第16話:また会えて嬉しいわ、二人とも


 最後まで不満そうな顔の野次馬どもを捨て置き、俺たちはギルドを後にした。


 登録しに来たのが早朝だったとはいえ、ダンジョンの往復でそれなりに時間を費やしたため、今は夕方だ。デートするにも、少しばかり遅い時刻だろう。

 しかしリュカにせがまれ、せめてと件の喫茶店へ足を運ぶことになった。


「ん~っ。うまっ。あまっ。やっぱスイーツは心の清涼剤だナ。ムカムカすることばかりの一日だったけど、胸がスッと軽くなった気がするゼ」


 丸テーブルの向かい、リュカはニッコニコの笑顔でケーキに舌鼓を打つ。

 やっぱいいなあ。普段の勝気な笑みもいいけど、今の完全に女の子してるって感じの笑顔もまた。可愛い。いや常日頃から可愛い人だけども。


 あと胸が軽いのは、体重預けたテーブルの上に乗せているからかと。いや、なんと豊かで張りがあって美味そうなやわもちメロン――こっちの視線に気づいているジト目!


「あー。このフィッシュフライサンドも結構いけるな。甘辛のソースが、野菜と玉子にもいい感じにマッチしてる」

「ああ、それも美味かったゼ! けど改めて、料理って不思議なモンだよナ。川を泳ぐ魚に。空を飛ぶ鳥の卵。大地で育った野菜と麦。生きる場所も在り方もバラバラのモンが合わさると、一つ一つじゃできない新しい味わいが生まれる――なんだか、あたしたち勇者パーティーみたいだと思わねえカ?」

「秒で平らげてデザートに移ったとは思えない、なんか深い感じの台詞が出たな……というか、ケーキおかわりし過ぎ。太る、はリュカなら心配ないだろうが、お金の方は大丈夫なのか? ただでさえ、【精霊術】は強い触媒の調達に金がかかるのに」


 一応の夕食を兼ねてサンドイッチも頼んだのに、明らかにケーキの割合が多くなっている。いくらケーキセットの選べる菓子が一口サイズとはいえ、既にセット単位でいくつも注文していた。


 龍人のリュカは人間より肉体の燃費が高いため、よく食べないとガリガリに痩せ細るまである。それで胸や尻に適度の脂肪を残すことで、このスタイルを維持しているのではないか――というのは、モネーが悪ふざけで提唱した仮説だったか。


 これには、メルが大分食いついていたっけか。あいつもスタイルは十分良いんだが、リュカやウサギと比べるとどうしてもボリュームがなあ。モネーの幼女体型と比較して優位取っても、虚しくなるだけだろうし。


 今度はジト目が飛んで来ない。というか、リュカはわかりやすく目を泳がせていた。


「リュカ?」

「いやー、アハハ。実は魔王との戦いで、貯め込んでた希少な触媒を、全部使い果たしちまってナ? それを補充するのに、魔王討伐の報酬はもうほとんど使い切ってたりして。後はその、ザックが一向に会いに来ないから、やけ食いと大人買いをちょびっと」

「それむしろ後半が主だよな? まーた後先考えず趣味に金を突っ込んだのか! 俺もあまりとやかく言えないが、もうちょっと計画性持てよ!」

「しょ、しょうがねーだロ!? 都会でアレコレ楽しむには金がかかるんだヨ!」


 俺も趣味に金を費やす方だが、リュカは俺でも呆れ返るほどの浪費家だ。


 自力でよく稼ぐが、稼いだ先から使ってしまう。精霊術に必須な触媒の調達だけでも、内地では金が要る。そこに趣味での浪費が重なり、彼女の蓄えは常にギリギリ。俺たちパーティーの仲間に借金まである始末だ。

 ちなみに、俺に対する借金は未だ全額は返済されていない。


「全く。なんでこんな金遣いの荒い子になっちゃったんだか。出会った頃はもっとこう、未開の森で暮らす神秘的な少女、って感じだったような」

「なっ、それはザックにも責任があるだロ!? なにも知らない、いたいけな田舎娘のあたしに、あんなことやこんなことを教え込んで! あらゆる(食や娯楽の)快楽漬けにして、もうソレなしじゃ満足できない体にしたくせに!」

「言い方ぁ! というか俺はただ、店に入りづらそうにしてたリュカの案内をしただけだったような」

「誰がビビッてたって!? ……いや、そうだナ。今だから白状するけど、あたしはビビッてたんダ。自分が望んで里から飛び出したっていうのにサ。里でも居場所がなかったあたしにとって、外の世界は怖くて不安で一杯だったヨ」


