遅咲き冒険者の七星光芒(セプタ・グラム)~俺が脱落した後、勇者パーティーは何事もなく魔王を討伐しました。今更もう遅い覚醒から始まる、最強最悪最高の大冒険~
第18話:あれだけ壮大な前フリされて怖気づくようじゃ、冒険者の名が廃るだロ?
第18話:あれだけ壮大な前フリされて怖気づくようじゃ、冒険者の名が廃るだロ?
《薔薇の魔女》との邂逅から三日後。
窓から差し込む日差しで、また徹夜してしまったことに気づく。
ここは宿の一室。俺は床に腰を下ろし、ポーチに収納された魔道具類を広げていた。どう見てもポーチの大きさに収まらない量だが、ポーチ自体も魔道具なのだ。
空間拡張の神秘が施された道具袋や収納箱は、冒険者にとって最も馴染み深い魔道具と言っていいだろう。安い物なら、手提げ袋の大きさで背嚢並み。俺たちが所持するポーチは、B級以下の稼ぎではなかなか手が届かない額で、荷馬車くらいの収納がある。
モネーが背負う機械の箱、《発明品なんでも収納ボックスくん》に至っては、港町にあるような大型倉庫のなんと複数分。【錬金学士】の恐るべき才能が窺える代物だ。
『神秘演算/我は汝に命じる/天地を定める重力の楔で、我が敵を沈めよ!』
「【グラビティ】、と」
展開した魔法陣が効果を発揮する寸前、弾丸の中に吸い込まれる。
今やっているのは《魔法銃》の弾、すなわち《魔法弾》の補充だ。
俺はグレイフの教えで、魔法式の構築に関しては一定以上の技術がある。しかし戦闘の実績がないために【魔法】スキルは初級止まり。神秘による補助が低いため、真っ当な【魔導士】に比べて魔法式の構築速度が遅い。とても実戦で運用できないレベルだ。
だからこうして、平時に予め魔法弾の数を常に揃えて置く必要がある。
「流石に、一旦一呼吸入れるか。――スォォォォ」
精霊術の呼吸。魔力をあらかた使い切った体に、急速に霊素が充填されていく。
この呼吸法のおかげで、俺はA級冒険者と比較しても、霊素の自然回復速度が非常に高い。怪我の治りもかなり早く、霊格では仲間に劣りながらも、過酷な魔王討伐の旅に長い間同行できた要因の一つである。
しかし、体内に保有できる霊素の最大値はB級相応のまま。全て魔力に変換したとして、単純な上級攻撃魔法を一発撃てるかどうか、という量だ。いくら自然回復が速いとはいえ、一発ごとに全回復までなにもできません、では話にならない。
そこで役に立つのがこの《魔法銃》だ。弾丸に予め魔法をストックすることで、戦闘時に魔力を消耗することなく上級魔法が使用可能。自然回復の速さも活かし、余程の乱発をしない限りは早々使い切らない程度の数が確保できている。
それに発動直前までの工程を事前に済ませているため、隙が少ない上に魔法の内容を読まれ難い。有効射程の短い魔法も遠くに飛ばせる、と利点も多かった。
「ンゥ……」
やたら色っぽく、悩ましい寝息。
呼吸法を続けつつ背後に視線を向ければ、リュカがベッドで寝返りを打っていた。
『宿代の節約』『部屋を別にすると、勝手にいなくなりそうだから』などと言って、強引に同室での宿泊にされてしまったのだ。パーティーで大部屋に雑魚寝、というのは珍しくなかったが、男女二人はマズイだろうに。
ちなみに『昨夜はお楽しみでしたね』的なことはない。頑としてベッドはリュカに譲り、自分は床に野営用の寝具を敷いて寝たから。ヘタレとか言うな。
しかしシーツを盛り上げる双子山と、シーツからはみ出た太ももの艶めかしさよ。寝ぼけた頭への目覚ましにしては、刺激が強すぎる。
「リュカとの連携を考えるなら、『あの魔法』も補充しとくか」
邪な感情を誤魔化すようにわざとらしく声を上げて、次の弾丸を用意する。
今度は弾丸の周囲に六枚、真っ白なカードを配置した。この《
俺の手元から魔法式の線が伸び、カードに接続。カードの魔力で展開された魔法陣が紫に輝き、互いに魔法線で繋がり多重魔法陣を構築していく。
こうすれば、俺の保有魔力量を超えた上級魔法も展開できるというわけだ。魔法式の構築がやはり悲しくなるほど遅いので、戦闘の最中にこの手法を利用するのは難しい。ここでも、魔法を予めストックできる《魔法銃》の弾丸が便利だった。
『神秘演算/我は汝に命じる/天を我が手に掌握し――』
詠唱する喉が鉛を飲んだように重く、額から顎まで汗が伝う。
道具で少ない魔力を補っても、魔法式の演算に伴う脳への負担ばかりは軽減できない。
そもそもなぜ高位の魔法式を構築できるのかといえば、ひとえに【大魔導士】様の教育の賜物だ。それにグレイフとの協力魔法で、実践する機会にも恵まれた。
《スキル》は身につけた技術に神秘の恩恵を与える奇蹟だ。実績なくしてスキルは開花しないが、スキル抜きでも技術自体は習得できる。スキルのあるなしでは、威力にも効率にも雲泥の差があるとはいえ、この通りやりようはあるわけだ。
……《魔法銃》といい《空白カード》といい、モネーとグレイフの発明に依る部分が大きいせいか、これで魔物を倒しても経験値の入りは少なかったが。
「まーた徹夜かヨ。根詰めすぎるナ、って言ったのに」
「ほあぁ!? 魔法の展開中に不意打ちはやめろって!」
いつ起き出したのか、背後からリュカに体重を預けられて心臓が止まりかける。
特に! 背中にムギュッと押しつけられたやわもちの感触が! 心臓に悪い!
