第19話:久しいな、私の英雄!
ローズの言う《神樹ダンジョン》があると思しき、六つの流星が飛んでいった先。
そこを目指すためにまず俺たちは、馬車で移動する商人の護衛依頼を引き受けた。護衛ついでに、馬車に同乗させてもらおうという魂胆だ。
しかしそこそこ快適な旅になるはずが、車内の空気は最悪だった。
「――で、なんでてめーらが同じ馬車に乗ってんだヨ?」
「お前らのせいだよ! そこのインチキ野郎に負けたせいで、薄情な町の連中はガストーのアニキを白い目で見るようになってさ! アニキは町にいられなくなったんだ!」
「お前は黙ってろ、ルーフゥ!」
「…………」
ガストーと、弟分らしきバンダナ頭が相乗りになってしまったのだ。
バンダナ頭の発言からして、他の取り巻きには全員逃げられたらしい。
ガストーは怪我こそ治っているが、甲冑と剣は粉々になったため、上等な鋼鉄の鎧と剣を新しく装備している。純粋なヤマトの品ではなく、あくまで「ヤマト風」だったが、もしかしてオーダーメイドしたお気に入りだったのだろうか。
腸が煮えくり返っているという顔だが、目を合わせようとしない。小さい頃から見下していた俺に、散々痛めつけられた挙句に完敗したのが余程応えたと見える。
「ハッ。ざまぁ」
「こ、の野郎!」
「黙れと言ったぞ、ルーフゥ!」
掴みかかろうとした弟分を拳骨で制止し、ガストーはそれっきり黙り込む。
俺としては今の一言が全てだ。魔王の力を使ったことも含め、反省も後悔も皆無。
それにガストーの目は俺を恐れこそすれ、罪悪感や負い目といった感情はない。つまり過去の所業については、何一つ悪びれる気がないということ。実に結構。謝罪で水に流そうとされでもしたら、今度こそ死ぬまで殴り倒すところだ。
手遊びに【大魔導士】お手製の知育パズルを弄りながら、それとなく隣を窺う。
リュカは俺の態度を咎めるでもなく、肩を竦めて見せるのみだ。
「そっちの行き先は? てめーらがどこで再出発しようが興味ねえけど、さっさと途中下車してもらって、今生の別れにしたいところだゼ」
「ケッ! このナグルファル領で、A級冒険者が向かう先なんて言ったら一つしかないだろ! 《魔境》へと続く玄関口の港町さ!」
目的地まで同じとわかり、俺たちはげんなりした顔になる。《神樹ダンジョン》へ向かうには、流星の方角からして《魔境》に出る必要があったのだ。
俺たちが生きる《リヴスラシア大陸》のうち、人族の生存圏はその半分にも満たない。
大陸自体が広大であること。中央から西側を占める外界《魔境》の開拓の困難さ。
しかし一番の要因は、魔境との共存が、人族の繁栄に不可欠だからだ。
魔境のような神秘が色濃い土地は、人間が生存・居住するには厳しい。逆に人間が生活可能なほどに開拓された土地では、色濃い神秘が育まれない。
現代の人族社会に、色濃い神秘を宿す魔境の資源は必須だ。そして危険な魔境に足を踏み入れ、資源を回収するには、ただ強いだけの戦士では成り立たない。戦闘力と探索力を兼ね備える《冒険者》という職業は、こうして誕生した。
「ガスなんとかはともかく、バンダナのてめーは階級足りないんじゃねーノ?」
「フン! 霊格が90以上のB級は、A級同伴なら境界線の近辺まで出られるのさ! 僕はそこのインチキ野郎とは違う! 魔境で正当に経験を積んでレベル100を超えて、アニキの右腕として本当の冒険に繰り出すんだ!」
危険と神秘で満ち溢れた魔境を探索。希少な資源の回収、強大な魔物の討伐で一獲千金。これこそ一般的冒険者の本懐と言っていいだろう。
しかし魔境の奥深くへ踏み込めるのはA級以上の冒険者のみ。『B級以下は二流』などと揶揄される理由もここにある。勇者パーティーの一員だった頃の俺は顔パスだが。六腕リザードマンの一件でA級認定を勝ち取っといて正解だったな。
それにしてもここまでついてくる辺り、バンダナ頭は心からガストーを慕っているらしい。正直不快だが、仲間の背を追いかけていた頃の自分とどこか重なる。なんとなく、口を挟む気は起こらなかった。
……それから二日間。終始空気が悪く、空気を読まないバンダナ頭がキャンキャンうるさい以外は、特に何事もなく馬車は街道を進む。
俺たちのいるナグルファル領は、魔境と人族領のまさしく境を守る防衛線の一つだ。
魔境への出入り口であると同時、魔境から運び込まれた資源を、大河で内地に運輸する貿易港でもある。そのため多くの冒険者と商人が集まる重要拠点だ。
長い山脈が魔境との間を隔てており、それに沿ってこの街道は続いている。
ある『名物』の存在もあって、ここは通行量が非常に多い。そのため、街道には旅人向けに『宿駅』が点在していた。宿泊は勿論、次の宿駅まで利用できる馬の貸し出し、付近の村から持ち込まれた作物の販売もやっている、旅人には有難い施設だ。
――その宿駅に一泊するべく立ち寄ると、なにやら一階の酒場が騒がしい。
