第14話:あたしと、デートしようゼ!
――ガストーは昔から嫌なヤツだった。
乱暴で力が強く、体もスキルも日に日に成長するガストーに逆らえた子供はいない。
唯一反抗的だった俺とオーレンは、たちまち孤立していじめの的になった。
英雄ごっこではいつもゴブリンやスライムの役を押しつけられ、袋叩きの毎日。
外の世界に出て大冒険がしたいという夢を、うっかりガストーの前で口にしたときは特に酷かった。いつもの三倍叩かれ、服を剥がされ、唾を吐きかけ笑い者にされた。
『お前になんか絶対無理』『無能の雑魚が夢を見るな』『身の程を知れ、クズ』
剣も魔法も才能ゼロ。そのくせ夢だけは大きい俺を、大人も子供も誰もが嘲笑った。
それからずっと、村中から馬鹿にされる毎日。【勇者】のスキルを開花させたオーレンにくっついて、村を飛び出す日まで、それは続いたのだ。
…………どうしてこんなどうでもいい、ずっと忘れていたような記憶を、今になって思い出したのだろうか。自分でもよくわからない。
でも、不思議だ。あのときの嫌な気持ちを、苦しい気持ちを思い出すほどに。
――こんなにも、力が漲ってくる!
「どうしたどうした? 『こんな不意打ち一発で図に乗るな』『英雄気取りが法螺じゃないと言い張るなら、正々堂々と勝負しろ』……そう言ってそっちから決闘をふっかけといて、その有様か? もっと真面目に戦えよ」
「ぐ、ぎぎぎぎっ」
俺の挑発に、ガストーがせっかく治った奥歯をまた砕かんばかりに歯軋りする。
取り巻きには【治癒】が使える神官もいて、その介抱でガストーは意識を取り戻した。前述の口上で決闘を挑まれ、ギルドの裏手にある訓練場に場を移した次第だ。
そして柵にひしめく野次馬どもの想像を裏切り、戦況は俺の圧倒的優位。
否、そもそも戦いにさえなっていない。
「クソがああああ!」
全身から闘気の赤いオーラを発し、ガストーが両手剣で斬りかかってくる。
対して俺は半身に構え、何気ない仕草で左手を伸ばした。振り下ろされる両手剣の側面に軽く手を添え、軌道を逸らす。それだけで豪快な斬撃は虚しく空振りした。ガストーは構わず斬り上げ、斬り払いと連撃を繰り返すも、先程と同様に空を切り続ける。
決闘の開始からずっとこの繰り返しだ。退屈な作業に欠伸する余裕まである。
「どうなってんだ? ガストーさんの剛剣が、左手一本で軽くあしらわれてるぞ?」
「あの義手野郎、本当は物凄く強いのか? 勇者パーティーの一員だって話だし」
「馬鹿言うな! ヤツの霊格は、どう見たってB級程度じゃねえか! それに闘気も魔力も全然感じない! あんなの、装備で取り繕っただけの成金野郎だろ!」
「じゃあなんで、その成金にガストーは一撃も当てられてないんだよ!」
「そうだ! 情けないぞ! それでもA級かよ! なにが期待の新星だ!」
驚愕や困惑の声は、やがて不甲斐ないガストーへのブーイングに変わった。
罵声を浴びるにつれ、ガストーの顔色が徐々に悪くなる。その胸中で焦燥と混乱と恐怖が渦を巻き、冷静さと自信をゴリゴリ削るのが、俺には手に取るようにわかった。
ガストーは間違いなくクソ野郎だが、実際剣の筋は良い。才能に恵まれただけでなく、真面目に修練を続けてきたことが窺える。
日々努力し、思い通りに力をつけ、着実に当たり前に実績を上げてきたのだろう。
いずれは栄光にその手が届くと、輝かしい未来を疑いもしなかったのだろう。
そうやって夢に向けて積み上げた自信が、自負が、積み木のように音を立てて崩れていく。その絶望を、挫折を、俺は知っている。毎日毎秒味わい続けてきた。
ああ――なんていい気味なんだろう! ざまぁない!
「まるで子供のチャンバラだな。クソガキの頃から全く成長していない。今までなにをやってきた? 毎日ちゃんと素振りしてるのか?」
「ガアアアア!」
目を血走らせて吠えるガストー。だが、その剣筋は乱れていない。本能で繰り出せる域にまで、体に叩き込んだ技術。口には出さないし心底癪だが、大したモノだ。
ただ俺はガストーより遥かな高みを、【星天騎士】の剣を知っている。
誰よりも間近で目にし、憧れ、学び、模擬戦を通じこの身で味わってきた。
メルに比べれば、ガストーの剣も相対的に止まって見えてしまう。
……とはいえ、昨日までの俺ならそこまでだ。いくら止まって見えても、霊格による身体能力の差までは埋められない。回避に専念したところで、せいぜいかすり傷に留めるのが精一杯だろう。逆に罵声を浴びながら、一発逆転の機を窺うしかできない。
こうして左手一本で捌けている理由は、ひとえに魔王の力のおかげ。
衝動的にガストーを殴り倒したときから、得体の知れない力が体に漲っているのだ。
神秘を行使するため、人が体内の霊素から練り上げる力は大きく三種類。すなわち【闘気技】を使うための《闘気》、【魔法】を使うための《魔力》、【精霊術】を使うための《霊力》だ。【神聖術】を使うための《聖気》や、勇者の《星輝》は特殊な分類となる。
だが、魔王の力はそのいずれにも該当しない未知のエネルギーだ。現に他の連中は、この力を感じ取ることさえできずにいる。
錯覚や思い込みでない証拠に、物凄いスピードとパワーで体が動く。今の俺には見切りも直感も不要。じっくり見てから反応しただけで、ガストーの剣を片手で払える。【撃鎚】の反動で神経接続に不具合が出たか、義手が動かないのも全く問題にならず。
いいなあ、凄くいい! これが力を持つってことか! 準備整えて、知恵絞って、工夫凝らして――そんなチマチマした小細工が馬鹿みたいに思えてくる!
