第22話:さあ、君はどうする?


『あんなB級の雑魚が勇者パーティーの仲間? なんの冗談だよ』

『アレに命を救われたとか、A級冒険者としてのプライドはないのかよ』

『所詮は女か。余程大金を貢がれたか、夜の世話だけは上手かったりしてな』

『こりゃ世界を救った勇者パーティーも、実は大したことないんじゃねえの?』


 うるさい。うるさい。うるさい声が、頭にガンガンと響く。

 わかっている。わかっている。こんな雑音に耳を貸す必要はない。俺を信じてくれる人たちの声だけを聞いていればいいと、頭では理解しているのだ。


 わかっていても、頭には不快な雑音ばかりが大きく響いてきて。

 どうしようもなく、心には嫌な感情ばかりが延々と溢れ出して。


 皆みたいに毅然と受け止めたり、冷静に受け流したりすることが、俺にはどうしてもできない。皆みたいに上手くいかない。上手くやれない。英雄らしく、立派に振る舞えない。俺だけがいつまでも無力で、無様で、薄汚くて、みっともない。

 このままじゃ皆だって、いつかは俺に愛想を尽かして、捨てられてしまう。


 …………ああ。でも、いいんだ。もう仲間なんてどうでもいい。

 そうやって、ビクビクしながら仲間の顔色を窺うことなんてない。

 だってほら――今の俺には、こんなにも力が満ち溢れている!


「アハハハハ! ぶっ飛べ、雑魚ども!」


 燃やし、凍らせ、切り刻み、魔物を手当たり次第に蹴散らしていく。

 詠唱も魔法陣も触媒も不要。ただ念じるだけで掌中の赤結晶から、火炎や吹雪や暴風が巻き起こった。上級魔法に匹敵する威力を連続で、しかも撃ち放題で!


 これも六腕リザードマンと戦った帰りに、リュカの話で聞いた魔王の力だ。

 魔王が発する『死の波動』は、魔法や精霊術といったあらゆるエネルギーも一瞬で焼き尽くし、白い結晶に変性させてしまう。そして赤く染まった結晶は、魔王の意志で自在に動くだけじゃない。結晶から、あらゆるエネルギーを生み出すことができるのだ。


 エネルギーを結晶に変え、結晶からエネルギーを生む。それはまるで錬金術の最終目標として提唱される、《元素変換マグヌス・オプス》だ。素材の分離と合成で魔法薬を作るように、分解と再構成で万物を創造する神の御業。

 オマケにどこから技のリソースを得ているのか、力を消費する様子が全くない!


「グワオ! ……グガ!?」

「どうした? ちゃんと顎に力を入れろよ。そのご立派な牙は飾りか?」


 背後から獅子の魔物に噛みつかれた。どうも魔王の力を使う間は、他の魔法や精霊術が使えないらしい。【感知】も切れているので無防備に喰らったが、なんの問題もない。牙が突き立てられた箇所を、赤結晶が覆って自動的に防御していたからだ。


 大した厚みもないのに、獅子の牙は赤結晶にヒビ一つ入れられていない。

 逆に牙を掴み、上下の顎から獅子の頭を引き裂いてやった!


「アハハハハ! 我ながらなんて理不尽! なんて反則的! まるであいつらみたいになった気分だ! こいつはいい! 最高だよ! アハハハハ!」


 炎や氷を放ちながら、拳や蹴りで敵を砕く。これだけでも俺には快挙だ。


《魔力》・《霊力》・《闘気》――これらのエネルギーは、体内で同時に練ることができない。魔法と闘気技を同時に操る、【魔法戦士】のような使い手がいないのはそのため。【聖天騎士】や【勇者】は例外中の例外だ。

 だから普通はいずれかの一芸に特化するし、俺みたいなのは器用貧乏と蔑まれる。

《魔法銃》や《霊闘爆連》も、それを補おうとした試行錯誤の産物だ。


 しかし魔王の力なら、全部ひっくるめた上により強力な攻撃ができる!

 これじゃあ、俺のやってきた努力や工夫なんて、なんの意味があったんだか!


「アハハハハ! ……ハア。本当、俺のやってきたことなんて全部無駄だったな」


 散々馬鹿にされてきた過去を思い出し、汚泥のような感情が滲んだ。その澱み濁りさえ、魔王のスキルツリーの根が啜って、禍々しい力に変えて全身を満たしてくれる。


 なんとなく、魔王のスキルツリーの仕組みが理解できてきた。

 こいつは俺が過去に味わった敗北、失敗、苦悩、挫折……あらゆる『負の経験』を養分とし、あらゆる負の感情を力に変えてくれるらしい。普通の人族にとってはなんの力にもならない、無意味で無価値な負け犬人生が、絶大なパワーの源になるのだ。


 空虚な心が破壊的な力で満たされ、突き動かされるがままに俺は戦う。


「さあ、蹂躙の時間だ! 恐怖に震え上がるがいい!」


 攻撃の余波で地面が割れ、引き千切った魔物の死体で家屋が崩れる。

 町が壊れるのも構わず、気にも留めず、俺は暴れ回った。


 ――努力して得たわけでもない邪悪な力に溺れ、暴虐の限りを尽くす。

 これは悪だ。間違っている。そんなこと、説教されるまでもなくわかっている。

 でも、それがどうした? 清く正しく頑張り続けて、それでなにが報われた?


