた後も俺たちを心配して追いかけて、フランケンシュタインに手こずるリュカを助けてくれたっていうし、全くナトリは大した男だ。別荘で療養中のお母さんや、お腹の中の子も鼻が高いだろうな」
「盟友よ。本当に《エルダーリッチ》の正体は――」
「今は一人になって、気持ちを落ち着かせることだ。残念だが、これから辛い決断を下すことは避けられないと思う。……あんたに返した『ソレ』が、犯人を追い詰める決定打の一つになるはずだ。領主として、父としての務めを果たせ」
ソファーから立ち、項垂れるナグルファル辺境伯に歩み寄って肩を叩く。
そして俺は扉の脇に控える近衛兵に軽く会釈し、部屋を出た。
あの馬鹿子息の、馬鹿馬鹿しい企みを打ち砕くために。
《幽霊船ナグルファル》は恐ろしく大きく、現代の船とは規格の桁が違う。船倉まで含めれば、都市の住人の半分は住みつけるだろう。都市が擁する運輸用の大河にも到底収まらない。なぜこんな内地に座礁しているのか全くの謎で、空から墜落した『飛行船』だという説まであるくらいだ。
その船体も桁外れに堅牢な装甲に覆われ、船底に穴を空けての侵入は不可能。
従って幽霊船に入るには、甲板から乗り込む他にない。そのため船体に隣接して大型の昇降機が築かれており、俺たちもそれを利用した。
「ウー……」
「アァ……」
そして。わざわざこちらの布陣が整うを待っていたらしいタイミングで、わらわらと《グール》が甲板に現れた。腐臭と瘴気漂う動く死体、典型的なアンデッドだ。
「プップー! 汚らわしいアンデッドごときが、敬虔な神樹の使徒たる私の前で頭が高いのですよ! 神樹に愛された私の威光も理解できない腐れ脳みそめ! さあ信徒たち! 今こそ信心を示し、私に逆らう敵に神罰を下しなさい!」
冒険者たちの前に整然と並ぶのは、幽霊船対策のために派遣された神官の戦闘部隊。
……先頭に立つ無駄に喧しい女が、彼らを束ねる【アークプリースト】らしい。
うん。頭はともかく、彼らは長年この都市をアンデッドの脅威から守ってきた武装神官。【浄化】を始め、瘴気に有効な【神聖術】の攻撃に長けた頼もしい精鋭だ。
しかし、神官たちは動かない。否、動けない。
「ちょっと、なにをしているのですか!? さっさと【浄化】で消し飛ばしなさい!」
「だ、駄目です! こいつら、いえ彼らはダンジョンで発生した魔物じゃありません!」
「市民です! 墓地に弔われたはずの、市民の亡骸がグールに! ああっ、去年大往生した鍛冶屋の爺さんまで!?」
神官たち対策として、敵が墓場から掘り起こしやがったのだろう。
市民の成れの果てを前に、慈悲深き神官たちは攻撃を躊躇する。
「【浄化】では、瘴気ごと市民の死体を損壊してしまいます! 攻撃できません!」
「はあ!? なに温いこと言ってるんですか! グールになった時点で、それはもう生命の理を冒した汚物ですよ汚物! 神樹の肥やしにもならない穢れは消滅あるのみ! わかったらとっととゴミどもを――あばぁ!?」
「やめんか、罰当たりが」
情けを母親の腹に忘れてきたらしいアークプリーストを、拳骨で黙らせる。
頭に大きなたんこぶを作ったアークプリーストは、涙目で抗議してきた。
「野蛮な冒険者が、神聖な私の頭を叩くとか不敬でしょう!? この私を誰だと思っていますの!? 私は王都の本部から派遣された、大司祭の娘で!」
「喚くな。仮にも聖職者なら、武力の前に祈りで訴えることを考えるべきじゃないか?」
「専門外のくせして私に意見するんじゃありませんよ! それともなんですか? あなたにあのグールどもをどうにかできるとでも!?」
「できるぞ。伊達に【聖天騎士】から神聖術の手解きを受けちゃいない」
動きが遅いとはいえ、もうグールは目前まで近づきつつあった。
彼らに対し、俺は片膝を突いて両手を合わせる。
細かい作法は重要じゃない。大切なのは彼らの死を悼み、安息を願う心。
『神秘拝聴/我は汝を祈る/死してなお苦しむ魂に、安らぎをお与えください』
「ア……ア、リガト、ウ」
柔らかな聖気の光が、扇状に広がる。
緑の輝きを浴びた数人のグールから瘴気が剥がれ、彼らは眠るように崩れ落ちた。
「【鎮魂の光】!? 弱い怨霊くらいにしか通じない、弱い術なのに!?」
「そりゃあ、強い怨念でアンデッド化した魔物相手なら、余程弱らせでもしなけりゃ通じないさ。でも、彼らは無理やりグールにされただけの罪なき民だ。彼らに必要なのは邪悪を祓う浄化でなく、無念を癒す鎮魂。ほら、ボケッとするな! 救われぬ者のために祈る、これこそあんたたちの本業だろうが!」
「は、はい!」
「ちょっと!? 私を差し置いて命令しないでください!」
俺一人では【鎮魂の光】が及ぶ効果範囲が狭すぎる。
本職の神官たちが加わることで、次々と市民がただの屍に戻っていく。
一人につき、一度で十数人は余裕か。流石は本職。あとアークプリーストも働け。
「リュカ!」
「わかってるヨ!」
リュカの放った矢が、市民の死体の傍らに刺さる。
そこから木の根が生え、死体をすっぽりと繭のように包み込んだ。
「すぐに後続の魔物が来るはずだ! 回収する暇がないから、ひとまずアレで市民の亡骸を保護する! 傷一つつけさせないから、安心してくれ!」
矢の意味を説明すれば、神官たちはホッと安堵の顔で納得してくれた。
ただ……死体を保護する木の根はやや細く、守りとしては若干心許ない。
「チッ。やっぱりこの船の中じゃ、【精霊術】の効きが悪いゼ」
リュカの精霊術は、触媒に残留する生命力を活性化させるような代物だ。その性質上、死の瘴気に満ちた幽霊船とは相性が悪い。魔族には瘴気を味方に付ける精霊術の使い手もいたが、生憎とリュカは専門外。
敵はそこも見越して、この幽霊船を戦場に選んだんだろう。
そうなると、おそらく次の手は――
「グオオオオ!」
「アアアア!」
案の定、後続の魔物が大量に現れる。今度はダンジョンツリーが生み出した、強い怨念に満ちた生まれながらの死者。【鎮魂の光】では通じないだろう。
神官たちも【浄化】で対応。冒険者たちが前衛として出て、甲板は大混戦となる。
「ザック様! ここは僕とリュカ様に任せて、どうか先に進んでください! スタンピードはなんとしても阻止しないと! この街の運命を、貴方に託します!」
「……わかった。任せろ」
アンデッドの群れは偏った動きをしており、不自然に俺の正面が手薄だった。
敵が俺に「一人で来い」と誘い込んでいるのだろう。望むところだ。
「ザック!」
何事かと振り返れば、リュカに強く抱きしめられた。温もりと共に雷が俺の体を伝う。
「気をつけろよナ」
「リュカこそ」
言葉少なに体を離し、走り出す。
殺到するアンデッドを蹴散らすナトリを背に、俺は船内へと飛び込んだ。
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