第24話:贋作神槍《ギングニル》――!
「グオオオオ!」
「あちゃちゃ! こいつ、どんどん熱が増していやがる!?」
親子の避難をリュカに任せ、俺はマグマザウルスの注意を引きつける。
リュカが推測した通り、マグマザウルスは明らかに俺を狙っていた。そのため、結局こうならざるを得なかったのだ。
とはいえ、今度はちゃんと勝算あってのこと。今は時間稼ぎに徹する。
しかし、思った以上にヤバイ。マグマザウルスの発熱はなおも上昇中。自分の命も顧みない異常な超高熱を纏い、家屋に突っ込んでは大炎上させていく。命を引き換えにしているだけあって、上級魔法を込めた魔法弾も通じずに燃やされる熱量だ。
放っといてもそのうち自滅するだろうが、その間に町が火の海になってしまう。
どうにか教会前の通りで持ち堪えているが、いつまで耐えられるか。外套に織り込まれた精霊の加護がなければ、熱気と煙でとっくに体がやられているところだ。
「グゴォ!」
「あっづぅ! この……!」
こいつ、頭を戦鎚みたいに直接叩きつけてきやがった!
直撃を避け、四散する瓦礫も【錬成】で造った壁で防ぐ。しかし精霊の加護越しでも、この至近距離は熱気がきつい!
このとき。せっかく距離が近いので、咄嗟に俺は『あるスキル』を試した。
かざした手から緑の光が発せられ、マグマザウルスの頭を包み込む。
しかし、マグマザウルスは全くの無反応。光に目が眩んだ素振りさえない。
「ちっ。やっぱり効かないか――む!」
地上から空に向かって放たれる、雷の矢が見えた。
親子の避難を完了し、配置についたというリュカの合図だ。
よし! 俺は《どこでも渡れちゃう君》を使い、ワイヤーで手近な家屋の屋根によじ登る。そして魔法銃の銃口を、マグマザウルスの遥か頭上に向けた。
「【ウェザー・リポート】!」
撃ち放った弾丸は、上空で魔法陣を展開。中心へ吸い込まれるように空気が流れ、瞬く間に雲が出来上がる。丁度、この小さな町全体に影が差す大きさだ。
【ウェザー・リポート】は局地的天候操作の魔法。精霊術のように空一面の気候を操るとはいかない分、ゼロから雲を発生させるだけの精密な気象操作が可能だ。それに今回は、マグマザウルスの異常発熱も味方した。暖められた空気が上昇気流となり、元々上空に雲が発生しやすい環境が整っていたのだ。
ただし、発生したのはあくまでただの雲。それ自体にはなんの攻撃力もしない、一見して戦闘には無意味な魔法だ。
それも当然。この魔法は、精霊術との連携を前提とした代物なのだから。
『神秘調律/我は汝と奏でる/天より地へ、恵みの雨を降らそう!』
リュカの詠唱がこちらにまで届く。どこまでも吹き抜ける風に似た、美しい声。
リュカに精霊術で掌握された雲が、黒々とした雨雲に変じて雨を降らす。
まだ準備段階だが、こいつはいい。これでマグマザウルスの体表が冷めれば……。
「グオオオオ!」
「って、まさしく焼け石に水かよ!」
全身から蒸気を上げているものの、体表の溶岩は全く冷めた様子がない。
むしろ、マグマザウルスの異常発熱はさらに上昇。今にも爆発しそうな勢いだ。
もうイチかバチか、義足を失うのも覚悟で突っ込むしかないか!?
「向こうがようやく片付いた! なにか助太刀は入り用かな!?」
「チヅル!」
通りの向こうから駆けつけたのは、紅刃の大太刀を携えるチヅルだった。
これは、心強い助っ人が来てくれた!