 一度や二度の話じゃない。何度も何度も何度も何度も。躓いては立ち上がった。失敗してはやり直した。逃げるな。諦めるな。頑張れ。自分を信じろ。次こそ上手くいく。勝つまで戦え。百回駄目でも千回挑め。今日が駄目でも明日は。明日も駄目でも未来は。必ず努力は実る。いつかきっと。いつかいつかいつかいつか……。


 そんな『いつか』なんて来ないまま、俺の冒険は終わってしまったじゃないか!

 結局後に残ったのは、人生無駄にして惨めな負け犬になった自分だけで!


「どうした? まるで歯応えがないぞ。これじゃあ討伐じゃなくて害獣駆除だな!」


 なにがいけなかった。なにが足りなかった。知恵? 金? 人脈? 機運? それとも努力――あれだけ頑張ったのに!? 体の外も内もズタボロにして、手足まで失っても戦い続けたのに!? これ以上、なにをどうすれば良かったっていうんだよ!?


 ああ、わからない。わからない。馬鹿で愚図で無能の俺には全然わからない。

 そんな俺でも。一つだけ確かな答えがある。

 力だ。他のなにが足りなくても、力さえあれば大概のことが叶う。

 そして俺は手に入れた! 勇者よりも強い、この世界で一番強い魔王の力を!


「恐れろ! 平伏せ! 人も! 魔物も! 俺の強さを思い知れ!」


 力だけで英雄には、皆みたいにはなれない。そんなの当然だ。それでいい。俺は英雄になんてならない。力で手に入らないモノはいらない。夢も冒険ももういらない。


 どうせ世の中から「いないもの」として扱われ、仲間にも捨てられた挙句、第二の魔王になんてなった身だ。どう足掻いても破滅的な最後しか待っていないなら、好きにしたって構わないだろ。憎い相手をぶち殺して。嫌いな世界をぶち壊して。


 魔王らしく、気持ちよく暴れるだけ暴れて、勇者に倒されるのも一興だろうさ!





『――もー。そうじゃないでしょ? 君の、君だけの力は』





 どこかで一度だけ聞いた声が、呆れたようにぼやく。

 自分の中の歯車を、一つ引っこ抜かれた感覚。その途端に、右手から放っていた炎の制御が利かなくなった。


「あ、が、アガガガガ!?」


 炎の噴射が止まらないばかりか、勝手に勢いを増す。反動で俺の体の方がふっ飛ばされ、建物や魔物に激突を繰り返した。


 魔力も霊力も闘気も、俺は一通り扱い方を覚えている。だけど魔王の力は全く別種のエネルギーだから、制御方法がわからない。その『経験』を教えてくれるはずのスキルツリーから、急になにも伝わらなくなったのだ。


「止まれ! 止まれよ、この……!?」

「ゲゴォ――ゴバッ!?」


 黄色い肌の巨大カエルに右手を噛みつかれたかと思えば、カエルの体が爆発した。

 爆風に飛ばされた俺はステンドグラスを突き破り、大理石の床を転がる。どうやら教会の中に突っ込んだらしい。


「げほっ。《バーナーフロッグ》のガスに引火しやがった、か」


 体内で可燃性ガスを生産し、火炎放射を吐く巨大カエルの魔物だ。

 ガラスで多少肌を切ったものの、体に大したダメージはない。

 だけど、醜態を晒した屈辱で精神的には死にたくなる。


「くそが! なんてザマだ!」


 魔王の力まで得たのに、この醜態はなんだ。

 なぜこうも上手くいかない。上手くやれない。なぜ、こんなにも俺は駄目なんだ。

 俺だから駄目なのか? なにをしても、どんな力を得ても、所詮俺は無能のままだと!?

 行き場のない苛立ちから床を殴っていると、足音らしき地響きが近づいてきた。


「グゴアアアア!」


 壁をぶち抜いて咆哮するのは、巨大で凶悪な面構えをしたトカゲ頭。《暴竜ザウルス》――《飛竜ワイバーン》と対を成す「陸の亜竜」だ。


 ハ、ハハッ。丁度良い。今の醜態を払拭するには格好の大物じゃないか。

 俺は右手で圧縮した火炎を握り、暴竜に向けて……!


「ママー! ママー!」


 いつからそこにいたのか。いや、俺が見落としていただけだ。

 頭から血を流してぐったりとした母親と、それに縋りついて泣く娘。

 祭壇に身を隠していたらしい親子が、暴竜の眼前で動けずにいる。


『さあ、君はどうする?』

「――――っ」


 咄嗟に、俺は右手を裏返していた。

 逆方向に噴き出す火炎が、推進力となって俺の体を飛ばす。

 間一髪で親子の前に割って入り……代わりに自分が、暴竜の顎に捕らえられた。

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