うっかり手元が狂ったらどうしてくれるのか。いやこの魔法は効果上、ここで暴発してもなにも起きないのだが。
「ちゃんと安静にしろって何度も言ってるのに、聞きやしねーんだからナ。まだ《霊闘爆連》の反動も抜け切ってねえだロ? 傷の治りは早くても、骨格や筋肉の歪み、血脈と神経の乱れは簡単には戻らねえんだからヨ」
リュカの両腕が俺の体に回され、温かいモノが流れ込んでくる。
湯に浸かって、血管が開いていくような心地よさ。技の反動で歪み、乱れた肉体を、リュカが精霊術を通じて整えてくれているのだ。
ガストーとの決闘で【偽・雷電一閃】を使った際の雄叫び。アレはウサギ直伝の、身体機能を瞬間的かつ爆発的に強化する闘気技の呼吸法だ。雄叫びによって闘気を奮わせ、全身の血肉を活性化させる体術。
一気に大量の霊素を取り込む精霊術の呼吸と併用すれば霊格以上の、A級にも匹敵する身体能力を発揮可能だ。しかし持続時間はごく短く、肉体にかかる負荷は甚大。【激昂昇華】に比べれば、効果とリスクがまるで割に合わない。
それが俺の我流で編み出した《霊闘爆連》。強者には無用の長物。弱者の見苦しい悪足掻きから生まれた、愚鈍の技だ。
「悪いな。リュカには昔から面倒かけっ放しで」
「謝るくらいなら無茶を減らしてくれってノ。まあ、あたしの手が届かない場所で無茶されるよりはいいけどサ。……ふふっ」
「? なんだよ、今度は急に笑って」
「いやナ? こういうやり取りも、本当に久しぶりだと思ってサ。ザックがアレコレ準備したり鍛練しているところに、こうしてお邪魔する感じ」
俺の肩に頭を乗せ、頬を擦り合わせながらリュカは笑う。
「あたしは、こうしてザックが頑張っているところを傍で見るのが好きだヨ。力を他人に見せびらかすんじゃなくて、力を磨くことが心底楽しいって笑顔が」
――それは、俺の無様な姿が滑稽だったと馬鹿にしているのか?
危うく喉元まで出かかったその言葉を、俺はどうにか呑み込んだ。
わかっている。リュカにそんな悪気はない。むしろ俺の努力を認めてくれているからこその発言だと、頭では理解している。
それでも。俺の胸に込み上げるのは、触れ合う頬の感触さえ気にならないほどの、どうしようもない苛立ちと不快感だった。
確かに最初の頃は俺も、鍛練や準備といった努力を苦にしなかった。積み重ねた時間の分だけ報われると、パーティーの助けになれるはずだと疑わなかった。
しかし、現実はそう甘くない。やり方が間違っていれば、成果が出なければ、積み重ねた全てが努力ではなく時間の浪費に終わる。正しいやり方を、報われる方法を探し回って悩んで足掻いて。どんなに頑張っても、一度だって上手くいかなくて。
報われもしない作業の繰り返しが、いつしかただ苦痛なだけになっていた。
……ああ、そうだ。なんで俺は、今もこんな意味のない作業を続けているんだ?
今の俺には魔王の力がある。もう、報われる保証もない努力なんて不要なのに。
そう思いながらも習慣になっていたせいか、作業する手は止まらない。
魔法弾は良し。後は、義足の整備でもするか。
「義手の調子はもう良いのカ?」
「ああ。やっぱり半年近く整備をサボッたせいでガタガタになってたが、一度分解してしっかり組み直したし。義足もそうして、もう一度装備を見直したら準備も完了だ」
「本気であの魔女の口車に乗る気カ? あいつ勿体ぶるだけ勿体ぶって、結局肝心なことはなんにも話さなかったゼ?」
「そうだな。でも、俺はどうしても知りたい。あいつの言う『真実』を、確かめなくちゃって気持ちがあるんだ。リュカが、無理についてくる必要は――」
「冗談。あれだけ壮大な前フリされて怖気づくようじゃ、冒険者の名が廃るだロ?」
ニヤリ、と挑発的にリュカは笑う。
全く、変なところばかり昔の誰かさんに似てしまって『ガチン』。
「あ」
「わっ!?」
余所見をしながらいじったせいで手元が狂い、義足に仕込まれた機構が暴発。
リュカも巻き込んで体が宙に跳ね上がり、ベッドの上に着地した。
リュカと折り重なるように……顔が、やわもちの双子山に埋もれて……っ。
「バ、バ、バカァァァァ!」
今朝もまた、盛大に雷鳴が轟いたのであった。
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