第21話:あれ? 俺、なにかやっちゃいました? ヒック。


「クソクソクソクソ! この、クソがぁ!」


 宿の冒険者たちもすっかり寝静まった深夜。

 宿駅から大分離れた林の中で、木を蹴りつけながら悪態を吐く人影が一つ。

 ガストーだ。鎧は身につけておらず、両手剣が木の幹に食い込んだまま放置されている。癇癪で周囲の木を斬りつけたらしき痕が残っていた。


 彼にとって、今宵はまさに人生最悪の夜だった。

 憧れの先輩冒険者に出会えたというのに、彼女からの覚えは最悪。挨拶も軽く流された後は全く相手にされず、おかげで他の冒険者にまで腫れ物扱いされる始末。


 原因の大半は、弟分のルーフゥが余計な口を滑らせたせいだ。ザックを「私の英雄」などと呼ぶチヅルに文句をつけ、その際にザックとの関係についてもバラしてしまった。結果、彼女からの印象は地の底にまで落ちた。

 しかしガストーの怒りは、そもそもの元凶であった同郷の男に向けられている。A級冒険者に昇格して順風満帆だったはずが、つまらない過去を蒸し返されて台無しだ。


「憎いですか? あの男……ザックが」

「あん? 誰だ、お前」


 唐突に声をかけられ、ガストーは振り返る。

 そこにはフードで全身を覆い隠した、見るからに怪しい人物が。


「わかります。わかりますとも。あの男はとんだ卑劣漢です。自分ではなにもできない無能の分際で、英雄たちにチヤホヤと庇護されて。英雄から与えられた武器や道具を、さも自分の力であるかのように振りかざす。そのような不正極まる手段で負かされ、不当に名誉を貶められたとあっては、さぞ悔しいことでしょう」

「――――」


 くぐもった女性らしき声が、ガストーの境遇に心底同情するかのように言う。

 ガストーの内心では「そうだとも!」という同意の声と、「本当にそうか?」という疑問の声が同時に上がった。


 確かにわけもわからぬままに叩きのめされ、決闘の勝敗には納得していない。

 しかし最後の激突の際、ガストーは感じたのだ。ザックの目に。ザックの技に。口先だけの虚勢ではない、自分以上に高く積み上げられた、確かな『経験』の重みを。愚図と見下していた男が、目を見張るほどに強く成長したことを。


 その屈辱を受け入れられない、認めたくないがための苛立ちだった。

 しかし第三者の的外れな見解を聞くことで、怒りで煮えていた頭がいくらか冷える。


「このまま、あのクズを増長させてはいけません。化けの皮を剥がし、皆の目を醒ましてあげなくては。そこで私に計画があるのですが、ご協力頂けますよね? まず……」


 だからフードの女の甘言にも、ガストーは惑わされなかった。

 話の内容をしっかり咀嚼した上で、冷静に判断を下す。


「では、勿論引き受けて頂けますね?」

「ああ。――これが返答だ、間抜け」


 唾を吐くと同時、ガストーは木の幹に刺さった両手剣に手をかける。

 そして引き抜いた両手剣を、フードの女へ斬り下ろした。鋼の刃が、肩口から心臓の辺りまでを一息に割る。鮮血がフードを濡らし、足元の草にボタボタと滴った。頭のフードが外れると、素顔は銀髪の結構な美人だ。


