遅咲き冒険者の七星光芒(セプタ・グラム)~俺が脱落した後、勇者パーティーは何事もなく魔王を討伐しました。今更もう遅い覚醒から始まる、最強最悪最高の大冒険~
第13話:あ、それは無理。聞き流せない。赦さない。万死に値する。というか殺す。
第13話:あ、それは無理。聞き流せない。赦さない。万死に値する。というか殺す。
冒険者ギルドに戻った俺とリュカは、六腕リザードマンの一件を報告した。当然、魔王のスキルツリー云々については伏せた上で。
これにて事件解決。当初の条件通り、俺はA級での冒険者登録を認められ――
「では、これがお二人の《冒険者プレート》になります。これからのゴキャ、ご活躍に期待しておりましゅ、すよ」
そう告げる受付嬢の営業スマイルは、俺に対する懐疑と、それに苛立つリュカへの怯えで引き攣っていた。
俺とリュカの手には、半透明の結晶で造られたカード。
《ステータスプレート》と総称されるこのカードは、スキルツリーに宿るスキルや霊格などの情報を記録したプレートだ。スキルツリーの情報を読み取り、特殊な素材のカードに転写する設備は国家機密の技術。そのため、公的な身分証明としても利用された。
プレートは職業ごとに種類分けされているから、こいつはまんま冒険者プレート。
これで俺も名実ともに冒険者。しかし俺もリュカも、感慨より安堵の呼気が先に出た。
スキルツリーの読み取りで、魔王の力が露見する懸念があったのだ。かといって「やっぱり登録やめます」では怪しまれる。それにプレートの情報更新を怠れば最悪失効となるため、今後避けて通るわけにもいかない。
最悪の展開も覚悟で臨んだが、結果は拍子抜けするくらいに白。俺のステータスプレートにはなんの異常も不審も現れなかった。
ギルドの設備で情報を読み取れるのは、あくまで人族のスキルツリー。魔王の力に関わる部分は対象外ということだろうか。
ちなみに、新しく生えた異形化の右腕については最初から問題ない。今は元通りに義手を装着……というか、義手が右腕と一体化したのだ。これも魔王の能力なのか、血が通った生身の腕と機械的に繋がれた義手、両方の感覚が同時に成立している。
魔法、錬金術、精霊術、神聖術、闘気技――基礎止まりながら多方面の知識を仲間に叩き込まれた俺でも、どういう仕組みかまるで見当がつかない。あの【大魔導士】や【錬金学士】でも理解できなかったのだから、当然と言えば当然だが。
と、なにやらリュカが横から肘で小突いてくる。
「もうちょっと嬉しそうな顔しろヨ。ついに正式な冒険者としてのスタートなんだゼ? いつものザックなら無闇に目をキラッキラさせて、三日三晩はプレートをニコニコ眺めて過ごすところだロ?」
「俺、そんなキャラだったか? ……そんなキャラだった気もするな、昔は」
狭苦しい村から飛び出した先の世界は、俺の想像よりも遥かに広大で危険で美しくて。
勇者パーティーの皆と駆け抜けた旅路は、目に映る全てが輝いて見えたものだ。
だけど――あのときの楽しかった気持ちが、今の俺には上手く思い出せない。
夢に破れ、感動する感性も擦り切れた。これが大人になる、ってことだろうか。
「そういうリュカは随分と嬉しそうだな。嬉しそうというか、浮かれてる? 勇者パーティー専用のプレート貰ったときは、もっと淡白な反応じゃなかったか?」
「いや、それはだナ。アレンたちはこいつを持ってなくて、パーティーじゃ持ってるのはあたしとザックだけだロ? そう考えたらまるで……いーや今のナシ! 忘れロ!」
「はあ」
なんだそりゃ。意味がわからない。冒険者プレートなんて、それこそこのギルドに所属する冒険者全員が持っているのに。
そんな、仲間に内緒で二人だけ、お揃いのアクセサリーでも買ったみたいに――
…………やっべ。そう考えた途端に俺も滅茶苦茶浮かれてきたんだが。
俺の擦り切れた心、現金が過ぎない? 不毛な荒野のつもりがお花畑なの?