 素直な胸中の吐露に驚く。薄々そうだろうとは感じていたが、実際に打ち明けられたのはこれが初めてではなかろうか。


《龍人》は本来、闘気の扱いに長けた武人の種族だ。

 リュカは龍人でありながら闘気技の才を持たない一方、精霊術に類稀な才能を持つ異端児。角からの放電も龍人としては異例の力だ。普通の龍人では肉体や武装の強化に留まる雷を、精霊術の応用でそれ自体が攻撃手段になっている。


 その特異さ故に一族から孤立した彼女は外の世界に憧れ、里を訪れた勇者パーティーの旅に加わった。その胸には期待と同じだけの不安が渦巻いていたことだろう。

 俺自身も村を飛び出したときはそうだったから、その気持ちはよくわかる。


「なんてことない店でさえ、あたしには不気味に口を開けた迷宮に見えて。そうやって尻込みするあたしを、ザックはいつも遠慮なしに引っ張り回してくれたよナ」

「その、迷惑だったか?」

「まさか! むしろ逆だヨ、逆。ザックが怖がるあたしの手を引っ張ってくれたから、あたしはこの広い外の世界に飛び出すことができたんダ。本当、感謝してるヨ」


 リュカの左手が、卓上に置かれた俺の右手に伸びて、触れる。


「外の世界は楽しいことばかりじゃなかったし、危ない目に遭ったり、嫌なモノだってたくさん見た。だけどザックと一緒に過ごした時間は全部、どんなに大変でも最後は笑って振り返られる『冒険』になった。刺激と興奮と感動で一杯の毎日に、ザックがあたしを連れ出してくれた。――本当に、ありがとナ」


 ゆっくりと指を絡ませながら、リュカは顔をくしゃくしゃにして笑う。

 たくさんの気持ちが込められた笑顔に、しかし俺はとても目を合わせられなかった。


「俺はっ。俺は大したことなんてしてないし、そんな風に感謝してもらえるほど、立派な人間じゃない。さっきの決闘を見ただろ? 拾い物みたいな力に溺れてあの有様。昔のことを蒸し返して、必要以上にやり返して、それで悦に浸るような最低の人間なんだ」

「……ま、そんなに思い詰めるような話でもないだロ。話を聞いた限りでも、悪いの全部あいつじゃん。あたしだって里じゃ、体目当てで寄って来る馬鹿どもを、精霊術で半殺しにしては指差して笑ってたゼ。あのガスなんとかいう馬鹿には、あたしも正直ざまぁ見ろって思ったし。あたしの口から偉そうに説教なんて、できないしする気もねえヨ」


 たださ、とリュカは強く俺の右手を握る。


「あの馬鹿を痛めつけて、淀んだ目で笑うザックの姿が、あたしは見ていて悲しくなったんダ。ザックには、目をキラキラさせた笑顔の方が絶対似合ってる。あたしのワガママかもしれないけど。あたしはザックに、ずっとキラキラの笑顔で冒険して欲しいヨ」


 右手も合わせたリュカの両手が、祈るように俺の右手を包み込んだ。

 俺は熱いモノで胸が一杯になって、それと同じだけ不安も膨れ上がった。


「なんで。なんでそこまで、俺に構う? 俺に良くしてくれる? 今の俺と一緒にいることがどんなに危険か、わかってるだろ? なのに、どうして」

「それは」


 それがかつての仲間に対する情なら、俺はとても信じられない。だって俺は一度それに縋りついて、最後は裏切られた。いや、「裏切られた」なんておこがましい。情けだけで仲間は成り立たない、それは当然の話。俺が勝手に期待し、絶望しただけだ。


 お願いだから、馬鹿な俺を変に期待させるような言葉や態度はやめて欲しい。

 もう、勘違いも自惚れも思い上がりも懲り懲りなんだ。


「あたしは、ザックのことが――」

「あら、美味しいアップルパイ。可愛い妹へのお土産にしようかしら」


 意を決したリュカの言葉を遮る、第三者の呟き。

 毒々しいほど蠱惑的な女性の声は、すぐ間近から。いつからそこにいたのか。俺たちのテーブルにもう一人、深紅のドレスを着た女が着席していた。


 病的に白い肌。濃藍と白銀のオッドアイ。麗しくも、どこか不吉さ漂う気品。

 そして手足や黒髪に至るまでの全身に絡みつく、黒い茨と赤い薔薇の飾り。


 よく見知った、しかしこんなところでお目にかかるとは思わなかった人物の登場。俺とリュカは微動だにできないまま、努めて冷静に声をかける。


「よう。本当に生きていやがったとはナ。ちょうど会いたかったところだゼ」

「というか、妹がいたなんて初耳だぞ。そっちは白い薔薇でも付けてるのか?」

「色が対称的、というのは正解ね。また会えて嬉しいわ、二人とも」


 そう言って《薔薇の魔女》ローズは、腹立たしいほど優雅に微笑み返してきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る