第12話:――でも今の俺なら、この魔王の手なら届くだろうか


「――でも最後には皆が、勇者パーティーが勝ったんだろ?」

「勝った、とは到底言えないナ。あたしたちは最初から最後まで、魔王の攻撃から生き延びるだけで精一杯だった。攻撃は一度だって魔王に届かなかった。それなのに突然、魔王の体がひとりでに崩れ始めたんだヨ」


 六腕リザードマンを倒し、ダンジョンから町へ戻る道中。

 他人が隠れて聞き耳を立てようもない街道にて。リュカが俺に語ってくれた魔王との最終決戦は、人々の夢想とはかけ離れた、なんとも不可解極まる幕切れだった。


「崩れ出す自分の体を見てもなんてことない顔で、魔王はこう言った。『あらら、抜け殻じゃこれが限界か』ってナ。あのときは意味がわからなかったけど、これで合点がいったゼ。……あの戦いより二ヶ月前。どういう思惑か知らねえが、魔王はザックに自分のスキルツリーを植え付けていた。ヤツは心臓を抜き取ったも同然の体で、ほんの残滓みたいな力だけで戦って、その残り火を使い切ったから自壊しやがったんダ」


 触れもせず相手を灰に、そして結晶に変えてしまう死の波動。それは俺が六腕リザードマンに振るった力と相違なく、俺の中に魔王の力が宿っているのは確定的だろう。


 しかし……スキルツリーは、宿主の魂に根を張って育つという。それを引き抜いたとなれば、魔王は半分死人に等しかったはずだ。廃人にならないだけ十分どうかしている。

 そんな状態でオーレンたちを終始圧倒したというのだから、ゾッとする話だ。


「俺のスキルツリーに起きた異常は、魔王のスキルツリーに侵食された影響だろうな。そりゃあ呪いというより寄生だから、神聖術の浄化なんて効くはずもないか。あのとき原因がわかっていても、最悪俺自身のスキルツリーごと摘出、なんて話になりかねない」


 たとえ手術が成功しても、それこそ良くて廃人だ。

 そういう意味では、あのとき解決できなかったのは俺にとって不幸中の幸い、か。


「四ヶ月近く行き倒れている間にも、時間をかけて侵食は続いていた。飲まず食わずでいたのに健康体だったのも、魔王のスキルツリーのおかげかな」

「あたしが精霊術でザックの体を調べたとき、スキルツリーには確かになんの異常も感じられなかったんだヨ。それはたぶん、その――」

「種子から成長し切った魔王のスキルツリーが、俺のスキルツリーを完全に侵食……いや、一体化したというのが適切かな。魔王の力が深く根を張ったこの状態が、今の俺にとっては自然な状態ってわけだ」


 当然、神聖術の浄化などで消し去ることはできまい。

 やはり俺を廃人にしてでも摘出してしまうのが、最も簡単な解決方法なのだろう。

 ただ俺を殺しただけでは、アーシュラのようになんらかの手段で、魔王のスキルツリーが回収される恐れもあろう。


 などと考察していると、隣を歩くリュカがなにやら深刻な顔で俺の手を掴んだ。


「ザック。まさかてめー、変なこと考えてねえだろうナ?」

「変なこと?」

「魔族の残党のことは、あたしたちパーティー全員に責任がある。オーレンも、他の皆も、ザック一人に責任を背負わせることなんて望まないゾ。グレイフやモネーの知恵を借りれば、なにか良い方法が必ず見つかるサ!」


 ――ああ、なるほど。

 本来なら、オーレンたちが魔王を倒したことで魔族も全滅するはずだった。しかし俺が第二の魔王と化したことで、多くの残党魔族が生き延びたという。今こうしている間にも、殺人遊戯ゲームで誰かの血が流れているかもしれない。


 それに責任を感じて、俺が自分を犠牲にするつもりじゃないかと疑っているのか。

 リュカの馬鹿馬鹿しい心配を、俺は軽く笑い飛ばす。


「早とちりするなよ、リュカ。俺がそんな自己犠牲精神に溢れた男に見えるか?」

「そ、そうカ? いやでも、仲間のためにむしろ無茶しかしていなかったような……」


 リュカは首を傾げて唸る。なにか、妙な思い出補正でも入っているんだろうか。


 だってそうだろう? ――俺を荷物持ちだ雑用係だと見下して。俺を「いないもの」扱いして、六人の勇者パーティーを讃える。そんな世の中、そんな連中のために、なんで俺が自分を犠牲にしなくちゃいけない?


 勇者のオーレンや、聖職者のメルでもあるまいし。凡人の俺はそこまで献身的にも殊勝にもなれない。俺は赤の他人より自分が大事だし、根に持つ性格なのだ。


「ただ、オーレンたちに打ち明けるのは早い。話が万が一王宮に漏れたら、即座に俺の討伐が命じられるだろう。俺は勇者パーティーのオマケ以下の扱いだからな。あいつらにも今は立場がある。王宮や国民が俺の討伐を求めれば、拒否するのは難しい」

「そ、それもそうだナ。今、オーレンたちに協力を求めるのはマズイか」


 それに……万が一あっさり解決法が見つかったら、それはそれで俺が困るしな。


 いや、わかっている。自分が非常にまずい状況に置かれていること。自分がまさしく第二の魔王、人族の脅威となってしまったこと。最悪、かつての仲間である勇者パーティーから命を狙われる可能性もあること。全部、頭ではわかっているのだ。


 ああ、でも駄目だ。リュカの方をまともに見れない。この、興奮でにやけた顔では。


 勇者パーティー。俺の自慢で誇りで憧れな、最高の六人。

 多くの苦難を乗り越え、勝利と実績を重ね、栄光の頂点に立った英雄たち。

 俺だけが負けっ放しで、なんの功績もなく、惨めに地べたを這いつくばって。


 だけど今! その勇者パーティーでさえ足元にも及ばなかった! 強力で強大で絶大な魔王の力が、俺の中にある!


 わかっている。今の俺は冷静じゃない。これは危険な思考だ。分不相応な力に溺れて身を滅ぼすクズの典型だ。それこそ魔王の思うツボ。せいぜい、勇者を追い詰める駒として使い捨てられるのがオチ。そんな理屈は幼児にだってわかるだろうさ。


 アアアアだけどだけど! あれほど努力して勉強して苦悩して絶望して足掻いてもがいてのたうち回っても、ついに手が届かなかった力が! 俺の手に!

 この泣き出したいほどの歓喜を、救われたような想いを、誰に理解できようか!?


「なんにせよ、まずは町に戻って、リザードマンの件をギルドに報告しないと」

「……そうだナ。逃げ出したA級ども、あたしたちを死んだことにしてそうだし」


 それ以上の会話はなく、どこか気まずい空気のまま街道を進む。

 ふと見上げれば、青空に『虹の枝』がかかっていた。


 人族の生存圏からは遥か彼方、大陸の西端に聳え立つ《神樹ユグドラシル》――その虹色に輝く枝葉は、空の向こう側に広がる星の大海、《宇宙》から神秘を吸い上げ、今も地上に無限の恵みをもたらしているという。


「虹の枝に手を伸ばす」……不可能、無謀、叶いもしない夢を追うような愚行の例えで有名な言い回しだ。勇者パーティーの皆の背を追い続け、徒労に終わった五年間の旅はまさにソレだった。


 ――でも今の俺なら、この魔王の手なら届くだろうか。

 ポケットの中で異形の右手を握りしめながら、そんなことを考えた。

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