第15話:あ、ハイ。デートの方がいい。リュカとデートがしたい、です。


 デート? 親密な男女が一緒にお出かけして仲を深める、あのデート?

 え、なんで? なぜよりにもよって今、この状況下でデートのお誘いを?

 力に溺れて、つまらない昔の私怨で、昔のいじめっ子にくだらない仕返しをしている。自分で言うのもアレだが、こうも醜態を晒している俺に?


 今の俺を見て、リュカがいい顔をしないのはわかる。かといって正論や説教で諫められても、今の俺じゃ逆上するだけだっただろう。いやでも仮にそれを考慮したとして、どうすればデートなんて言葉がこの流れで出てくるのだ?


 混乱のあまり怒りが引っ込んだ俺に、リュカが畳みかけるようにして言う。


「南側の通りで、美味そうなケーキのある喫茶店を見かけたんだヨ! 流石にシャルモの店ほど高級って感じじゃねえけど、小さい菓子をたくさん種類がある中から、好きなだけ選んでケーキとセットにできるらしいんだゼ!? なんか面白そうじゃねーカ!?」

「お、おう。確かに興味深いな。いや、本当になにそれ楽しそう」

「だよナ!? 他にも古書店で面白そうな本漁ったり、行商人からよくわかんない商品値切ったり、トラブル目当てで路地裏歩き回ったり。今回は、あたしがザックを楽しそうな場所に連れ回してやるからサ! だから、こんなのにいつまでも構ってることねえだロ! ――『これ』はザックにとって、あたしとデートするより楽しいことなのカ!?」


 あ、あー。そう話を持っていくのか。なにを言い出すかと思えば、馬鹿なことを。


 あんなに求めてやまなかった、ついに手に入れた圧倒的な力で。嫌いな彼奴を思う存分痛めつけ、完膚なきまでに叩きのめす悦び。


 それと……ケーキの甘さにとろける、リュカの笑顔を見て。各地の伝承やお伽噺の本に目を輝かせる、リュカの横顔を見て。行商人が音を上げるほど安く買い叩いてやろうと企む、リュカの悪い顔を見て。彼女に手を引いてもらっちゃったりもする?

 そんなの、比べるべくもない。わかり切った答えだ。


「あ、ハイ。デートの方がいい。リュカとデートがしたい、です」


 こんなゴミカスに構うより、リュカとデートできる方が億倍嬉しい。

 その幸福に比べたら、ガストーに対する報復なんて些事でしかなかった。


「~~~~っ。しょ、しょうがねーヤツだナ! そんなにあたしとデートしたいなら、満更でもなく付き合ってやるヨ! いくらでも!」

「ふ、ふざけんなぁぁ! なにがデートだ!? ガストーのアニキをこんな目に合わせて、タダで帰れるとでも思ってんのか、このクソ野郎!」

「あ? うっさい」


 湯気が出そうな照れ顔から一転、リュカは冷え切った目で、口を挟んできたガストーの取り巻きの一人を睨みつける。


「散々好き勝手言って喧嘩を売ってきたのはそっちだロ。無様に返り討ちにされた挙句、被害者面してんじゃねーゾ、馬鹿が。これ以上ガタガタ言うなら、あたしがてめーらを消し炭にしてやるヨ」


 リュカは角をバチバチ帯電させて威嚇し、野次馬を黙らせた。

 どうせ消し炭にするんだったら、俺がグチャグチャにしてやったって同じでは?

 そう思わないでもないが、今はデートの方が大事だ。俺はリュカの手を引き、訓練場から出ようとする。


 そのときだ。足元で蹲るガストーの体から突然、爆発的な闘気が噴き出した!


「なっ、こいつまだ!?」

「下がれ、リュカ!」

「グギゴガアアアアアアアア!」


 ボロ雑巾同然の体とは思えない機敏な動きで、ガストーが斬りかかってきた。

 闘気の高まりを事前に察知していた俺は、リュカを脇に退かしつつ後ろに跳ぶ。折れた刀身では届かなかったはずが、脇腹の辺りから血が滲んだ。


 見れば、折れた両手剣から赤い光の刃が伸びている。闘気そのものを刃と化す【闘気剣】スキルだ。それを手に、ガストーは血で詰まった鼻声で唸る。


「ブフーッ。ブフー! ゴロズ、ブヂゴロジデヤル……!」

「【激昂昇華】か。意外なスキルを持っていやがったな」


 ダメージを受けるほどに力を蓄え、戦闘終盤で追い詰められた肉体に超強化を施す、一発逆転のスキルだ。闘気技を一定以上修めた戦士が、満身創痍の状態から立ち上がり、勝利した経験を糧に開花する神秘。


 負け知らずを自慢にしていた、ガストーのイメージには合わない能力だが。こいつも、口で言うほど順風満帆な道のりではなかったということか。


「ザック!」

「大丈夫だよ。もう、らしくない戦いは見せないさ」


 勝敗よりもそこが不安だったんだろう。

 俺がそう言い切ると、リュカは安堵した顔を見せた。言い切ってしまった以上、魔王の力には頼れない。不思議なことに、あの暴力的な衝動はあっけなく治まっていた。


 しかし魔王の力抜きでガストーと対峙しても、別に恐怖はない。

 拭い去れない私怨こそあるが、俺にとって所詮は過去の遺物。とうに跨いで通り過ぎた、ろくでもない思い出の残骸。勇者パーティーの旅路で立ち塞がった数々の脅威に比べれば、あまりにちっぽけな壁だ。


 こいつをぶちのめすのに、魔王の力なんて大仰なモノは必要ない。

 今までずっと繰り返して身につけた戦い方――この、チマチマした小細工で十分だ!