「なんの人だかりだ? 周りの歓声からして、力比べの腕相撲みたいだが」
「冒険者にはよくあることだけど、この盛り上がりようはそれだけじゃねえナ」
「アニキ、アニキ! 一大事ですよ! ここ、あの《彼岸の桜花》チヅル=ソメイヨシノが宿泊しているんです!」
「なに!?」
小柄を活かし、人込みの下から潜り込んで様子見してきた弟分の報告に、ガストーの目が輝く。歓喜と興奮で鼻の穴がちょっと膨らんでいた。
こいつこんな、英雄の仕草一つににいちいち黄色い歓声上げる追っかけみたいな顔ができたのか? 気持ち悪っ。
なんだか今までこいつに抱いていたイメージが、ガラガラと音を立てて崩れた。
「なんだてめー、チヅルのファンなのカ?」
「なに気安く呼び捨てにしてるんだよ! チヅル=ソメイヨシノはA級冒険者の中でもトップクラスの実力者! 得物の大太刀を振るえば、魔物の首は飛び血の花が咲き乱れる豪傑の女武者! そしてアニキにとって目標であり憧れの人なのさ!」
「お前はもう本当に黙れ、ルーフゥ!」
今度の拳骨は、弟分の体を腰まで床板の下に埋めた。しかし羞恥で頬を赤く染めた怒り顔にはまるで迫力がない。
なるほど。俺たちの故郷は《ヤマト》に比較的近い東方に位置していた。だからヤマトの勇猛な【武者】の逸話も耳に届いており、憧れを抱いても不思議じゃない。ヤマト風の甲冑と片刃の両手剣も、それが理由か。
しかし気安くもなにも、リュカはS級認定された勇者パーティーの一員なんだが。
そもそもチヅルとは――と、腕相撲が決着したらしき歓声。
「ハッハッハッハ! 足りぬ足りぬ! 筋肉も根性も鍛え直してくるがいい! さて、私に挑む者はもういないのか……おや?」
相変わらずの豪快な笑い声の後、サッと人込みが二つに割れた。
特に威圧したわけでもない、しかし白刃で貫くような彼女の眼差し。観衆がまともにそれと相対できず、自然と左右に退いたのだ。
色艶からして俺とは別次元の、長い黒髪。儚さとは無縁の、しかし美しく研ぎ澄まされた長身。花の刺繍が派手な紅の和装。男以上に女受けする凛々しい顔。
《彼岸の桜花》チヅル=ソメイヨシノ。彼女の表情がパアッと笑顔で華やいだ。
遮蔽物もなくその直撃を受けたガストーは、陸に打ち上がった小魚のごとく口をパクパクさせる。
「アニキ! ヤバイですよチャンスですよ! これは、チヅル=ソメイヨシノが一目でアニキの才能を見抜いたとかそういう感じのアレですって絶対!」
「お、おう。あの、オオオオ俺はガストーと言いまして……」
「ザック! ザックではないか! 久しいな、私の英雄!」
しかし悲しいかな。席を立ったチヅルは、自己紹介するガストーの横を素通り。
満面の笑顔で、まるで親戚の子供にでもするみたいに俺のことを抱き上げた。
「本当に久しぶりだな、チヅル。相変わらず元気そうでなによりだ」
「オイオイ、そういうお主は随分と元気がないではないか! 吹雪の日も雷雨の日も元気に駆け回る
「あたしは無視かヨ!? つーか、いい加減にザックを離せってノ!」
和気藹々と騒ぐ俺たちに、ガストーを始め他の一同は完全に置いてけぼりだ。
やがて、勇気ある一人が挙手してチヅルに尋ねる。
「あの、チヅル殿? その男は一体どなたで? 私のエイユウ、とかなんとか」
「うむ! よくぞ聞いてくれた! この男こそ、彼の名高き勇者パーティーを陰から支えた知られざる七人目! 皆も知る《百剣大蛇》との戦いでは、私の命を救ってくれた大恩人! 愉快風来の冒険侠こと【冒険者】ザックだ!」
シン、と場が静まり返った。俺を掲げたままでやるのは勘弁して欲しい。
チヅルの言う通り、俺たちはかつて《百剣大蛇》なる強大な魔物との戦いで共闘した仲だ。そしてなんやかんやあって、俺は特に彼女から気に入られていた。結果的に命を救ったのも事実だが、「私の英雄」は流石に大袈裟だろう。
しかし、やはり霊格を理由に、突き刺さるのは不審・懐疑の目。
またこれだ。あと何百回繰り返せばいい。この先、一生か?
――もう面倒だし、全員ぶち殺そうか?
「あ、ひっ」
「かは、ぺ」
何故か。突然、酒場にいる冒険者たちの半数が白目を剥いて倒れた。
残りの半数も青を通り越した真っ白な顔で、身を寄せ合いながら壁際に後退する。
闘気も霊力も感じなかったし、リュカやチヅルが威圧したわけでもないはずだが。
というか、俺を降ろしたアヤカもなにやら絶句している。
首を傾げていると、リュカに頬をゆるく引っ張られた。
「ザック。また怖い顔してるゾ。……ほら、笑って?」
よくわからないが、リュカに悲しい顔をさせるような真似をしてしまったらしい。
俺は彼女に指で口元を引っ張られるがまま、ぎこちなく笑みを作った。
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