第25話:『自分がやる』って真っ先に一歩を踏み出すのが、本当にカッコイイ男なのサ。


 なんとか《スタンピード》の撃退には成功したが、町は酷い有様だ。

 リュカの精霊術が降らした雨で鎮火したものの、多くの家屋が倒壊している。

 発熱も治まったマグマザウルスの亡骸周辺に住人も冒険者も集まり、今は事後処理だ。


 負傷者の治療、瓦礫の撤去、仮住居の設置……詳しい人員の割り振りなどは、チヅルが町長と進めてくれている。明日には被害のない近隣の町から支援が派遣されるだろう。撃退の報酬については後日、冒険者ギルドを通して国から支払われる。


 それはいいとして、また周りがジロジロヒソヒソと鬱陶しい。


「なんであいつは、さも自分が中心人物みたいにふんぞり返ってやがるんだよ」

「マグマザウルスを倒したって話だが、どうせ【龍霊射手】のおかげだろ」

「最初のゴーレムを吹き飛ばした一撃だって、なにかイカサマをしたに違いないわ」

「霊格も上がった様子が全くないしな。危ないことはリュカさんに押しつけて、自分は陰に隠れて立ち回っていたに決まってる。なんて姑息な野郎だ」

「町が壊れたのも、半分はあいつのせいだって話だぜ? よくもまあ、大きな顔ができるもんだ。勇者パーティーに寄生していただけあって面の皮が厚いこって」


 そんな具合に、冒険者どもが聞こえよがしに囁き合うものだから、町の住人までが俺に非難の目を向けてくる。


 ……あー、どいつもこいつもぶち殺したい。

 やろうと思えば実行できる力が今はあるだけに、自制するのも一苦労だ。

 ほら見ろ。こいつらは馬鹿だから、わかりやすく力を見せつけなきゃわからない。


 やはりリュカが親子を避難させた時点で、魔王の力を使って一人で片付けるべきだったか。しかしそれはそれで、見境をなくして町は消し飛んでいたかもしれない。いや、だからどうした? 助けてやったのに嫌な目を向けてくる、恩知らずな連中にそこまで気にかけてやる義理があるか? 力を示さなきゃわからないなら、思い知らせてやればいい。


 黒く煮詰まっていく思考は、しかし甲高い叫び声に遮られた。


「おにいちゃんをバカにするなー!」


 そう声を上げたのは、教会で助けた親子の娘だった。娘は大人たちに一斉に睨まれて涙目になりながら、服の裾をギュッと掴んで力一杯に叫ぶ。


「おにいちゃんはわたしとおかあさんを、このおっきなおっきな魔物から命がけで助けてくれたのよ? ひどいこと言わないで!」


 そう娘が訴えても、冒険者どもは鼻白んだ顔だ。身を挺すだけなら誰でもできる。称賛するに値しない。そう思っているんだろう。

 冒険者どもの態度にもめげず、娘は俺の下まで歩み寄ってきた。


「おにいちゃん。おかあさん、だいじょうぶだったよ。おにいちゃんが助けてくれたおかげだよ。ありがとう。本当に、ありがとね」

「そう、か。お母さんが無事で、良かったな」

「このお兄ちゃん、カッコよかっただロ? 『自分だってやればできる』なんて口先だけでやらない言い訳を並べる男より、『自分がやる』って真っ先に一歩を踏み出すのが、本当にカッコイイ男なのサ。よーく覚えとけヨ?」

「うん!」


 リュカと娘の微笑ましい感じのやり取りに、周囲は苦虫を噛んだような顔だ。

 俺はといえば、理由は違えど内心似たような顔になっているだろう。

 助けた相手の笑顔と感謝の言葉一つで、良しと満足することが今の俺にはできない。


 ではたとえ親子や町を犠牲にしてでも、力を誇示して周りを平伏させれば、俺は満足だったのか? それは違う、違うはずだ。そんな真似をして仲間に、リュカに顔向けができるか。だけどこれじゃあ一生報われないまま、惨めなままでなにも変わらない……。