あんなに頑張って頑張って、報われもしない努力を続けた毎日はなんだったのか! つくづく時間の無駄だったんだな! 誰も彼もがこぞって俺を笑い者にするわけだ! さぞかし俺のことが滑稽に見えたんだろう! 今のこいつみたいに!
「しっかりしてくれよ、ガストーさん!」
「そんなインチキ野郎に負けないでー!」
「いつもの強いアニキを見せてくれ!」
ガストーへ嘲笑と罵倒が飛び交う中、取り巻きどもだけは変わらず声援を送っていた。
随分と慕われているようだ。さぞかし、頼れる兄貴分として彼らには振る舞っているのだろう。………村での俺やオーレンに対する仕打ちなんて、なかったことのように。
不愉快だ。身の程を思い知らせてやる。クソ野郎には惨めな姿が相応しい。
「こんのおお!」
「ふっ」
何度目かの斬り払いに、左足の蹴りを合わせる。闘気を込めず、技術もなにもない無造作な蹴り上げは、両手剣を半ばからへし折った。
放物線を描いて飛んでいく剣先を、愕然と見上げるガストー。その顔面に、俺は上げたままの左足を乗せてやった。硬直したガストーの表情が変わるより速く、左足に力を込める。ガストーの頭が縦一直線に地面へ叩き落とされた。
グリグリと後頭部を踏みつけながら、俺は優しい声音でガストーに促す。
「地に這いつくばる姿がよくお似合いだな。ほら、待っててやるから早く立てよ」
「て、めぇぇ――!」
屈辱と怒りに首筋まで真っ赤にしながら、ガストーが全身に力を入れた。
しかし、額を地面に擦りつけたまま微動だにできない。後頭部に乗った俺の左足を掴もうが殴ろうが、頭から退かせられない。その間も、俺に靴裏の泥を頭に擦りつけられる。最早言葉にならない唸り声を上げながら、なおも無駄な足掻きを続ける。
まるで芋虫のように無様な姿だ。野次馬の中からも失笑が漏れる。
楽しい! 愉しい! 弱い者いじめってこんなに愉快で痛快で爽快なのか!
一方的に安全に圧倒的に、嫌いな相手、気に食わない相手を思う存分踏み躙る!
この快感! この優越感! 世の中からいじめなんてなくならないはずだよ!
村にいた頃は、なにが楽しくて毎日飽きもせず、俺をいじめるのかと思ったものだが……こんなに楽しくちゃ、やめられないのも当然だな! これから毎日ガストーをいじめよう! まだまだ、やり返していない仕打ちがたくさんあるんだ!
なんとも晴れ晴れとした気持ちで、俺は左足を軽く上げた。ガストーが体を起こしたところへ、すかさず口に爪先を突っ込み、今度は舌で靴裏の泥を味わわせる。
「『頭が高いんだよ、雑魚でゴミカスの虫けら野郎。虫けらは虫けららしく、泥でも舐めてるのがお似合いだ』。なにを睨んでる? 自分で言った台詞も忘れたか?」
「てべえ! ぶちごろじでや――げぶぉ!?」
なおも吠えるガストーを、顎を蹴り砕いて黙らせた。歯の破片が血と一緒に飛び散る。
髪の毛を掴んで無理矢理立ち上がらせ、殴る蹴るの暴行を繰り返す。鎧はベコベコに歪み、体は痣だらけのボロボロになっていく。かつて、俺がそうされたように。
「ぶ、ぎ、べ」
「『雑魚のくせに逆らうなよ! 俺の経験値にもならないんじゃ、お前なんか生きてる価値もないぜ! 生まれてきてごめんなさいって皆に謝罪しろ! 慰謝料として明日までに百万イドゥン(お金の単位)持って来い! 来なかったら裸で豚の真似の刑だ!』……文句なんてないよな? 全部全部、お前が俺にやってきたことなんだからよお!」
どんどん嫌な記憶が蘇るほど、どんどん禍々しい力が湧いてくる。
周りの野次馬どもは真っ青な顔を見合わせるばかりで、誰もガストーを助けようとはしない。当然だ。俺に目をつけられる危険を冒してまで、誰がこんなゴミクズを。
ますます楽しくなってきた俺は、リズミカルに一層激しく――体に走る電撃。
痛くも痒くもないが、俺は拳を止めた。俺の手を掴む女に、睨みを飛ばす。
「ザック……」
「邪魔するなよ、リュカ。今、いいところなんだ」
リュカは悲しそうな目をする。綺麗な青い瞳に、俺の醜い顔が映っている。
やめろ。今の俺を見るな。見ないで。嫌わないで。否定しないで。
リュカが意を決した様子で口を開く。うるさい。黙れ。説教なんて聞きたくない――
「あたしと、デートしようゼ!」
……………………????
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