「死にやがれ……あっづ!?」

熱してヒート


 まずは、間合いを詰めようとしたガストーに《焼夷ポーション》の小瓶を浴びせる。


《サラマンダー》の体液をベースに調合された魔法薬の一種だ。粘ついた炎は水をかけても容易には消火できないが、持続時間自体が短い。ガストーは剥き出しの顔を両手剣で庇い、焼夷ポーションは剣と騎士鎧を真っ赤に熱するに留まった。

 それでいい。元より、俺の狙いはガストーの剣と鎧だ。


「この程度で……づめだ!?」

冷ましてコールド


 ガストーは、赤熱した剣で手が火傷するのも構わず前進。対して俺は、左手で抜いた魔法銃から《フリーズバレット》を放つ。


 ジュウウウウ! ――熱された剣と鎧が冷気を浴び、音と共に蒸気が立ち昇った。なぜ自分で熱したのを冷ますのか、その意図がわからない野次馬は呆れ顔だ。何人が気づいたことだろうか。ガストーの騎士鎧に走った、微細な亀裂に。


「スォォォォ」


 銃を足下に放った俺は鋭く、深く呼吸する。

 精霊術を学ぶ過程で身につけた、大気中の《霊素》を一息で大量に取り込む呼吸法だ。肉体本来の容量を超えた霊素に、体が内側から軋む。

 そしてそれを闘気に練り上げて、雄叫びと共に爆発させる!


「くだらねえ小細工もそこまでだ! くたばれええ! 【闘剣金剛斬】!」

電磁抜刀サンダーボルト――【偽・雷電一閃】ッッ!」


 縦一文字で斬り下ろす闘気剣に、俺は横一文字に合わせて逆手持ちで大鉈を抜いた。


 先程リュカから受けた電撃を充填し、魔導機械の鞘が起動する。電磁力による反発で、鞘から大鉈を射出。本来抜刀の要となる「鞘走り」の代用とし、真っ当な剣技から外れた独自の体捌きで、これを斬撃に転化する。


 互いの刃が十字に交差し、弾ける火花。それを反射して輝く、四散した金属片。

 両者はすれ違い、互いに背中を向け合う状態で静止した。


「「「な……っ!?」」」


 観衆とガストーが絶句する声。砕けたのはガストーの剣だ。

 ガストーが放ったのは【戦技アーツ】――鍛えた剣技が、スキルによる神秘の恩恵で昇華された必殺技。それもA級以上の霊格がなければ開花しない、上級戦技だ。


 対して俺が発した【雷電一閃】も、上級戦技に分類される技。しかし「偽」と付くことからわかる通り、スキルで昇華された本来の技じゃない。魔導機械の鞘、呼吸法、体術……スキルに依らない諸々で模倣した、偽物の戦技だ。


 神秘の恩恵も低い紛い物。威力だけで競えば、ガストーの戦技には到底及ばない。

 それでも打ち勝ったカラクリは当然、事前に浴びせた《焼夷ポーション》と《フリーズバレット》にある。


 高熱による膨張と、冷却による収縮。目に見えないほどの、小さくも大きな体積の変動による損壊。錬金術の学問で「熱疲労」と呼ばれる現象が、剣を脆くした。だから両手剣が技の威力を支え切れず、反動で自壊したのだ。

 そして、鎧にも同様のことが言える。


「馬鹿、な。がは!?」


 騎士鎧までが砕け散り、ガストーは倒れた。瞳に光はなく、失神している。

【激昂昇華】による超強化の反動で、今度こそ完全に精根尽き果てたようだ。


「まだ、文句のあるヤツはいるか?」


 大鉈を納刀して視線を巡らす。野次馬どもは揃って文句しかないという顔だ。そのくせ互いにまた顔を見合わせるばかりで、誰も名乗りを上げない。

 結局これだ。俺の戦い方だと、勝っても姑息だなんだと難癖をつけられる。誰も俺の勝ちを、価値を認めやしない。魔王の力で圧倒した方が、まだ反応が素直だ。


 ――それでも。


「……にっ」


 リュカが嬉しそうに誇らしそうに、親指を立てて笑いかけてくれる。

 たったそれだけのことで、圧倒的な力を見せつけて報復するよりもずっとずっと、心が満たされるの感じた。 

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