 どうすればいい。俺はどちらを選べばいい? なにも報われない、大切な仲間から教わった技? 絶対に勝てる、邪悪な魔王の力? もう頭の中がグッチャグチャだ。


「うわああああ!? こいつ、まだ生きていやがったのか!?」


 突然だった。死んだはずのマグマザウルスが頭を上げたのだ。

 唸り声一つ上げずに無言で首を捩り、手近にいた俺に向かって噛みつこうとする。


「ハハハハ! 死ネー!」

「――――」


 完全に不意を突かれた咄嗟の、それでいて自然な反応だった。

 抜刀した大鉈を無造作に、ゆっくり線でも描くように振り下ろす。

 気づけば、赤結晶の刃が地面から飛び出し、マグマザウルスの頭を両断していた。


「ザック、今のは?」

「…………???」


 一瞬の出来事に、周りもリュカも目を白黒させる。

 一番困惑しているのは俺自身だ。今、使


 赤結晶は間違いなく魔王の力。しかし俺の体が取ったのは、メルに叩き込まれた剣術の動きだった。使い慣れた剣筋に沿って、魔王の力が現れた感覚。頭の中がグッチャグチャのまま放ったのに、未だかつてない会心の手応えだった。

 ええと、つまり、どういうこと? サッパリわからん。


 俺が唸っていると、マグマザウルスの頭から誰かが転がり落ちてきた。

 下手人と見て他の冒険者が取り押さえるが、それは意外な人物。


「ガストーのアニキ!? なにをして、今までどこに!?」

「死ネー! ザック、死ネー! ハハハハ!」


 弟分の声も聞こえていない様子で、狂ったように喚くガストー。

 こいつはもしや――俺は、マグマザウルスに使ったのと同じスキルをガストーにかけた。緑の光を浴びたガストーは、糸が切れた操り人形のように倒れる。


「ちょ、こいつ息をしてないぞ!? お前、なにをしたんだ!?」

「待て。なにかこいつの手から零れ落ちたぞ。ポーションの小瓶か?」

「これは、《氾濫の秘薬》じゃないか!? 《ダンジョンツリー》にかけることで意図的に《スタンピード》を引き起こす、禁制の魔法薬だぞ!」


【鑑定】持ちの冒険者が悲鳴半分に叫んだ。

 ギルドの講習会では、違法な薬品等を一通り見せられる。初級の【鑑定】スキルでも、過去に見た薬品と同じ代物かどうか、判別だけはつくようになるからだ。

 他からも同意する声が上がり、ガストーの容疑は決定的になる。


「つまり、今回の《スタンピード》はこいつの仕業ってことか?」

「発言から察するに、あの義手野郎への復讐が目的で?」

「そういえば、なんだか因縁があるような話だったな」

「しかし禁制の魔法薬使って《スタンピード》起こすとか、洒落じゃ済まされないぞ。無関係な町に犠牲が出てるんだ!」


 今にもガストーの死体が吊るし上げられそうな空気。

 そこへ弟分が待ったをかける。


「そ、そんなわけあるか! アニキは乱暴なところもあるけど、そんな冒険者の道に反するような真似、絶対にするもんか! そ、そうだ! それもこれも全部、アニキを陥れようとしている、そこのインチキ野郎の仕業に違いない!」

「イヤイヤ、流石にその言いがかりは無理があるだろ」

「こいつは昨夜から姿が見えなかったし、今まさにマグマザウルスをそいつにけしかけたじゃないか。こういうの現行犯って言うんじゃないか?」

「昔からろくでもないヤツだったって話だし、慕う相手を間違えたな」

「違う。アニキは、アニキはそんなことする男じゃ――」

「まあ、違うだろうな」


 俺が異議を唱えると、周りの視線が一斉に俺へ集中する。

 やめろ。変な目で俺を見るな。特に半泣きでみっともない顔した弟分。


「勘違いするな。俺にとってガストーは間違いなくただのクズ野郎だが、今回の件だけは別だって話だ。……考えても見ろよ。《スタンピード》は複数の場所で同時に起こったんだぞ。ガストー一人にできる犯行じゃない。俺に負かされたのが原因でガストーの子分はそいつ一人だけだし、そいつは昨夜からずっと俺たちと一緒にいた」


