第27話:私が知る最も偉大な【冒険者】にして、我が誇らしき盟友よ!


《神樹ユグドラシル》によって地上に神秘が満ちる現代。人の手で小さな奇蹟を起こすことが可能となり、才能と技量次第で大きな奇蹟にも手が届く時代だ。


 そんな今でも叶わない、叶えてはならないとされる奇蹟もある。「死者の蘇生」もその一つであり、その領域に踏み入る【死霊術】は禁忌の邪法となった。人の使い手が絶えた――少なくとも表向きは――現代に現れたのが、《屍造しぞうのヴィクター》だ。


 自身も禁忌そのものである死人の賢者、《エルダーリッチ》。彼奴が殺人遊戯の盤上に選んだ舞台こそ、ナグルファル領の主要都市デドックである。


 ヴィクターは死者蘇生に魅入られた人族を手駒とし、ナグルファル領を死人の国に変えようとした。俺たちが阻止しなければ、住人はそっくり《フランケンシュタイン》と入れ替わっていたことだろう。想像するだけでゾッとする光景だ。


 尤も、今俺が吐き気を覚えている原因はそれと関係なく……。


「うぼあ」

「よーしよし。リラックスしてナー」


 馬車に酔ったせいだった。


 マグマザウルスの一件が片付いた翌日、俺たちの下に辺境伯からの迎えがやってきた。

 どうやら辺境伯の方でも、今回の件に《フランケンシュタイン》が関わっているのを突き止めたらしい。そしてかつての事件にも関わった俺たちが近くにいると知り、こうして迎えの馬車を寄越したわけだ。


 俺たちとしても、十中八九ローズが裏で糸を引いているであろう今回の件を放っては置けない。二つ返事で馬車に乗り込んだのは、良かったのだが。


「お、っかしいな。貴族用の馬車は全然揺れないし、いつもはガタゴト揺れる普通の馬車でも平気なのに。なんで今回に限ってきぼぢわるぐ……うっぷ」

「馬車がどうこうじゃなくて、気持ちの方で疲れが溜まってたんじゃねーノ? なんつーか、色々とありすぎたからナ」


 確かに、そうかもしれない。

 リュカと再会して。冒険者として再出発しようとした矢先、魔王の力なんてモノに目覚めて。「この力なら皆のように勝てる」と思ったら、結局上手くいかなくて。ローズには思わせぶりな言い回しで煙に巻かれるし。なにやらやけに持ち上げられた気もしたが、結果はこの有様だし。どうすれば良かったのか。どうすればいいのか。


 頭はグルグルグルグルと空回りするばかり。一緒にお腹までグルグルしている感覚。

 ああ、くそ。ただでさえ愚図なのに調子も悪いとか、いつもに増して最悪だ。


「悪い。面倒かけっ放しで」

「バーカ。面倒なんてあるもんかヨ。むしろもっと頼れ。甘えロ。子守歌でも歌うカ?」

「いや、リュカの歌、寝かしつけるのには向いてないから……」

「悪かったナ、寝る子も叩き起こす喧しい歌で!」


【精霊術師】は《精霊》との交信手段として、音楽を嗜む者が多い。リュカもその例に漏れず、なかなかの美声なのだが――如何せんこう、曲調が明るくも激しい。

 祭りなどではしゃぐときには最高だが、寝るときに聴く歌ではないのも事実だ。


 それに……こうして、膝枕してもらっているだけで十分癒されるしな。太ももを覆うスベスベの龍鱗が頬に触れて最高です。


「大丈夫ですか? 知り合いの職人が作った《快眠枕》があるんですが、使います?」


 向かいの席から心配そうに声をかけてくれるのは、人が好さそうな年下の少年だ。

 灰銀の髪。柔和な顔立ち。姿勢一つからも育ちの良さが窺える。


 俺が勇者パーティー離脱後、一時期城でお世話になっていた、親切貴族ことナグルファル辺境伯――の次男坊、ナトリ=ナグルファルくんだ。


 なんと《スタンピード》の兆候を発見した巡回兵は、彼が隊長となって率いていたそうで。それで距離が近かったこともあり、護衛も兼ねて俺たちを拾ってくれたわけだ。


 ヴィクターの件で最初に会ったときは、正直印象の薄い子だったのだが。いつの間にか随分と立派になったようだ。パーティー離脱後の滞在で一度再会しているはずだが、茫然自失だったせいか、恥ずかしながら全く覚えていない。


