遅咲き冒険者の七星光芒(セプタ・グラム)~俺が脱落した後、勇者パーティーは何事もなく魔王を討伐しました。今更もう遅い覚醒から始まる、最強最悪最高の大冒険~
第30話:今どき詠唱使ってるヤツは皆馬鹿なんじゃないか? 真の強者なら無詠唱が常識でしょ
第30話:今どき詠唱使ってるヤツは皆馬鹿なんじゃないか? 真の強者なら無詠唱が常識でしょ
ようやく鬼ごっこを終えた先は、廃屋に囲まれた袋小路だった。この辺りはいわゆるスラム、領主の統治も行き届いていない貧民街のようだ。普段は浮浪者などの住処になっていると思われるが、人払いしたのか廃屋に気配はない。
そして袋小路の隅っこに、用済みとばかりに親子は打ち捨てられていた。
男の子の方からはまだ生気を感じる。失神しているだけのようだ。
駆け寄りたいのは山々だが、邪魔がいる。
フードで顔を隠した人物が、俺の前に立ちはだかっていた。
「ハッ。まさか本当に一人でノコノコやってくるとはなあ。自分の力量も測れていない馬鹿は、餌で釣るのが簡単すぎて駆け引きにもなりゃしない」
年頃のそう変わらない青年の声。気取った仕草、フードの下の服装からして、高貴な身分を隠す素振りもない。
わかり切った問いだが、俺は一応尋ねておく。
「……お前はナグルファル辺境伯の長男、フランクなのか?」
「ハッ! そんな質問に答えると思ったのか、馬鹿が! なんのためのフードだと思っているんだ? 勇者パーティーに寄生していただけの虫けら野郎は、頭の出来も虫けら並みだなあ! 下賤な平民に知性を期待するだけ、無茶な注文というものかぁ!?」
なにがそんなにおかしいのやら、ゲラゲラと大笑いするフードの男。
外面を取り繕う気はもう欠片もないようで、人を見下した態度が全開だ。
茶番に付き合うのも馬鹿馬鹿しい。俺は早々に問答を切り上げた。
「もういい。お前とは会話するだけ無駄だな。さっさと片付けさせてもらうぞ」
「ハン! 物好きな英雄どもに、ペットのごとく飼われていた畜生はこれだから。増長し切って喧嘩を売る相手も判別できないか。惨たらしく死んで身の程を弁えるがいい!」
そう叫んで、フードの男が右手を突き出す。
こちらも右手で魔法銃を構えるが、引き金を引くより先に火炎が眼前に迫った。
フードの男の右手から噴き出す火柱。俺は横に身を投げ出して回避した。際どかったが、精霊の加護のおかげで火傷一つなし。マグマザウルスに比べれば熱くすらない。
俺が何事もなく起き上がったというのに、なぜかフードの男は勝ち誇るような声音。
「オイオイ、なにをこの程度で驚いている? まさか、今のが上級魔法の【フレイムブラスト】だとでも勘違いしてるんじゃないだろうなあ? いいか、今のは――」
「ただの【ファイアーボール】だろ? 魔法陣に過剰な魔力を注いで膨らませただけの」
魔法ごとに魔法式で定められた、発動に必要な魔力量。
その容量を超えて魔力を注ぐのは、攻撃魔法の威力を上げる最も単純な手法だろう。風船に必要以上の空気を入れて膨らませるようなものだ。
少なくとも、こんな風に勿体つけて見せびらかすほどの代物ではない。
俺の反応が期待したものじゃなかったと見えて。フードの男は大きく舌打ちしつつ、余裕ぶった口調を取り繕い直す。
「ハッ。それだけじゃ五十点にも届かないなあ。貴様、気づいているのか? 俺様が今、一切の詠唱なしで魔法を放ったことに!」
「詠唱の省略、いわゆる無詠唱による魔法行使か」
『神秘~』から始まる、魔法や戦技の行使に用いる詠唱。実のところ、アレは技の行使に必須というわけではない。技名だけ唱えたり、それこそ詠唱なしで使うことも普通に可能だ。俺も【錬成】は名前だけ唱えているし、【鎮魂の光】を無詠唱で使ったりした。
しかしこれまたなぜか、フードの男はやたら自慢げに言う。まるで、それが自分だけの特権かなにかのような口ぶりで。
「わかるかい? ブツブツ時間かけて詠唱するなんて、もう時代遅れなんだよ! 大体技のタイミングや内容も自分からバラすなんて、今どき詠唱使ってるヤツは皆馬鹿なんじゃないか? 真の強者なら無詠唱が常識でしょ。【大魔導士】だって、これくらいは余裕だろう? まさか無理だなんて言わないよなあ? アハハハハ!」
「…………お前、頭が悪いんだな」
「はっ、はあぁ!?」
あまりに的外れな主張に、俺は若干の頭痛を覚えながら説明を返す。
「世の中の冒険者が、その程度の欠点も承知せずに詠唱を使っていないとでも? それを踏まえた上でなお有用な技術だから、皆使っているんだよ。それに【大魔導士】ならこう言うだろうよ。『ただ行使するだけなら、最上級魔法も無詠唱でできる。尤もそんなのは、なんの自慢にもならない手品に過ぎないが』ってな」
詠唱の主な用途は、技の速度と精度を高めるルーティンだ。
詠唱と紐付けることで、高度な技の発動に要する複雑な工程を、瞬間的かつ効率的に肉体から励起させる。むしろ発動までの時間を短縮するための技法と言っていい。