「マグマザウルスの、溶岩の熱をどうにかしてくれ! 後は俺が穿つ!」
「心得た! 然らば久しぶりに、我が《秘刀》を披露するとしよう!」
快諾したチヅルが大太刀を構えると、彼女の体から濃密な闘気が立ち昇る。
場の熱気も忘れるほど涼やかで、荒波のように激しい裂帛の気迫。
マグマザウルスもこの威圧感を無視することはできず、狙いを俺からチヅルへと移すがもう遅い。
「【秘刀・紅桜】空打ち!」
紅の太刀筋が空を裂く。
一拍の後、無数の衝撃波がマグマザウルスの全身を打ち据えた。
あの《秘刀》は本来、斬撃が桜吹雪と化して敵に刺さった後に炸裂。敵を粉微塵にしてしまう末恐ろしい技だ。
しかし今のマグマザウルスも異常な超高熱を待っている。斬撃を直接当てたのでは燃やされかねない。だからチヅルは当たる直前で斬撃を炸裂、衝撃波で溶岩の熱を剥がしたのだ。
マグマザウルスは踏みとどまって見せたが、未だ続く雨も相まって体表は十分冷めた。
「よくぞ耐えたと言いたいところだが、これは前座よ! 行け、ザック!」
「おおおおりゃああああ!」
俺は《霊闘爆連》で超強化した体で、屋根から高々と跳躍。
マグマザウルスの背中へと、義足での飛び蹴りを繰り出した。
……義足に仕込まれた機構は、義手と概ね同じ仕組みの武器だ。大気中の霊素を充填し、圧縮したエネルギーを一気に開放。一発限りの必殺技として撃ち出す。充填に費やした時間・日数に比例して威力を増す、俺の割と数がある切り札の一つだ。
義手は拳から直に、エネルギーを衝撃波に変えて撃ち込む。対して義足は、圧縮したエネルギーで内蔵した鉄杭を射出する。要は
俗に、足の力は腕の三倍。つまり足なら、義手より三倍の反動にも耐えられる。
ましてや義足から撃ち出すのは、贋作星剣と同じ《偽オリハルコン合金》の杭!
「贋作神槍《
蹴りと共に撃ち出した杭が、分厚い溶岩の鎧を砕く。
足が地面に沈み込むほどの衝撃で、マグマザウルスの巨体が大きくたじろいだ。
だが、そこまでだった。
「……グォ?」
「ハッ。『そんな短い針が効くとでも?』とか言いたそうだな。安心しろよ、メインディッシュはここからだ」
《ギングニル》は確かに溶岩の守りを貫いた。しかし、杭の長さはせいぜい30センチくらい。マグマザウルスの巨体相手じゃ、刺さっても致命傷には程遠い。
しかし、これはほんの前準備。
本命は頭上の黒雲。輪を描いて駆け巡り、増幅する雷だ!
『神秘調律/我は汝と奏でる/天を染める黒雲より、地に雷霆の咆哮を放とう!』
「気張れヨ、ザック! 《黒天の雷轟》!》」
「【錬成】!」
俺は【錬成】で杭の形状を細く枝分かれさせ、マグマザウルスの体内深くに伸ばす。
そして大鉈を高々と掲げ、黒雲からの落雷をこの身で受けた。【龍雷の加護】で受けた雷を操り、杭を通して余さずマグマザウルスの体内に流し込む!
「グォゴゴゴゴ!」
町を半分消し飛ばす規模の雷が内側だけで駆け巡り、肉も骨も炭化する。
顔中の穴から煙を吐いて、マグマザウルスは横倒しになった。
「発電器官を持つ魔物ならいざ知らず、お前は内臓にまで雷への耐性はないだろ? 手足が融けようと戦える肉体でも、骨まで炭になってしまえば動かしようがない。――不本意に暴れていたのかもしれないが、俺の【鎮魂の光】じゃ止められなかった。勘弁してくれ」
自己満足だとはわかっているが、マグマザウルスに軽く黙祷を捧げた。
杭は【錬成】で形状を戻しつつ亡骸から引き抜く。これ製作費が馬鹿高いから、回収できるならしないとなんだよなあ。
「うむ! これで一件落着! それにしても……あれほど凄まじい雷撃を一身に受けて、よくなんともないものだ。リュカの雷を受け続けて、耐性ができたとは聞いていたが」
「当然だロ。【精霊術】は自然の中の神秘と一体になることで、自分の意志をその神秘に反映させる術だ。だからあの雷にも、あたしの意志が反映されているんだヨ。――それがザックを傷つけたり、苦しめたりなんて絶対にするもんかってノ」
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