 ガストーの擁護なんてしたくないが、真犯人を野放しというわけにもいかない。

 こちらの推測が正しければ、俺やリュカとも無関係な相手でないから尚更だ。


「それにだ。さっき、俺がガストーに使ったのは【鎮魂の光】――怨念を鎮め、祓う清めの光。アンデッドに有効な神聖術で、生きている人族相手ならなんの効果もない。つまりこいつは《グール》になっていたってことだ」


 マグマザウルスに【鎮魂の光】を試したのも、あの異常な様子からアンデッド化していると踏んだから。通じなかったのは、単純に俺では力不足だったせいだろう。 


 それにマグマザウルスは脳をいじられ狂っていた。怨念が強すぎたり、完全に正気を失った死霊に【鎮魂の光】は効かない。より攻撃性の高い【浄化】で魂を消し去るか、今回そうしたように肉体を完全に破壊する以外にないのだ。


「経緯まではわからないが、ガストーは《スタンピード》を起こした黒幕に殺された後、【死霊術】で操り人形として利用されたんだろう。おそらく他にも操り人形にされた冒険者がいて、そいつらが《スタンピード》の同時発生を引き起こしたんだ。わざわざガストーをけしかけてきたのは大方、こいつに罪をなすりつけるためか」


 現に騙されかけた冒険者たちは、居心地悪そうに視線を背ける。


 ……ガストーが自分の意思で協力した後、用済みになって殺されたという線もなくはないが。そこまで断言できるほど、俺はあいつを知らない。そこは、付き合いが俺より長いのであろう弟分の顔を立てるさ。


 それは別として、俺の推測に冒険者の一人が反論する。


「馬鹿な!? たとえ殺してすぐにグール化させたとしても、【死霊術】の瘴気で肉体は即座に腐敗してしまうはずだ! こんな新鮮なグールなんてありえない!」

「普通のグールならな。こいつを見てくれ」


 俺はガストーをうつ伏せに転がし、後頭部の辺りの髪をかき分けて見せる。

 そこには真新しい、糸で縫合された切開の痕が残っていた。


「これは――手術の痕?」

「そうだ。外科手術によって腐敗防止の他、様々な処置を施されたことで、生前となんら変わらない振る舞いをする死体。死霊術と外科手術の合わせ技で創り出された、生者と区別のつかない、全く新しいタイプのアンデッドだ。今回の様子がおかしかった魔物の大群も、外科手術で頭をいじられて気が狂っていたんだろうな」


 マグマザウルスの異常発熱も、体の機能が暴走するよう無理やり改造された結果だろう。死体を調べた結果、同様の手術痕が確認できた。そういう意味では、マグマザウルスたちも被害者だと言える。

 元々《ダンジョンツリー》により、歪な形で産み落とされた魔物たちだ。それでも生かさず殺さず弄ぶようなやり方には、良い気分はしない。


 と、今度は神官らしき冒険者が口を挟んできた。


「ちょっと待ってください! 生者と区別のつかないアンデッド? そんなの、神官の私も聞いたことがありません! なぜあなたがそんな物を知っているのですか!?」

「以前にも戦ったことがあるからさ。勇者パーティーの一員だった頃にな。こいつは通称《フランケンシュタイン》。製造者は《屍造のヴィクター》――稀代の死霊術使いにして、上級魔族の《エルダーリッチ》。かつて俺たちが倒した敵だ」


 脳裏をよぎるのは、六腕リザードマンの一件。

 事件はこれからが本番だという予感に、俺とリュカは重苦しいため息をついた。

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