 少々惜しい気もしたが、を持ちかけてきたからには外道の輩。即座に斬って捨てるのが吉だろう。


「馬鹿め。いくらあいつに恨みがあるからって、誰がそんな悪事に手を貸すか……!?」


 倒れるどころか、逆に掴みかかってきた女にガストーはギョッとなった。

 体は左右に割れて断面が覗く、どう見ても致命傷。だというのに元気なばかりか、細腕からは信じられない腕力で頭を掴まれた。


 闘気や魔力は感じず、かといってザックの得体が知れない力ともなにか違う。

 なにより、触れた手が死体のように冷たい。


「こいつ、《グール》か!? いや、そんなはずは。


 未経験の事態に対する動揺。その遅延は致命的だった。

 ゴキン、と鈍い音が鳴る。闘気技で対応する間もなく、怪力で首が一回転。首の骨を捻じり折られ、ガストーはあっけなく絶命した。


「――馬鹿が。引き立て役どもは黙ってぼ……私に従えよな」


 そう呟いたのは、木陰から現れたもう一人のフードの男。いや、声からして少年だろうか。癇癪を起こした子供そのものの様子で、ガストーの死体を何度も蹴りつける。


「まあ、いいや。君にはせいぜい、汚れ役を務めてもらおうか。この私による、真の英雄譚を始めるためにね」


 にやついた調子の声で言い、少年が屈み込む。

 肉を抉る音。なにか器具を動かす音。そして腐臭の混じった瘴気が漂う。

 やがて、息絶えたガストーの指先が、ピクリと動いた。









 翌朝。俺たちは早馬の知らせに叩き起こされた。

 街道の先の町に、《スタンピード》で発生した魔物の大群が迫っているというのだ。


《スタンピード》とは《ダンジョン》が起こす魔物の過剰大量発生である。


 まず、ダンジョンの魔物はそこで生態系を築いているわけではない。ダンジョンの中核である魔性の大樹、《ダンジョンツリー》が、成熟済みの個体を絶えず産み落としているのだ。人族がいくら周囲を開拓しても、地下深くの《龍脈》から神秘を吸い上げ、ほぼ無尽蔵に魔物を発生させる。


 人族にとっては、内地でも色濃い神秘の宿った素材を安定して確保できる貴重な資源地。しかし魔物を狩らずにダンジョンを放置していると、ダンジョンツリーは膨大な数の魔物を一斉に生産。溢れ返った大群が近辺の町や村を襲うのだ。

 従って大小を問わず、ダンジョンでの定期的な狩りは冒険者の義務となっている。


 しかし辺境伯配下の巡回兵が、複数箇所でスタンピードを確認したとのこと。

 標的となった町の一つへ、俺たちは援軍として急行することになったが――


「どういうことだヨ? 在住の冒険者と衛兵が防衛線を張って持ち堪えてるって話だったけど……こいつぁ、完全に修羅場だゼ?」

「それがなあ。他の場所で発生したスタンピードの大群が、途中の村や町を無視してこっちに合流したらしくてな。在住の冒険者と衛兵ではとても人数が足りず、防衛線も突破されてしまった。住民は町の外に避難させたそうだが、それも完璧ではないようだ」

「逃げ遅れがいるかもしれないわけか。厄介だな」


 俺たちが到着した頃には、既に魔物の大群が町中で暴れ回っていた。


 こちらが宿に泊まっていた二十人足らずに対し、魔物の数は三百近く。つまり十数倍の差があった。その上《魔境》に近いこともあって、一体一体がB級以上の強さ。なお魔物の階級は、同じ階級の冒険者が一対一で勝てるかどうか、という基準だ。


 この場の冒険者は半数以上がA級だが、俺たち三人以外は腰が引けている。

 冒険者は階級が同じでも霊格の差でピンキリ、特にA級以上は天井の抜けた魔窟だ。ここにいる大半は才能があっても場数の足りていない、ガストーの同類なのだろう。……そのガストーが昨夜から姿を見ないのだが、今は気にしていられない。


(これもリザードマンのときみたいに、あの魔女の差し金カ?)

(どうかな。魔王の力を引き出させるためにしては、逆に不足だと思うが)


 声に出してはチヅルに聞き取られかねないため、アイコンタクトでのやり取りだ。


 魔族には、意図的にスタンピードを引き起こす秘薬がある。人間の【錬金術】でも精製が可能なため、製法が秘匿されている禁制品だ。

 タイミングからしてローズの企みという線もありそうだが、憶測の域を出ない。


「それでどうする? 百までは私が受け持てるが」

「あたしも百は余裕、って言いたいところだけどナ。この場合、【感知】使って逃げ遅れの保護と避難誘導に回った方が良いカ。曇天だったら一網打尽も狙えるけど、今日は快晴だし、そもそもアレは町中じゃ使えねえし――って、ザック!?」

「下がってろ」


 二人を退けて進み出た俺は右手の中、血のように赤い結晶を握り潰す。

 すると右手が勢いよく発火。こちらに気づき、突進してくる巨体の魔物に向けて、俺は炎に包まれた拳を突き出した!


 撃ち出される火柱。相手は燃える岩の巨人。起こる大爆発。

 一戸建てほどはあろう《火山岩ゴーレム》が、その一撃で上半身丸ごと消し飛んだ。


 振り返れば、目が飛び出しそうなほど驚いた顔の一同。俺の実力を疑わしく思っていたヤツ。俺の霊格から露骨に見下していたヤツ。俺がリュカやチヅルの隣に立つのを、忌々しそうに見ていたヤツ。どいつもこいつも間抜け面を晒している。

 すっかり気分が良くなり、笑えてきた俺は白々しく首を傾げて見せた。


「あれ? 俺、なにかやっちゃいました? ヒック」

「ちょ。まさか酔っぱらってるのカ、ザック!?」

「そういえばお主、朝も杯を傾けていたが……まさか一晩中呑み続けていたのか?」

「らいじょぶ。今の俺、最強だし。じゃ、ザックいっきまーす!」


 言うだけ言って、俺は魔物の大群のど真ん中へと突撃した。

 この、俺だけに与えられたとびっきりの暴力を、存分に堪能するために。

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