「確かに無詠唱も、奇襲や速攻の手段としては重要な技術だ。だが、決してそれ一つで天下を取れるほどの高等技術でもない。そんなことはB級冒険者だって知っている常識だ。というか、たかが膨らませた【ファイアーボール】の無詠唱で、よくもまあそこまで得意になれるな。あのいけすかない【大魔導士】様だって、お前ほど幼稚じゃなかったぞ」
仮に無詠唱で、完成された奥義を瞬時に繰り出せれば、なるほどそれは究極だろう。
しかしそれこそ超達人の領域、オーレンたちでも一つ二つできるかという話だ。
初級魔法の無詠唱一つで増長できるとは、おめでたいくらいの程度の低さ。それで【大魔導士】と自分を並べて語ろうなど片腹痛い。
そう指摘してやれば、フードの男はわなわなと肩を震わせて喚き散らす。
「英雄に媚びを売るしか能のないクズが、負け惜しみの屁理屈だけは達者だな! 偉そうなことは俺様の魔法を、口先でなく実力で止めてからほざきやがれええええ!」
「――『散れ』」
再び放たれた火柱は、俺が一言呟くだけでかき消えた。
まさか口先で止められるとは思わなかったか、フードの男は目に見えて動揺する。
「な、なんだ!? なにをした!? 今度はどんなインチキを使いやがった!?」
「なんでインチキ前提なんだよ……。別に大した技術じゃない。【精霊術】の基礎も基礎、言葉に神秘を込めて発する《言霊》ってヤツさ」
錬金術の観点で突き詰めれば、単なる音の羅列に過ぎない言葉。それが人の心を動かし、あるいは傷つけ、ときに万人の思想すら一変させる。
言葉とは子供にだって扱える、最も小さな神秘の行使なのだ。
「そもそも【魔法】は、自分が望む神秘を具現化するため、自然の神秘を歪めて書き換える。言わば不自然な力だ。だから魔法に対して、自然な形に戻そうとする反作用が常に働く。魔法陣が円の中に描かれるのも、外縁が反作用から魔法を守る役割だからだ」
それとなく壁際に移動しつつ、俺は解説を続ける。
「しかし魔法陣の容量を超えて魔力を注いだ魔法は、空気を入れすぎた風船のように脆い。自然からの反作用で威力の大半が拡散し、ハッキリ言って魔力の無駄遣いだ。自然の神秘をそのまま操る【精霊術】で反作用を後押しすれば、こうして跡形もなく霧散できる。横着せず、魔力に合わせた魔法式をきちんと組むべきだったな」
「馬鹿な、こんなはずあるか! 貴様ごとき無能に、俺様の魔法を破れるはずが!」
「わからないか? お前が大物ぶって見せびらかした技は、その無能にも軽くあしらわれるほど、取るに足らない幼稚な浅知恵だってことだよ」
如何にも世間を知らない、貴族のお坊ちゃまらしい浅はかさだ。書物や家庭教師から得た狭く偏った知識だけで、世の中を全て知った気になる。人間の取得者が少ない【精霊術】の知識に欠け、詠唱を軽視する辺りが特にそうだ。
フードの男は全身を捩って憤懣を現していたが、不意にその動きが止まる。
そして急に飛翔の魔法を使って上昇。上空で、無闇に巨大な火球を作り始めた。
「どうだ! 上級魔法【ブレイズバースト】を俺様の魔力で使えば、これほどの規模になるんだ! これでも手品なんて言えるのか、この雑魚がああああ!」
「――馬鹿が。それが浅はかだって言うんだ」
薄々そう来るのが読めていた俺は、壁に触れながら走り出す。
【錬成】で廃屋の壁から足場が突き出し、それを駆け上がって屋根に。さらに《霊闘爆連》を発動し、屋根から跳躍。上空にいるフードの男へ一瞬で肉薄する。相手はこちらの急激な加速に反応できず、呆けた声を漏らした。
そして俺は、フードの男の右腕を大鉈で斬り落とす!
「うぎゃああああ!? 腕、腕がぁ!」
「無理に上級魔法を無詠唱で使おうとして、詠唱するより発動に時間がかかってちゃ本末転倒だな。自力で身につけた技術じゃないから、そんなくだらないミスをする。《エルダーリッチ》の莫大な魔力も、使い手が馬鹿じゃ宝の持ち腐れだ」
六腕リザードのときと同じだ。どれだけ強大な力を扱えても、使い手が未熟では上手くいきやしない。必ず、判断や選択を誤るのだ。
フードの男は切断された肩口を押さえながらも、飛翔の魔法を維持して後退する。
「こ、こんなことで勝っただなんて思い上がるなよ! これはほんの挨拶だ! ぼ、わっ――俺様が貴様ごときに負けるなんてありえない! 《幽霊船ナグルファル》でスタンピードを引き起こして、この都市諸共ぶっ潰してやる! 止められるものなら止めて見るがいい! 貴様にそんな勇気があればな! アーッハッハッハッハ!」
捨て台詞を残して遠ざかる背を、俺は追わなかった。追うだけ無駄だからだ。
勝利、なんて口が裂けても言えない。母親を屍人にされた時点で手遅れなのだ。
「クソがっ」
こんなくだらない茶番のために、あの子は母親を玩具にされたのか。たとえ盟友の息子といえど許しては置けない。アレはもう、力で心を歪め切った醜い怪物だ。
親子が受けた仕打ちの報復を誓い、俺は男の子を介抱するため踵を返した。
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