「ああもう! 用は済んだんだし、とっとと出ようゼ!」
「そうだな。いい加減、野次馬どもの視線も鬱陶しいし」
さっきから壁際に列を組んだ冒険者たちが、ジロジロヒソヒソと煩わしい。
俺とリュカを置いて逃げ出した、A級四人組の法螺吹きに呼び寄せられた連中だ。俺たちが生還するなど、夢にも思わなかったようで。如何に俺たちが無様に死んだか、如何に自分たちは英断を下して生き延びたか、ないことないこと言いふらしていた。
そこへ俺とリュカが平然と帰って来たときの、連中の青褪めた顔といったら! まだ夕方にも早いこの時間から、ゴーストにでも出くわしたような顔だった。
後は俺たちが正しい報告をして、A級四人組の面目は丸潰れ。俺とリュカで六腕リザードマンを倒せたはずがない、と鼻息荒く異議を唱えてきたが、ギルドの設備はスキルツリーから過去の戦闘記録も読み取れる。報告の正当性は証明された。
問題は、それでもなお俺には懐疑の目が向けられていることか。全てリュカ一人の手柄で、俺はなにもしていないんじゃないかと、どいつもこいつも疑っているのだ。
俺とリュカは無視して出口に向かうが、進路上に大柄の男が割って入る。
「――どこかで見たような見なかったようなゴミカス面だと思えば、これはこれは」
親しげと言うには悪意で粘つくような声音。
声の主は東端の島国《ヤマト》風の甲冑と、片刃の両手剣を身につけた青年だ。
年頃は俺と同じかやや上。如何にもゴロツキのリーダーっぽい粗暴な顔つき。
しかしよく手入れされた装備、鍛えられた体躯は、顔の悪さと裏腹に質実剛健という言葉が相応しい。間違いなくA級、それもさっきの四人組を合わせたより強い。
「よう、ザック? 村一番の雑魚でゴミカスだったお前が、いつから冒険者ギルドの門を叩ける身分になったんだ?」
「誰だヨ、こいつ。ザックの知り合いカ?」
「口ぶりからして同郷なんだと思うが……。ごめん、本気で思い出せない」
「ガストーだよガストー! 村じゃ大人以外には負けなしのガキ大将で! 今じゃA級冒険者にまで昇格した村一番の出世頭で、冒険者期待の新星!」
ガキ大将なあ。そんなのがいたようないなかったような。俺もオーレンも村じゃ孤立してたし、仲良くもないガキどもの顔や名前なんていちいち覚えてないぞ。
「話は聞かせてもらったぜ。なんでも、魔王を倒した英雄様なんだって? いつも俺に泣かされてた泣き虫オーレンと、できもしない大口ばかり叩く法螺吹きザックが? そいつはすげえや! お前らみたいなクズでも倒せるよわっちー魔族がいるとはよ!」
ギャハハハハ! と取り巻きらしき連中が馬鹿笑いする。
周りも「だよなあ」と納得した顔だ。俺の見るからに低い霊格では、ガストーの言い分の方に説得力を感じるのが当然か。
――六腕リザードマンに直接トドメを刺したにも関わらず、俺の霊格は全く上がっていなかった。仮にも格上の相手だったというのに。
これもおそらく、魔王のスキルツリーが原因だろう。オーレンたちさえ相手にならなかった魔王からすれば、六腕リザードマンなど百人狩ろうが経験のうちに入るまい。
つまり。俺はこの先、一生霊格が上がらない可能性が高いということ。
「つーか、お前にいたっては噂にも名前が挙がってるのを聞いたことがねえよ。勇者様のおこぼれで目当てに、荷物持ちでもやってやがったのかあ? それで英雄気取りとか、とんだ恥知らずの身の程知らず野郎だ!」
「黙れヨ、僻み野郎。ザックは荷物持ちでも雑用でもねえ、あたしたちの心強い仲間なんだヨ! こいつがどれだけ頑張って、一緒に死線を乗り越えてきたか知りもしねえで、勝手なことを言うナ!」
「ハンッ。確かにあんたの霊格は言うだけあるが……依怙贔屓はいけないなあ? 自分とその雑魚の霊格を見比べて見ろよ。仲間ってのは対等な実力があってこそだろ? 頑張るだけなら誰でもできる。そいつが英雄でもなんでもない、なにもできないで無様に手足を失った負け犬のゴミカスだってことは、その貧相な霊格が物語ってるんだよ!」
『そうだそうだ!』『贔屓するな!』と周りの冒険者がこぞってブーイングの嵐。
――ああ、結局はそこに行き着くのだ。
霊格が皆より低いから。皆のような実績を一つも残せなかったから。誰も俺を勇者パーティーの一員として認めない。
知恵熱で倒れながら勉強したことも。筋肉が千切れるまで体を鍛えたことも。メルの神聖術でも傷痕が消し切れないほど、ボロボロになるまで戦ったことも。
勝たなければ、成功しなければ、全てが無意味で無価値。
負けて。立ち上がって。勝てなくて。鍛え直して。失敗して。歯を食い縛って。上手くいかなくて。対策を考えて。嘲笑されて。自分を鼓舞して。失望されて。弱音を押し殺して。無視されて。不安を噛み殺して。報われなくて。心を殺して。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返して。
「いつかきっと」と自分に言い聞かせながら、その「いつか」が訪れないまま冒険は終わった。無駄に費やした時間と努力の分だけ惨めさは増し、嘲笑の的になる。
魔王の強大な力をポンと授かった今では、余計に過去の努力が虚しく感じられた。
……そう、今の俺には力があるのだ。過去のことなんて、もうどうでもいい。
なにを言われようが、薄ら笑いを浮かべて聞き流す余裕さえあった。フフン。
「こんなゴミを仲間なんて呼ぶようじゃ、勇者パーティーのご活躍とやらも本当の話か怪しいモンだ! こいつお得意の法螺でないなら、やっぱり魔王が余程の雑魚だったんだろうさ! あと一年故郷を出るのが早けりゃ、俺が勇者になっていたのによ! あんたもどっちのオスに腰振って媚びるべきか、そのメスの身体に教えてや、りょぽ――っ!?」
あ、それは無理。聞き流せない。赦さない。万死に値する。というか殺す。
横殴りの裏拳をガストーの顎に。脳震盪、あるいは関節から骨を外す狙い。しかし想定外の威力が顎を砕いたばかりか、ガストーの体を風車のごとく横に一回転させた。不思議と動じず裏拳を切り返し、一周して戻ったガストーの顔面を【撃鎚】で殴り倒す。
床をぶち抜いて顔半分が埋まったガストーに、拳を突きつけながら俺は告げた。
「その下卑た目で彼女を見るな。その下衆な口で彼女に語りかけるな。彼女の前で臭い息を吐くな。呼吸するな。存在するな。速やかに死ね。あと俺の親友を、でっかい冒険をやり遂げた仲間への侮辱も許さない。ぶち殺すぞ、クズが」
「いや、その、これもうやっちまってないカ?」
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