「それにしても……ザック様は随分とお疲れのようですけど、先日の戦いで余程の苦戦を強いられたということでしょうか? リュカ様は至って元気な様子ですけど」

「まあ俺も体は健康そのものだが、精神的にちょっとへこたれているというか。人生を迷走しっ放しで、どっちに足を踏み出せばいいかもわからないというか」


 一応の目的地は指し示されているが、どう進めば真っ直ぐそこへたどり着けるのか。

 魔王の力まで手に入れたのに、勇者パーティーで七転八倒していた頃から、まるで進歩がないように思える。無力感と惨めな気持ちが、また一段と深まっていく。


 するとリュカの手が俺の頭に触れ、指先で髪を梳くようにして撫でた。


「ザックは頑張りすぎなんだヨ。あたしたちの誰よりも頑張り続けて、突っ走り続けてきたんだからナ。ちょっとくらい休んだってバチは当たらねえサ。つーかあたしが当たらせねえ。誰にも文句なんて言わせねえからナ」


 そう言って、こちらに笑いかける気配。

 うん、きっとそれは良い笑顔で笑いかけてくれたのだろう。ちょっと俺からは見えないが。だって大きな大きな胸で視界が塞がっているから! 巨乳の美女に膝枕してもらうと、こんな弊害があるとは。これは【大魔導士】の慧眼でも読めまい。フヒヒ。


 いやそうじゃない。十分にバチ当たりというか、過分な労いというか、なんというか。

 ああもう、本当に――。


「本当、リュカ様はお優しいんですね。止むを得ない事情があってのことだというのに、パーティーから追放した相手をいつまでも気にかけて。安否を確かめるためにわざわざ各地を探し回ってあげるだなんて。いくらかつてのお仲間相手でも、なかなかできることじゃありませんよ」


 欠片の悪気も嫌味も感じられない口調。

 ……まあ、傍から見たって至極当然の疑問だろう。


 どうして、なんの得があって、俺にここまでしてくれるのか。そういえば、一度尋ねたきり返答を聞きそびれていた。いや、怖くて訊き直せずにいたのだ。

 今も、怒りを滲ませたリュカの声音に、高望みをしてしまう自分がいるから。


「優しいとか、そんなんじゃねえヨ。誰にだって、パーティーの他の皆にだってここまでしない。どいつもこいつも放っといたって死ななそうなヤツばっかりだけど、そういう話でもなくて。ただ、あたしが目を離したくないだけなんだ。あたしが、ザックと一緒にいたいだけなんだヨ。だってあたしは、あたしはザックのことが――!」


 ガクン! と馬車が急停車した。

 慣性によって膝枕から転げ落ち、俺は強かに鼻を打ってしまう。

 くおおおおっ。何事? 賊にでも出くわしたか?

 ……いや、いつの間にか目的地に到着したらしい。


 なんとも気まずい空気だが、扉を開けた御者に促されるがまま馬車から出る。

 そこはもう、堅牢な城壁に囲われた城塞都市デドックの門前だった。


《魔境》から運び込まれた資源を内地へ流通する、アスガルド王国の重要拠点。《魔境》への進出を目指す冒険者や、その冒険者を相手に商人も数多く集う。人が大勢集まればそれだけ、よからぬ考えの輩も集まる。


 そんな場所の統治を任される領主は、国王の信頼厚き名君に他ならない。


「よくぞお越しくださった。我ら全ての人族を救った英雄、勇者様の同胞よ」


 それこそが、精鋭の近衛兵に守られながら俺たちを出迎える壮年の男。

 厳格さが浮き出た彫りの深い顔。老いを感じさせないシャンと伸びた背筋。

 内外の脅威から辺境を守り続ける、誉れ高き辺境伯、クロード=ナグルファルだ。


「ナグルファル卿。わざわざご足労頂いての出迎え、えー、大変恐縮でございます?」

「――くっ。クハハハハ! なにを似合わぬ敬語なぞ使っておる、他人行儀な! しかし少しは元気を取り戻したようでなによりだ、ザック! 私が知る最も偉大な【冒険者】にして、我が誇らしき盟友ともよ!」


 彫刻めいた表情をすっかり破顔させ、ナグルファル辺境伯は気安く俺の肩を叩いた。

 それを見た近衛兵の反応は、仰天する者が九割で微笑ましそうにする者が一割。後者は顔馴染みであり、俺と辺境伯の関わりを知る者は限られていた。

 そんなことは気にも留めず、歳の離れた友人は笑顔で俺を歓迎してくれた。

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